第6話 探検
ーーはい、ただいま腕が持ってかれると噂の旧校舎に来ております。今すぐにでも帰りたいという気持ちで押しつぶされそうなんですがどうしたらいいですかー!
心の中で悲鳴をあげる。が、折角先輩が来てくれてるのに帰るわけにはいかないという悪循環に陥ることになった。
この学校の校舎が二つ存在したなんてものは、入学二ヶ月ちょいの私が知るわけがなく、やけに薄暗い裏階段を通った先が其れだとは当然気づかない。ひょっとしたら二、三年生も耳にすらしていないではないか。
疑問をぶつけると「違いない」と、笑いながら返される始末。この先輩よく笑うなぁ、などと感じたが、顔に出さないのが女の美徳である。
「ごめんね、僕と二人きりで行くことになってしまって。普段のあの二人って忙しいから今日来ただけでも珍しい方なんだよ」
「大丈夫です。気にしてませんから」
「そう、ならよかった」
すみません、めちゃくちゃ気にしてます。こんな薄暗い場所に二人きりで歩かせるの!?って怒りが浸透しかけてます。先輩が気遣ってくれなかったらとっくに帰ってますから。
口には出さない。険悪な雰囲気も消し去って先輩に話しかける私は結構疲れているのかもしれなかった。
「ここの廊下通ったことある?」
「いえ、初めてです。校内は教室の近くぐらいしか行きませんから」
私が否定すると先輩は頷きながら一つの教室を指さす。午後五時。仮入部終了時間まで残り三十分と迫る中、ようやく目的の場所が見えてきたようだ。旧校舎なんて初めての開拓地の私からすれば新鮮そのものだったが、先輩は慣れていそうに淡々と歩いていた。こんな場所に来るくらい普段から危険なんだろうか。
心配はよそに先輩が歩くのに付いていく私。スタスタと歩きながら遂に目的地である旧校舎裏の教室のドアまでたどり着いた。旧校舎裏には見渡す限り教室が並んでいて忙しい時はその全てを回ることもあると言うが、今回の場所は一つ。これが幸運だと信じて心を落ち着かせる。
「ふーふー」
「大丈夫、大丈夫。一人で来なければ安全は保証されてるから」
息を整える様子に呆れと心配半分で声をかける先輩だけれども、私は忘れていない。彼らが部室で言っていた言葉を。
ーー『危ないのは僕らも変わらないわけだから』だっけ? そんなん言われて安心できる超ポジティブ野郎が居たらとっくに誰かに殺されてるっつうのー!
軽くキャラ崩壊起こしてる気がするがそんなの知ったことではない。心配しすぎて死ぬようなことがあるとするなら感覚だけで生きている異世界ぐらいだろう。かと言ってこのままでは一歩も進めない。
気を取り直して、話しかける。
「開けたらいいんですか?」
「お好きなタイミングでどうぞ」
先輩なのに開けてくれないんですね、などと恨んだのは私だけ?
単純に私の方がドアに近いから開ける羽目になったのかもしれないけど。
ただ都合のいい断りと気分だけで活動内容もさっぱりな部活の仮入部を希望した過去の自分に怒りが上る。亀裂とか校長とか詳しい事情を知りたければ手伝えなんて理不尽にも程があった。
ーーどうか、開けた途端に腕が持ってかれるなんて言う野蛮な事柄がないことを願います!!
ガラガラ!!
スライド式のドアを目を瞑って一気に開かせる。
パシッと音と共に、中の空気が流れ込んだ。
「?」
ドアが開き電気が消えた部屋が映し出された瞬間、先輩が怪訝な表情をする。最初は戸惑っていたけれど次第に情報が僅かに察せられた。
「この臭い、どこかで」
「おそらく……硫黄。これは予想以上に面倒臭いことが起きてると見えるね」
先輩はそう言って部屋に侵入する。すかさず灯りの場所を見つけスイッチを入れるその姿はとても手際がいい。棒立ちになる私の手を引き彼はゆっくりと室内を歩き出した。
そこは、机の隣に蛇口があることから理科室と捉えられた。窓際にある水槽には長い間放置された水草が入れられ茶色に染まっていた。隅のあちこちに蜘蛛の巣。あるいはネズミの死体。
顔色が酷くなって吐き気を催しそうになるところを寸前で我慢する。
「大丈夫?」
「はい、なんとか」
返事をすると途端に肩を下ろす先輩。どうやらこの部屋に入った時から私のことを気にかけていたらしい。安心した顔つきを浮かべた彼はそのまま視線を上げていき、ある地点で頭を止めた。
「これは骨が折れるね」
先輩はため息をつくと面倒くさそうにそう発言する。それは、説明するのが嫌というよりこれからすることに嫌気がさしているように思えた。
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