チェロ女子は電車ホームズにだまされない
柴田 恭太朗
第1話 賭けをしませんか?
「ではこうしましょう。『賭け』をしませんか? 僕と」
茶髪の
――これは何? ナンパ? それとも新手の詐欺?
賭けという
しかもそのとき、わたしはすっかり気が動転していた。原因は、ついさっきの
でも……。
わたしは何より退屈が苦手。苦手というか好きじゃない。はっきり言えば大キライ。もし彼の誘いがヒマつぶしになるなら、ちょっと話を聞くだけなら……って気分になりつつある。どうせなら賭けの中身を聞いてみて、断ったっていいじゃない。興味をひかれると歯止めがきかないのが、わたしの悪いクセ。一度めばえた興味は、ぐんぐん膨らんで止まらない。好奇心のバブルガムが熱をおびて、パチンとはじけた。
「賭けって、どんな賭けですか?」
そうしてわたしは、まんまと男の話術に
◇
その
十月初めの日曜日。朝十時を回ったところ。
駅のホームで電車を待つわたしの横には、チェロケース。大学でチェロを始めてからの二年間を一緒に過ごしてきた愛用品。
近ごろ、おうち時間が増えたせいか習う人が増えたみたい。街や電車でたまに見かけるでしょ、大きなケースを背負った人。ギターよりも大きくて、倍ぐらいの厚みがあってヌメッとしたツルツルの。あれですよ、あれ。あれがチェロケース。電車の中で邪魔モノあつかいされるヤツね。
背負えばズッシリ重くて、ことあるごとに立ち振る舞いを邪魔してくる厄介者。でも隣で控えているときは、ちっちゃなカオナシみたいで、ちょっと可愛い。わたしの白いケースには目立つところに『
あれ?
大学生にもなって子どもっぽい、というなかれ。シールには、ちゃんと意味があるんだから。他人のケースと見わける
今日はうれしいことがもう一つ。それは人気ナンバーワンの『ピエポリ グランデ』のスイーツ。朝イチで並んだ甲斐あって、ようやくゲットできた。わたしたちは甘いもの好きぞろいの女子カルテットだから、メンバーの喜ぶ顔が目に浮かぶなぁ。
でもユーウツなのが電車。
今日ははるか遠い『
期待とユーウツを交互に噛みしめていると、電車がホームにすべり込んできた。リュックみたいにして、よいしょとチェロケースを背負う。硬くてずっしり重い。若い乙女が喜び勇んでかつぐモノじゃないよね、これ。
止まった車両の中にチラリと空席が見えた。今日はラッキーかも。わたしは乗客の列の一番前だし、ひょっとしたら座れるかな? なにしろこれから長い距離を移動しないとだから。うら若き乙女だって、座りたいときは座りたいじゃない?
降車客が降りきったのを見はからって、電車のステップに足をかける。ケーキを気づかいながら、ゆっくり、そろそろとね。
――あっ!
わたしは小さな叫び声をあげた。体が車内に入りきる手前で、背中のチェロケースが思い切り突き飛ばされたから。新品のレインシューズがドアレールの上でキュッとすべって、左手に握りしめていた『ピエポリ グランデ』の紙袋が宙を舞い……かけるところを危うくキャッチ。でも、体が反射的に動いたのはそこまで。濡れたタイルの上で滑ったらもうムリなのと一緒で、一度バランスを崩した体勢はもとに戻らない。
――転ぶ!
私は観念した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます