「むかしむかし

天野太洋

本編

あるところに一人の女の子がおりました。

 かの女の名前は神宮寺じんぐうじけい子。17さいの高校生です。

 かの女は世界にわすれられて、一人ぼっちでした。


 きっといつか、だれかに見つけてもらえる日がくるはず。

 そうしんじて、JKジェーケーは今日もおほしさまにいのります。

 今日はおいのりを始めてちょうど一年。

 「こんな特別とくべつな日なら、おほしさまにねがいごとがとどくかも!」

 JKジェーケーはいつもよりちょっぴり長めにおいのりをして、ねむりにつきました。


   ◆


 明くる朝、かの女は目をましました。

 おいのりこそとどかなかったものの、その日はJKジェーケーにとって特別とくべつな日になりました。

 はじめてのお友だちができたのです。


 今まで話せなかったぶん、いっぱいおしゃべりをして。

 いっしょにおさんぽとひなたぼっこに行って。

 ふたりでごはんを食べて。

 日課にっかのおいのりをして。


 JKジェーケーにはひさしぶりの、楽しい一日でした。

 しかし、こんなに幸せな日は長くはつづきません。

 かの女にのこされた時間は短いのです。


   ◆


 次の日、JKジェーケーたちは旅に出ることにしました。

 のこされた時間の全てをついやしてでも、かの女にはどうしても行きたい場所があったのです。


 一週間ぶんのごはん、まっくらな夜をらすランタン、ふかふかのブランケット、――必要ひつようなものをかばんにつめていきます。

 お昼12時のチャイムが鳴るころ、JKジェーケーたちは出発しました。



 てくてく、てくてく。

 ふたりならんで、いっしょけんめい歩きます。


 かつてはいちょう並木なみきがきれいだったこの道も、今はがれきで地面が見えません。

 かの女は悲しい気持ちをふりはらうように、大きな声で話し始めました。

 

「あたし、毎年クリスマスにここのイルミネーションを家族で見に来てたんだ」

「イルミネーション……。かつてはそんな、もよおしものがあったんですね」

「えー、この町に住んでてここのイルミネーション見たことないとか、絶対ぜったいじんせいそんしてるって!

 またここに来られたら、いちょうの代わりにあのでっかいオブジェでもかざりけようよ。約束やくそくね!」

「……はい!」

「ゆーびきーりげんまん……」


 さっきまでの悲しい気持ちはどこへやら、ふたりのかおにはみがこぼれています。



 ふたりががれき並機なみきをぬけたのは、夕日がしずむ直前です。

 JKジェーケーは急いで、つめたい夜風だけでもしのげそうな安全な場所をさがします。

 そうして夕日もしずみきり、あたりをらす光がランタンだけになったころ、ようやく夜を明かす場所が見つかりました。


 ふたりそろってくずれかけた建物たてもののかべにもたれかかり、「いただきます」と手を合わせます。

 もぐもぐ、もぐもぐ。

 昨日きのうと同じもののはずなのに、寒空の下で食べるごはんは楽しいようなさみしいような……。

 なんだか複雑ふくざつな気持ちでいっぱいになったふたりは、一言も話すことなくごはんを食べ終え、しずかに手を合わせました。



 夕食のあとは明日に向けてねる時間です。

 ふかふかのブランケットでぐるぐるきのかの女は、ねむたそうに目をこすります。

 今日はおいのりできないな。

 JKジェーケーがそう考えながら空を見上げると、いつもとわらない星空に一筋ひとすじの光が走りました。


「あっ! 流れ星!」


 かの女は思わず立ち上がって、ほしが流れたほうを指さします。

 その間にもまた一つ、二つとながれぼしが光りました。


「あ~まってまって! ねがい事……。

 どうしよう、すぐには思いつかないよ~!」


 かの女があわてている間にも、いくつものほしがとぎれることなくり注ぎます。


「あっ、そうだ!

 病気がなおりますように。病気がなおりますように。病気がなおりますように!

 ふぅ。これでよし!」


 かの女は満足まんぞくげにひたいをぬぐって、こしを下ろしました。


「うるさくしちゃってごめんね。流れ星を見られたの、ひさしぶりだったから。

 そういえば、あなたはおねがしなくていいいの?」

「いいんです。あれは、ねがい事をかなえてくれるなんて、そんなすてきなものじゃ「えー! もったいない!」」

「こんなにいっぱい流れてるんだよ!? きっとなんでもかなえてくれるって!

 あたし、二つ目のねがい事考えちゃおっかなー」


 かの女のその楽しそうな様子を見ていると、思わずねがい事を口にしていました。


「―の――――――て―――ように」

「おっ、意外と欲張よくばりさんだね!

 でも、ねがい事は三回言わなくちゃかなわないんだよ。

 ほら! あと二回!」


 ふたりのわらい声は、流れ星がむまでつづきました。


   ◆


 病院を出て二日目。

 日がのぼるのと同時に、ふたりは出発しました。


 てくてく、てくてく。

 休けいをはさみつつ、今日も目的地もくてきちに向かって歩きます。

 ふたりがおしゃべりしながら進んでいると、明け方には雲一つかった青空が、どんどんくもっていきます。

 お昼には分厚ぶあつい雲が空一面をおおい、お日さまも見えなくなってしまいました。


 どんよりとしたくもり空に、お昼ごはんを食べるJKジェーケーたちの顔もくもります。

 ふと、かの女が飲んでいた温かいスープに、小さな白いつぶが落ちました。


「雪だ!」


 JKジェーケーが顔を上げると、ちらちらと雪がり始めていました。


もるかな!? もるかな!?」

「すぐにむといいですね」

「えー、なんでー!? 雪だるま作ったり、雪合戦ゆきがっせんしたりしたいじゃん!」

「はぁ。……いいですか?

 もし雪がもったら、歩きにくくなるのは当然とうぜんとして、雪をしのぐために屋根がのこっている安全な場所もさがさなければいけなくなるんですよ!」


 あせりからきつくなってしまった言葉に、かの女はいつもとわらない笑顔えがおで答えました。


「そんなときは、かまくらを作ればいいんだよ!

 雪で遊べて、雪をしのげる場所も用意できて、えーっと……そう! 一石二鳥いっせきにちょうだね!!」

「もう! じょう談を言っている場合じゃないんですよ!?

 とにかく、今は屋根のある場所をさがさないと」


 それから屋根のある場所が見つかったのは30分後。

 しかし、ふたりの雪宿ゆきやどりは5分もしないうちに終わってしまいました。


「あーあ、んじゃった」

「よかった。どうにかもる前にんでくれましたね。

 でも、地面がこおってつるつるです。あぶないので、明日までここで休みましょうか」

「えー! 遊べないうえに、今日はここまでなの!?

 JKジェーケーはさいきょーなんだよ! ちょっとくらい、大じょうぶだって」

「だ、め、で、す!

 今日は早めに休んで、明日にそなえますよ」

「ちぇー、けちんぼー!」


 悪態あくたいをつきながらも、かの女は心なしかうれしそうにほほんでいました。


   ◇ ◆


 三日目。

 今日も朝早くから、ふたりは歩き始めます。

 昨日きのうの雪がうそのような冬日和ふゆびよりです。


 ……てくてく、……てくてく。

 かの女の歩みは昨日きのうまでよりもずい分おそくなっていました。

 それだけでなく、時折ときおり苦しそうにむねをおさえています。

 JKジェーケーたちは10分歩いては、休けいするのをくり返していました。


「もう、あきらめましょう?

 これ以上いじょう無理むりをすれば、あなたは今すぐにでも……」

「大じょうぶ。まだ歩けるよ。

 ううん、歩けなくなったって、はってでもたどり着いてやるんだから……!」


 かの女の決意はダイヤモンドのように、いえ、それ以上いじょうにかたいものでした。


「どうして、こんなにぼろぼろになっても、歩きつづけるんですか……!

 お家にたどり着けたとしても、あなたの家族はもういないんですよ!?

 安静あんせいにしていれば、きっとほんの少しだけでも長く生きられるのに。あなたは今、自ら進んで、わずかなじゅみょうすらけずっているんですよ!?」


「それでも、いいの。

 家族がいなくたって、ここの建物たてものみたいに、ばらばらにくずれてたって、いいの。

 どうせ、助からないんだもん……! あたしは、あの病院でちょっとでも延命えんめいするより、お家に帰りたい……!

 最期さいごは、お家でごしたい」


 ぽろぽろと大つぶのなみだを流しながら、それでもかの女はけん命に足を前に進めます。

 いつの間にか、あたりは夕焼ゆうやけでオレンジ色にまっていました。

 ふたりが歩くずっと先の方にしずんでいく夕日が、今のかの女の姿すがたと重なって、あわてて引きめます。


「今日はここまでにしましょう! つづきは明日、ね?」


 満身創痍まんしんそういのかの女は、ゆっくりとうなずきました。



 いつもどおり、ふたりは安全な場所をさがしてごはんを食べます。

 食べ終わってすぐに、かの女はねむってしまいました。



 草木もねむるうし三つ時、JKジェーケーはふと、目をましました。

 空を見上げると、数え切れないほどたくさんの流れ星が走っています。


「――――お家にたどり着けますように」


 何度も何度も、流れ星がつきるまで、いのりつづけました。


   ◆


 四日目。

 今日もふたりは、お家を目指して歩きます。

 かの女の歩く速さは、昨日きのうよりもさらにおそくなっています。

 それでも、かの女はあきらめません。

 歯を食いしばって、一歩、また一歩……前に進みつづけます。


   ◇


「やっと、ここまで来れた……!」


 今にも消え入りそうな声で、かの女はつぶやきました。

 目の前に立ちはだかるは、かつては緑あふれる公園だった小高いおか。

 その向こうがわこそ、かの女が住んでいた町です。


 おかと言っても、そのこう配は3度もないくらいなだらかなもの。

 しかし今のかの女にとってそれは、切り立ったがけのようにけわしい道でした。

 もう足が限界げんかいなのか、かの女ははいつくばって進もうとしていました。


「……待ってください。わたしが、あなたを背負せおって登ります。」

「ありがと」


 夕焼ゆうやけに世界が飲みこまれていくなか、JKジェーケーは進みます。


 このおかの向こうにあるのは、本当にかの女ののぞ景色けしきだろうか。

 病院のまわりや今まで歩いてきた道は、わたしたちが過去かこ整備せいびしたから、歩けるくらいには整っているだけで……。

 この先にはたしか、復興ふっこうの中止をぎなくされる『何か』があると聞いたような。


 もんもんとしながら登っていると、頂上ちょうじょうは目前にせまっていました。


「あの、本当に進んでいいのですか? 今から病院にもどってもかまわないんですよ?

 この先はきっと知らない方が――」


「進んで」


 かの女の一言に、頭にうかんでいた説得せっとくはあわのように消えていきました。

JKジェーケーは意を決して、頂上ちょうじょうへ登ります。



 頂上ちょうじょうからの景色けしきは美しく、ざんこくなものでした。

 目下に広がるのは、海。

 かの女の住んでいた町ごと、全てを飲みこんだ水面みなもが、夕日を乱反射らんはんしゃしてきらきらとかがいています。


「下ろして」


 かの女の声はふるえていました。

 ゆっくりと、かの女をおかの頂上ちょうじょうすわらせます。

 かの女は海から目をはなさずに、わたしに問いかけました。


「知ってたの?」


 口ごもるわたしに、かの女は再度さいど問いかけます。


「知ってたのね」

「……海があるとは知りませんでした。おかの向こうは、わたしたちには行けないとだけ」

「知ってたんじゃない! あたしをだまして楽しかった?

 わざわざ行けないところに、じゅみょうけずってまで行こうとするんだもん。こっけいだったでしょうね。わらいが止まらなかったでしょうね!」

「わたしは、そんなつもりじゃ――」


 あの時、何と返していたらよかったのか……。


「うるさいっ! 言いわけなんて聞きたくない!


 あんたロボットなんかに、あたし人間の気持ちはわかんないよっ!!」


   ◆


 星明かりの下、わたしはおかのふもとで一歩登っては下るのを、もう何時間もくり返していました。


『ロボットなんかに』


 その言葉がむねにつかえて、なかなかもう一歩がふみ出せません。


 ふと空を見上げると、あの夜と同じようにたくさんの流れ星がり注いでいました。


「流れ星……。

 ねがい事なんて、やっぱりかなわなかったじゃないですか。

 わたしが一年もつづけたSOSおいのりだって、だれにもとどかなかったんですから。ただのがんかけなんて、もっととどかないですよ」


『この星に人が帰ってきますように』


われながらずいぶん大きく出たもんですね。

 たった一人の女の子にすらこばまれて、……どの口がそんなことねがえるんですか」


 そういえばあの時、かの女は何をねがっていただろう。


「『病気がなおりますように』と、あともう一つ……」


JKジェーケーねがい事をかなえられますように』


 次のしゅん間、わたしは走り出していました。

 もちろん目指すはあのおかの頂上ちょうじょう、かの女のいる場所です。


   ◆


「けい子!」


 頂上ちょうじょうから少し下ったところに、かの女はたおれていました。

 その体は夜風にさらされてえ切っていましたが、かろうじて息はありました。


「……わたしはJK(17)ロボットです。


 介助用かいじょようの、ロボットなんです。


 生きている人の、生きようとがんばっている人の手助けが仕事なんです!」


 かの女は全身どろだらけでした。きっと、ここまではってきたにちがいありません。


「わたしはロボットとして、死のふちにあっても生きようとしたあなたを助けてみせる! 死なせてなんかやるもんか!!」


 ぐったりとして意識いしきのないかの女を、ブランケットでぐるぐるきにします。

 わたしはのこりの固形燃料ごはんを全てタンクにぶちこみ、じゃまになるかばんは放りて、かの女をかかえておかをかけ下りました。

 目指すは病院、かの女が目覚めざめたスリープポッドです。


   ◆ ◇


 お昼12時のチャイムがひびく中、わたしは病院にかけこみます。

 ろうきゅう化のいちじしい院内にはつかわしくない、数百年の時をてなお真新しいスリープポッド。

 5日前に開いたばかりのそこへかの女を横たえ、ふたをめます。


 ピーピーピー


 とつぜん鳴りひびいたエラー音に、パネルを操作そうさしていた手が止まります。


『エラーコード10100e バッテリー ガ フソク シテイマス』


 パネルにうつし出されたバッテリー残量ざんりょうは1パーセントすら切っていました。


「ポッドがこわれていなかっただけ、しとしましょうか」


 わたしは自分の腹部ふくぶからバッテリーを片方かたほうはずし、ポッドにおさまっていた空のバッテリーと取りかえます。

 とたんにエラー音が鳴り止みました。パネルのバッテリー残量ざんりょうを見ると、一週間はもってくれそうです。


 わたしは今度こそポッドを起動させました。


 ピピッ

『プラン27315 ヲ ジッコウ シマス フェーズ2 マデ ノコリ 309ビョウ』


 無機質むきしつ機械きかい音声のカウントダウンに、ほっとむねをなで下ろします。


「これで、かの女の時間は止まった。あとは……」


 わたしは部屋のすみに立てかけられていた台車に目を向けます。


「あそこまで、運ぶだけ」


   ◇


 病院を出るころには、日はかたむきかけていました。

 まだ整備せいびしかけで少しでこぼこがのこっている道を、ゆっくり……ゆっくりと進みます。

 決してかの女を落としてしまうことなどないよう、しん重に。


 四日前ふたりで歩いたがれき並機なみきにさしかかるころには、空は真っ暗になっていました。

 そこかしこにらばったがれきが、台車の行く手をはばみます。


「ここから先は、台車では無理むりそうですね……」


 わたしはかの女の入ったポッドをかかえました。

 その重量じゅうりょうに両足がギシギシと悲鳴を上げます。

 今にもひざのパーツがこわれてしまいそうです。でも……


「大じょうぶ。歩ける」


 まだ、こわれたわけではありません。

 両足をきしませながら、足場の悪いがれきのじゅうたんをわたります。


 ゴッ パキッ

 ギ……ギギ ゴッ

 ミシッ ゴッ ベキ


 一歩ふみしめるごとに、わたしの足からする異音いおんと、がれきのれる音が通りをこだまします。


「速く! わたしの足が使えなくなる前に、速く……!」


 ゴッ バキバキッ

 ガンッ ゴッ

 ――


 絶望ぜつぼう象徴しょうちょうだったながれぼしが、今夜だけはわたしの背中せなかをおすように一晩中ひとばんじゅうと切れることなく、光をともしつづけていました。


   ◆


 ――ズ……ズズッ ゴッ


 目的地もくてきちであるがれき並機なみきのオブジェにたどり着いたのは、ちょうど夜が明けるころ。

 そのオブジェ――ロケットには、朝日が後光のようにさしていました。


 わたしは、かの女の入ったポッドをゆっくりと地面に下ろし、ロケットに近づきます。

 よごれや年季ねんきの入った細かいキズこそ目立つものの、ロケットに大きな損傷そんしょうはありません。

 いつもとわらないちょっと不格好ぶかっこうなつぎはぎも、今は朝日よりもかがやいて見えました。

 ロケットの無事ぶじをひととおり確認かくにんし終えると、わたしは近くにある小さな管制かんせいとうへと急ぎます。



 管制かんせいとうとは名ばかりの、はいざいで作られた小屋のドアを開け、中に入ります。

 数日ぶりのには、全てを投げ出してしまいたくなるくらいおだやかな空気が流れていました。


 朝起きたら復興作業おさんぽに出かけて。

 晴れたお昼はソーラーパネルで充電ひなたぼっこをして。

 夜はSOSおいのりにはげむ毎日。


 頭にうかんだ日常ゆうわくを大声でかき消して、部屋をあさります。


「けい子を! けい子を助けるんです!!」


 工具と燃料ねんりょう、そしてなけなしの部品を手に、お家をび出しました。



 ロケットにもどると、わたしは間髪かんはつを入れずに整備せいびに取りかかりました。


 燃料ねんりょうじゅうして。

 足りていなかったロケットのせいぎょ機構きこうを取りけて。

 ……わたしのたからものをたくして。


 れない作業に悪戦苦闘あくせんくとうしながらも、三日三晩みっかみばんかかってようやくロケットは完成かんせいしました。


 できあがったロケットにかの女の入ったポッドを運びこみます。

 ポッドのバッテリー残量ざんりょうは二日を切っていました。


 あとはロケットからポッドにじゅう電用のケーブルをつないで、発射はっしゃさせるだけ。

 しかし、持ちこんだ部品はロケットの整備せいびで、全て使い切ってしまいました。

 ケーブル、ケーブル……。

 どれだけ機内きないを見回しても、あまっているケーブルなんて1ミリメートルもありません。


「いや、まだある。これを使えば……」


 うつむいたわたしの目に入ったのは、自分の足でした。


   ◇


 バン、といきおいよくロケットのドアがまります。

 夕焼ゆうやけが一帯いったいめ上げる中、わたしはひとり、がれきのじゅうたんにねころんでいました。


 ロケットを発射はっしゃさせるには、管制かんせいとうにあるボタンをおさなければいけません。

 管制かんせいとうまで、数100メートル。

 わたしには歩くための足がもうありませんでした。



 わたしはゆいいつのこった右うでを、ドンッと地面に打ちけます。

 決して、あきらめたわけではありません。


「歩けないのなら……」


 右うでにありったけの力をこめて、体を引きせます。


「はってでも、進む!」


 ずる、ずる。

 ――――


『バッテリー ノコリ 2パーセント キョウセイ シャットダウン マデ アト30プン』


 耳障みみざわりな警告けいこくの音声は、わたしの胸元むなもとから流れたものでした。


「バッテリー切れで終わりになんて、させるもんですか!」


 わたしはしずみゆく夕日にあらがうように、管制かんせいとうへと手を進めました。


   ◆


 決死の思いで管制かんせいとうにたどり着いたのは、日がしずむ直前のこと。


『シャットダウン マデ ノコリ1プン』


 開け放たれたままのドアから中に入ると、いつもSOSおいのりをしていた発信装置はっしんそうちまではっていきます。


 装置そうちはだだっ広い部屋のすみでほこりをかぶっていました。

 あと3メートル。


 ……2メートル。



 ……1メートル。


『アト10ビョウ』

「うるさいんですよ!」


 めいっぱいのばしたうでをふりおろします。


 ポチッ



 わたしが最期さいごに聞いたのは、いやみったらしい機械きかい音声をかき消す、地ひびきでした。」











 パチパチパチパチ


 JKジェーケーが話し終えると、となりにすわる青年からはく手が送られます。

 青年の目からはとめどなくなみだがあふれていました。


「ごせいちょうありがとうございました。

 それでその……、無理むり承知しょうちでおねがいしたいのですが……」


 青年は鼻をかんで、JKジェーケーに向き直ります。


「……なに?」


「かの女を、神宮寺じんぐうじけい子をさがしていただきたいのです。

 あれからどのくらいの時間がぎたかわかりませんが、……もしかすると、今このしゅん間も、かの女はポッドの中でねむりつづけているかもしれません。

 それでも、絶対ぜったいに生きてるはずなんです!

 どうか、どうかかの女を見つけて、保護ほごしていただけませんか……?」



 青年は一呼吸ひとこきゅうおいて、しんけんな面持ちで答えました。


さが必要ひつようはないよ。

 かの女は5年前、死んだから」


 淡々たんたんげられた言葉に、JKジェーケーの頭は真っ白になります。


 どうして……?

 ロケットは無事ぶじび立ったはず。

 ……できていなかった?

 ポッドもちゃんとじゅう電できるようにケーブルをつないだ。

 ……ケーブルが断線だんせんしていた? それとも、あれだけじゃ供給きょうきゅうが足りていなかった?


 わたしが、かの女を、ころした?



 最悪さいあく可能性かのうせいJKジェーケーが言葉をうしなっていると、青年は夜空を見上げたまま語ります。


享年きょうねん109さい、すっごい大往生だいおうじょうだったよ。

 全部、キミが助けてくれたおかげだ!」


 青年は満面まんめんみをJKジェーケーに向けました。


「そういや、自己じこ紹介しょうかいがまだだったね。

 ぼくは堂本どうもと光輝こうき

 キミがすくった神宮寺じんぐうじけい子のひまごなんだ!」


 青年のくったくのない笑顔えがおは、かの女にそっくりでした。

 青年はいきおいよく立ち上がると、


「ぼくは、けいちゃんにねがいをたくされてここに来た!

 キミのながいをかなえに……この星を助けるためにここに来た!!」


 JKジェーケーに手をし出します。


「ぼくは、この大任たいにんをキミにも手伝ってもらいたいって考えてる。

 ねえJKジェーケー(17)イチナナ――」


 JKジェーケーは、青年が言い終えるよりも早く、その手を取っていました。


「――『流れ星』に乗ってみない?」

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