ミッドナイトテーブルにて

水鳥彩花

最初で最後

「へぇ、みっちゃんでもやるんだね、そういうの」

 五限前、まだ生徒が揃いきってない賑やかな教室の窓際、後ろから二番目の席。みつばは声を掛けられるまで自分のスマートフォンが覗き込まれていることに気が付かなかった。ハーフの母譲りらしい色素の薄い睫毛を上下させ、声の主を見上げる。クラスメイトなのはわかるが、名前は知らない。みつばは人との交流がおそろしく苦手だった。

 勝手に隣の席の椅子に座った彼は、みつばの返答がないことを気にせずに自分のスマホを取り出す。

「それ、招待制のアプリじゃん。俺に教えてくれない?」

「構わないけど、でも」

 ちょうど視界に入るドアの付近で屯している人たちは、彼の友人ではないだろうか。さきほどから興味津々な視線が送られてくる。

「だって、それ、俺たち誰も知らねーもん」

 みつばは昼休みにインストールしたばかりのアプリに目をやった。「先輩も流行りものの一つや二つ、知っておかないと!」と言われ、勝手にいれられただけだったからイマイチ価値がわからない。おまけに相手任せだったので教え方もわからない。

「貸して」

 痺れを切らしたにしては優しい声で、しかし乱雑な手付きでスマホが奪われた。彼は器用に二台を操作し、問題なくアプリを入手したようだ。「ありがとう」と、ものの数分で帰ってきたスマホ画面にはQRコードが表示されていた。

「みっちゃん誰に招待されたん?」

「後輩」

「ふーん」

 もう興味が無いのだろう。スマホを片手に立ち上がった彼は、例の集団のもとへ。

「見てみ~! 幸運アプリゲットした!」

「え!? みっちゃん~! 俺にも教えて!」

「馬鹿野郎。貴重な残り一枠、お前が奪っちゃダメだろ~。はい、じゃんけんして~。勝った人に俺が教えるから」

 一気に騒がしさが増した一角に、別のグループは話に加わり、また別のグループは迷惑そうに顔を顰めた。どこにも属さないみつばはすでに蚊帳の外。しかしそんな些事を気にも止めず、アプリのホームボタンを押す。

 夜空に似た色の背景に、三日月と五つの星 ――星座だと思うが、みつばには名前がわからない―― それと白い「どなたにしますか」の文字。質問の下には入力フォームがある。

 ミッドナイトテーブル。通称、幸運アプリ。

 夏休み明けのある日、後輩に半ば押し付けられるように手に入れたアプリ、使ったのは一度だけ。一ヶ月もすれば存在さえもすっかり忘れていた。

「このアプリ、きみが原田くんに教えたって聞いたんだけど、本当かな」

「……」

 印刷された鮮やかなミッドナイトブルー。記憶の片隅に焼き付いていた色を思い出すのに、時間がかかった。「思い出せる?」と刑事が問う。そのあまりに優しい声は、カスタードクリームに似ている、とみつばは場違いにも思った。

「はらだ、って、誰ですか」

 それが、あの日言葉を交わしたっきり関わることなく、雪の夜に事故死した同級生の名前だと知った。

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