朝の一行を繰り返す

神崎翼

朝の一行を繰り返す

 ベランダを開けると、凛とした朝の冷気が一瞬にして羽毛のようにまとっていた眠気やぬくもりを奪い去った。残るのは覚醒しきった意識と、毎日違う表情を見せる空の表情。この朝の光景を眺めながら、今日もスマホのメモ機能の中に目の前の情景を描写していく。

 毎日違う空模様でも、頭の中に存在する表現力には限りがある。いくら書いても似たり寄ったりの表現になることもしばしばだ。そういう時はあとで辞書を引いたり、類語を調べてみたり、似たような色や形のものを探したりする。そうして表現力や描写力を鍛え、ついでに季節ごとに違う朝の光景や肌に伝わる温度などをメモっておく。あとで、小説に使うためだ。

 日本語が出来れば小説は書けると某大先生は豪語した。実際SNSが発達した昨今では評価されるかは兎も角、小説を書いて発表すること自体は容易になった。だが、それで誰もが容易く小説が書けるかといえばそうではない。誤解されがちだけれど、小説はゼロから一を生むのではなく、百を一にする作業を経てようやく完成するものだ。無から有は生まれない。一の作品を生むために、小説を書くためには、まず百を得なければ始まらない。つまりインプット作業である。

 といっても、滝行をするような過酷な修行をしろという意味ではない。いや、すべきなのだろうけど。私の経験上、トップスピードで何かを始めても結局続かない。怠惰な自分が本当に嫌になるけど、そこはもう私の特性のようなものだ。責めるよりは出来ることを考えたほうが建設的だ。だからひとまず、まずは朝起きて、朝の風景を描写する訓練を行うことにした。それから映画を見たり、漫画を見たり、出かけたり。現代の残る文豪の作品にも少しずつ目を通したり。小さなことからコツコツと、インプットを行っている。

 才能があるわけじゃない。日本語が出来れば小説は書けるという言葉にすがるほどだ。ありていに言って、今の私にはそれだけしかない。だけど、それがほしくてたまらない。だからまず、この美しい朝を繰り返して、私は私の欲しいものに手を伸ばす。そう決めた。

 今日の朝も美しい。さて、どんな言葉で綴ろうか。

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朝の一行を繰り返す 神崎翼 @kanzakitubasa

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