御薙 黎音(ミナギレイン)の場合
グラスを拭き上げ、ピカピカのグラスを眺めて悦に入っていると、入口の扉が、大量の雨飛沫と共に『バタン!』勢い良く開いた。
『寒寒寒!温かい飲み物下さい!』
彼女の顔を見て、私はガックリ項垂れる。洗濯物干して来なきゃ良かった。
彼女の名前は
『御薙 黎音(ミナギ レイン)』
私が知る限り本物の『雨女』だ。
彼女が店に来る時は決まって雨。
傘無くしたの?って位に、ずぶ濡れで店に入って来る。
まさに『天気予報士泣かせ』の彼女。
『会社を出たら、いっきなり雨になるんだもん。天気予報なんて当てにならないですね。』
いつも通りの展開だが、それが妙に心地良い。
そしていつも通り、タオルを渡す。
予約して来てくれると本当は嬉しいんだけど。
私は、水滴が滴っているであろう洗濯物の事を想像して引き攣った笑みを浮かべていた。
そういえば温かい飲み物を注文されたんだったわ。
気を取り直してウォーターポットを火にかける。
『聞いて下さいよ。同棲してる私の彼氏って鳶職をしてるんですけど、お前と付き合ってから、雨ばっかりだな。お前が雨女だから、雨で現場が止まって、仕事にならないだろ!お前みたいな雨女は、間伐地域のアフリカにでも行けよ!って怒るんですよ!酷くないですか?それって私だけのせいですか⁈マジでムカつきました!そんなにお天気が好きなら、いっつも頭に春が来てるような天然ク◯晴れ女と同棲すれば良いのよ!』
(黎音さん結構口悪い・・w)
でもある意味、間伐地域にとっては願ってもない名案かもって思ったけど黙っておいた。
カウンターに突っ伏した彼女の濡れた黒髪が洋燈の光に照らされて、ゆらゆらと輝いている。
『あっ!彼氏からLINE来た。昨日は言い過ぎた。ごめん。だって。LINEで謝って来るなんて無礼千万!面と向かってちゃんと謝らないと許すまじ。はい。既読スルーしま〜す。』
(黎音さん。侍?何時代の人⁈w)
私は黎音さん好きよ。
だってアナタが来る日は街が静かだもの。
私も都会の喧騒からこの店に逃げ込んでいる様なものだから・・。
彼女が静かに顔を上げる。
『ありがとうございます。でも実は・・私が外出すると、雨が降るって言うのは本当の事なんです。しかも悲しい事があって、泣きたい時は、雨も強目になったりして・・。』
(気のせいか雨音が強くなった様な・・。)
彼女が黎音と名付けられた時から、雨と彼女は運命づけられてしまったのだろう。
そんな事を考えながら、熱い珈琲に生クリームをフロートする。
お待たせ致しました。
【アイリッシュコーヒー】です。ウィスキーと少しお砂糖も入ってますので、冷えた身体が温まりますよ。
(もしかしたら心もね。)
『ありがとうございます。』
『これ初めて飲んだけど、甘くて美味しいですね。如月さんのカクテルを飲んだら少し元気が出て来ました。』
(それはアルコール効果の賜物なんだけどね。)
彼女の口元に生クリームの丸い髭がほんのりついた頃、入口扉が静かに開いた。
一本の傘を従えたニッカポッカ姿の男が少し照れ臭そうに立っている。
お迎えが来たみたいですよ。
『次、アイツがムカつく事言ってきたら、集中豪雨降らせて、デッカい雷落としてやります!w』
(黎音さん。雷も落とせるのか。くわばらくわばらw)
彼女がゆっくりと席を立つ。
あっ!口、口!口拭いて!
新しいタオルを渡す。
彼女の頬は、ほんのり赤くなっていた。
『如月さん。ありがとうございました。思いっきり吐き出したらスッキリしました。また愚痴聞いて下さいね。』
相合傘の中で、彼に軽めのパンチを見舞う彼女を見送りながら、私は煙草に火を点けた。
ふぅぅぅぅ・・
雨は、いつの間にか小雨になっている。
カウンターの上に置かれた、ほんのり赤い使用済みタオルと、彼女の敢えて忘れて行ったであろう傘を眺めながら、煙草の煙を細く吐き出した。
『可愛い所あるじゃん。』
BAR『ミゼラブル』は今夜も煙い。
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