君の精子を食べたい

雑務

とあるオフ会にて......

「渋谷駅のハチ公前で、黄色いマスクをつけて集まりましょう」

 もう誰が言い出したのかは忘れたけど、とにかく黄色いマスクを手に入れるのには苦労した。チャットでゲームを通して気が合ったメンバーとオフ会をすることになっていた。いつも集まっているチャットのメンバーと顔を合わせるのはまだ少し恥ずかしい。LINEでつながってる訳でもないから、本当に誰かが来てるのかも分からないし。

 渋谷駅で山手線を降りると、すぐにハチ公前の場所を示す大きな看板が見えた。ああ、この方向にいつものあいつらがいるんだ。

 人に流されながらなんとか銅像を見つける。するとそこには黄色いマスクの女の子。目元には思春期特有のあどけない鋭さが見られる。女子高生だろうか。いや、女子高生なんてチャットのメンバーにいたっけ。いつメンは、自称早稲田大学理系男子の「多崎」、パチンコが趣味のおっさん「もぐら」、そしてデブで童貞らしい「アンコ」。そもそも女がいなかったはず。

 すごく可愛い。そういうつもりで集まったのではないけど、そういうつもりを期待してしまう。

 彼女は、じっとこちらを見ている。目元が緩んでいるように見える。微笑んでいるのだろうか。きっといつもしゃべり合っている誰かであることには違いないだろう。誰なのかは分からないけれど。


「渋谷駅のハチ公前で、黄色いマスクをつけて集まりましょう」

 私がノリで言ってしまった。目的は、男漁り。あんまり期待できるメンバーじゃないけど、ゲームが趣味の男はチョロいからね。黄色いマスクを指定したのは、メルカリでも出品がなかったから失敗だったけど。でも本当に誰か来るのかな。LINEくらい交換しといた方がよかったかな。

 張り切って、集合時間の30分前に来ちゃった。かれこれ25分待ってるけど、まだ黄色いマスクをつけた人はいない。

 .......と思ったら、人混みの中に黄色いマスクをつけた男の人。大学生くらいの人かな。ていうか、すごくイケメン。チョロいイケメンとか最高じゃん。でもこんな人、あのメンバーの中にいたんだ。いつメンは、自称早稲田大学理系男子の「多崎」、パチンコが趣味のおっさん「もぐら」、そしてよく分かんないなろう小説を書いてる「ハルキ」。こんなイケメン、いないと思ってた。

 すごくかわいい。そういうつもりで集めたけど、向こうもそういうつもりになってくれてたらいいな。

 彼はじっとこちらを見ている。こんなかわいい女の子、来ると思ってなかっただろうな。まさかデブで童貞のアンコがJKだなんて夢にも思わないよね。この後のこと想像したらニヤニヤしちゃう。はやくホテル連れてってよ。誰なのかは分からないけれど。


♧♡♢♢


「まさか君がデブで童貞なアンコだなんて、思いもしなかったんだよ。あのメンバーにこんなかわいい子がいたなんて」


「それはお互い様。私のドストライクな男がいたなんて。変な小説しか書いてないからどうせ友達もいない童貞かと思ってた」


「この後どうしようか、結局ほかの二人は来ないみたいだし。どこか行きたいとこある?」


「特にないけど。この世界の掟に反しなければ、私は何をしてもいいよ」


「掟って?」


「分かってるでしょ。この世界で過ごしているなら、どれだけ誘惑があったとしても守らなければいけない掟。掟を破ればどうなるか、考えただけで恐ろしいけど」


「......分かるような、分からないような......。じゃあさ、せっかく会えたんだし......」


「掟を破る誘惑に負けない自信があるならいいけど」


♧♡♢♤


 二人はラブホテルに入った。ソファに座り見つめ合う二人は目と目で会話をした。互いにマスクを外し合う。照れ隠しの心理からか、乾いた唇を舌先で湿らせた。その仕草がシンクロしたことが、双方をより艶めかしい雰囲気に落とし込んだ。

 窓の外には隣のオフィスビルの質素な茶色いタイルだけが見えていた。カーテンを無造作に閉めると、そこは二人だけの空間になった。


「こういうのって、僕はじめてで」


「なんとなくそんな気はしてた。緊張してまだ完全にかたくなってないみたいだし」


「ちょ......。どこ触って......。」


 小動物を愛でるように下腹部を撫でまわすと、徐々に形を変えていった。かたくなったあそことは対照的に緊張は柔らかくなり、見よう見まねで相手のあそこをまさぐる。二人の手のひらにはマロニエの味が染みた。


「僕さ、実は見られたい願望があって」


「だめ。この世界の掟を破ることになる」


「でも......ばれないんじゃないかな」


「この世界の主を侮っちゃだめ。掟を破ると必ずばれる」


「でももう我慢できないんだよっ......」


♧♡♢♤


 気がつくと、僕はパトカーに乗っていた。

「何で我々が来たのかは分かってるよね? 猥褻物陳列罪っていうんだよ。Webのチャットサイトでエッチな話するのはいいけど。写真送っちゃだめだよ。いい歳なんだし理解してるよね?」


「......」


 やはり、すべて筒抜けだったようだ。オフ会の設定でイメチャしていたことは全部警察にバレていた。僕はあの世界の掟に背いてしまったのだ。

 あの世界の掟......。

・出会い目的で本サービスを利用してはならない。

・残虐・猥褻なコンテンツなど他ユーザーに不快感を与える画像・動画・音声等のコンテンツを投稿してはならない。

・自分や他者の本名・住所・所属等の個人情報、連絡先等を投稿及び要求してはならない。

・その他社会通念上好ましくない行為や、日本国内の法律に違反する行為、運営が不適切と判断した行為をしてはならない。


「君は昨日、チャットで違反行為を行った。間違いないね?」


 まずい、なんとか切り抜けられないか。


「いや、きっと僕のスマホが誰かに乗っ取られたんです。誰なのかは分からないけれど」






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