ワインカラーのラストロマンティック
月野璃子
第1話
時を止め、彼の中で思い出になった私。
彼の心の音は響かない。
彼の心の色は見えない。
だから私は、彼と出会った
——彼と過ごした過去の日々が笑顔の種を蒔き続けることを。彼がずっと……幸せに包まれていることを。
***
「もうっ、塔矢ったら‼︎」
綾音の大声と教室内に響くクラスメイトの笑い声。塔矢と呼ばれた少年は、綾音の膨れた顔を前に呆れたような息を漏らした。
「何怒ってるんだよ。宿題を見せろって頼むの、今に始まったことじゃないだろ」
「そうだけど……でも」
綾音はぎこちなく手を動かし、鞄からプリントを取り出したのだが。
「なんだよ、早く見せろよ」
机の上に置かれただけのプリントを前に、塔矢は声を荒げる。もうすぐチャイムが鳴り先生が入ってくる。宿題を忘れたと知られるや落ちてくる説教という雷。雷を落とされ、授業が始まる前の笑いの種にされる訳にはいかない。
「おい、綾音」
「……たの」
「は?」
「私も忘れたの、宿題」
「なんだって?」
塔矢の大声にざわめきが続く。優等生の綾音が宿題を忘れた。それはクラスメイトにとって珍しく衝撃的な出来事だ。
「何してんだよ、お前が宿題を忘れるなんて」
「お姉ちゃんから聞いたこと……気になっちゃって」
「そんなことで忘れるなよ」
塔矢を前に綾音は口を
朝起きてすぐに宿題を終わらせるはずだった。教室に入ってからでも終わらせることが出来たのに、姉から聞かされたことが気になって夜から何も手につかないでいる。
ただの噂話に過ぎない。
だけどもしも、噂が悲しい事実を秘めているのだとしたら。
鳴りだしたチャイムと塔矢のため息。
「よぉ、塔矢。夫婦揃って先生からの雷落ちみたいだな」
「誰が夫婦だって? 綾音はただの幼馴染みだ」
野次を飛ばした少年が愉快そうに笑う。席に向かう塔矢は知らない。綾音がほのかに頬を染め、悲しげに微笑んだことを。ノートを開きながら綾音は思った。
——私はずっと、幼馴染みのままなのかな。いつか塔矢に好きな人が出来たら。私は……塔矢の幸せを願えるのかな。塔矢は願ってくれるかな、私が幸せになることを。塔矢とずっと一緒にいれたらいいのに。だけど塔矢はそう思ってないんだろうな。
戸が開き先生が入って来た。
忘れた宿題。
噂に気を取られたこととはいえ、塔矢と一緒に先生から落とされる雷。それはいつかの未来に、温かい思い出のひとつになるだろうか。
——噂のこと、塔矢に話してみようかな。信じてくれるかわからないけど……塔矢と一緒に本当のことが知りたい。もうすぐやって来るクリスマスイヴ。好きな人と幸せなひとときを過ごせるはずだった
時を止めて……幽霊になったまま。
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