6-2 二人の弓の技

      ◆


 夜になり、戦闘は落ち着いた。

 夜襲の警戒は本隊に任せ、ミナン連合が雇った傭兵たちはそれぞれに陣を構えて休息に入っている。もっとも、傭兵たちは傭兵たちで、それぞれに歩哨を立てていた。

 私は食事が炊き出しされているところで、例のフーティ騎馬隊の少年を見かけた。ランサという小柄な少年である。

「あなた、ちょっと」

 彼はどうやら炊き出しが目当てではなく、矢を調達に来たようだった。矢筒を二つ背負い、それにはぎっしりと矢が入っている。

 私の言葉に反応し、足を止める。振り返った顔はやっぱりしかめっ面だった。

「あんた、例の蛮族の女か」

「もう食事はもらった?」

「矢が先だ」

 話す言葉も、その口調も、やっぱりどこか粗野だった。

 しかし乱暴とはまた違う。落ち着きが底の方にちゃんとあり、それは凪いだ水面のように動かないのだ。

 弓矢を使うものによく見られる平常心というものである。

「例の矢はすごかった」

 私の方からそう言葉を向けると、鼻を鳴らすだけの反応しかない。

 挑発すれば、少しは乗ってくるだろうか。そうなったとしても、私が挑発するのは彼の挑発に私の方が乗せられている、とも言えるのは無視することにした。

「私とどちらが上手いか、試してみる?」

 やっぱりランサの表情は変わらなかった。

「別に競い合うために技を磨いているわけじゃない」

「何のために弓を学んだの?」

「敵を射るためだ。殺人術だよ」

 ありきたりなことを言うじゃないか。

 そう思った時には、私は自分が背負っていた弓を手に取り、ランサの矢筒から一本を引き抜いていた。彼は私が弓を取った時点で悟ったのだろう、矢を奪われることに抵抗はしなかった。

 矢を番え、弓を引き、狙いを定める間もないような間隔で放つ。

 風を切った矢が尽きたったのは、離れたところにある篝火を支える足だった。木材が使われており、太さは大人の太ももくらいだろうか。

「そうやって技を披露するのが、蛮族の流儀か?」

 目を細めて矢の行き先を見てから、こちらに向き直った少年に、私は笑みを見せてやった。

「次は戦場で披露してあげる」

「俺とあんたが敵味方なら、本当に勝負ができるのにな」

 そんな言葉を残してランサが立ち去りかけ、思い出したように足を止めた。

「あんた、クーリーニアとか名乗ったよな?」

「ええ、そうよ」

「噂話で聞いたことがあるが、蛮族三十八戦士、とかいう格好悪い呼ばれ方をする、そこそこ腕が立つ蛮族の戦士がいたような気がする。そしてその中にクーリーニアという名前もあったはずなんだが、記憶違いかな」

 どうかしらね、と素っ気なく応じてやると、今度こそ本当の不機嫌顔でランサは立ち去った。

 背中が見えなくなってから、私は息を吐いて、背中へ弓を戻す。

 確かに、誰が言い出したかは知らないけど、蛮族三十八戦士というのは、あまり語呂がいい名称ではない。別に自分たちでそう名乗ったわけでも、三十八人を決めたわけでもないのだが、こういう言葉は独り歩きするものだし、独り歩きを始めれば、あとはどんどん尾ひれがついてしまう。

 実際に三十八人、全員の名前を知っているというものもいるが、ある人が名前を挙げた人物が別の人では漏れていたりすることはままある。

 そして私が知る限りでは、最初に三十八戦士とされた蛮族の傭兵で、戦死したものが既に六人いる。

 戦死者の情報は蛮族に限らず、他のものの間でも情報が共有されているはずだが、今更、二十九戦士などと改称しようとする殊勝な人間もおらず、結局は名前だけが残り、その名前は勝手に虚実様々な伝説を生んでいるのだった。

 食事を手に陣へ戻ると、部下の半数はすでに眠っていた。夜襲がないとは言い切れないが、これくらいの豪胆さが傭兵や兵士には求められる。

 私も食事をすぐに済ませ、明日の戦闘に向けて、部下の一人が用意していた矢の様子を明かりを頼りに確認した。歪みがないか、矢羽に乱れがないかなどとを一本ずつ確かめる。

 蛮族の中の一つの部族が私たちの出身で、ロッソ族などと名乗っているが、この部族はもともとからして狩猟において弓を多用した。様々な技術や手法が編み出されて、その中には弓そのものの工夫、矢の工夫も多くある。

 矢を手に取りながら、ランサの技を私はもう一度、想像した。

 昼間のあの丘の位置から、標的までの距離。

 私が記憶している風の流れ。

 何より、太陽の位置。

 少しだけ太陽が傾いていて、そう、ランサの位置からだとやや逆光だったのではないか。

 さらに言えば彼の弓は私の弓ほど大きくない。矢を放つ力は当然弱く、それは矢が飛翔する中で風の影響をより強く受けることを意味するし、そもそも矢が直進する距離が短くなる。

 だいぶ山なりで射なければ、届かなかったのではないか。

 考えれば考えるほど、ランサは相当、精密に的を狙ったことになる。首に当たったのは狙い通りで、外しても体に当たるようにしたのだろうか。それだけでも神技というしかない。

 彼と弓で対決してみたい、と思っている自分がいる。

 しかし今は同じ陣営に属する、味方同士だ。

 助け合うことはあっても、剣を交えることはないはずだ。

 考え事をしながらも矢の確認は終わり、三十五本を手元に残した。狙い通り、思い描いた通りに飛びそうな矢は、案外少ない。故郷ならともかく、このような土地では矢の製造の技術もまちまちなら、出来上がる矢の一本一本に誤差がある。

 夜はだいぶ冷え込む季節になった。そろそろ冬になり、各地の戦闘も徐々に静まっていくだろう。それがこの国の常だ。戦闘は麦や米が収穫できた後が最も活発になる。糧食に困らないからだろうが、ただ、各地の農夫には厳しい時期でもあると言える。

 働き手を兵隊にとられており、子供、女、老人などが総出で収穫作業をする。

 まぁ、それはいつでも同じか。この国の戦乱はいつか、男というものを絶滅させるのではないかと思うほど激しく、容赦ない。

 私たちの故郷の方がまだ、どこか健全だった。

 蛮族と呼ばれる少数民族が寄り添う南の地。

 この国とはまた違う文化があり、価値観がある場所。

 貧しいが穏やかで、どこか私には空虚な故郷。

 とにかく今は、戦闘のことを考えよう。ここは故郷ではなく、戦場だ。

 地面に直接、寝転がって夜空を見上げた。

 篝火が焚かれていても、夜空には星が見える。

 どこにいても見える、同じ星空だ。




(続く)

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