男子の会話

新木稟陽

女の子ってうんちするの?


 昼休み。菓子パンを齧りながら、山下は呟く。


「うんちってあるよな」


 うんち

 ( 幼児語 )大便。うんこ。

 ──広辞苑第六版より抜粋


 シカトすべきか。数瞬迷った後、橋本は短く返事をする。


「あるな」


 返事を確認してか否か、山下は続ける。


「女の子っているよな」


 女の子

 ①女である子供。女児。②むすめ。③若い女。

 ──広辞苑第六版より抜粋


「……いるな」


 まともな話になる予感がしない。しないけど、とりあえず相槌はうっておく。

 山下はトマトジュースを一口飲み込んでから物憂げに窓の外を眺める。


「女の子って……うんち、するのかな」


 するだろ。


「するだろ。」


 するだろ。うんち。

 すると山下は目を剥いて橋本を見る。


「はたして、そう言い切れるか!」

「言い切れるでしょうよ」

「……という、話ですよ」


 山下はひとつため息をつくと、切なそうな顔をする。


「俺だってね、わかってるよ。でもさ……実際に見たわけじゃないじゃん」

「そりゃそうだろ。赤ちゃんのオムツ変え以外じゃそうそう見ないだろ」

「だから、わかんないだろ。橋本だって赤ちゃんのオムツ変えたことあるか?」

「ないけども」

「観測するまではわからないんだよ」

「かっこいい言い方をするなよ」


 山下は残りのトマトジュースを飲み干すと、真剣な眼差しを橋本に向ける。


「これって、悪魔の証明に取って代わるんじゃない?」

「そんな大それた話じゃないって」


 悪魔の証明。悪魔の存在を簡単に否定してもいないことの証明はできない。つまり、証明するのが難しい事柄、みたいな話。


「そんなの、女子の誰かがプリッとひり出せば済む話だから。人口の半分だぞ、女」

「やめろよそういう汚い話」

「…………」


 橋本はこれ以上付き合っても無駄っぽいと思い、話を変えることにした。


「まぁでも確かに、悪魔の証明の話はもう済んでるもんな」

「? どゆこと?」

「いや、悪魔いるし」

「……え? 橋本そういう思想?」

「あ、話してなかったっけ」



 橋本は山下を連れて屋上に馳せ参じる。


「なんで鍵持ってんの?」

「悪魔に頼んだ」

「縁切ったほうがいいのかな」


 橋本は手に持っていた一冊のノート、その最後のページを開く。そこにあるのは、ページいっぱいいっぱいに描かれた紋様。有り体に言えば魔法陣。それは赤黒く、インクというよりシミと形容したほうが正しい何かで描かれている。


「お前まじか。高一だぞ。なんなんそれ」

「魔法陣?」

「俺に聞くなよ。」


 橋本はそれを地面に置くと、何やらよくわからない文字列を口にする。何語なのかもわからない。

 有り体に言えば、詠唱。

 十秒ほどそれを唱えると、一瞬ホワイトアウトしたかのように目の前が見えなくなる。

 次に視界が戻ったとき、そこには悪魔がいた。

 黒い表皮にコウモリのような翼、羊のようなツノ。アロハシャツとステテコを除けば、神話やファンタジーのイメージから違わないザ・アクマの姿。


「え……おい、おいおいおい、お前まじかよ」

「な、悪魔の証明完了」

「手合わせ願う!」


 間髪入れずに放たれた山下の右ストレート。悪魔はそれをなんなく受け止め、微動だにしない。


『しょークン、この子友達?』

「うん。」

『すごいね、すごい友達がいるね』

「コイツ……勝てねぇ」


 強者は強者を知る。この一撃で、彼の悪魔と自分との力の差を理解した。


「悪魔のジギル君だよ」

『ジギルです』

「失礼しました。山下祐希と申します」

『そんなに固くならないで、ゆーきクン』


 悪魔の声は複数人の声が同時に再生されるような気味の悪いものだったが、その口調は柔らかい。


「なに、なんで? そういう家系とかなの?」

「いや、一時期黒魔術的な本にハマってさ。やってたらできた」

「呪いとかできんの?」

「やったことないね。できんの?」

『まぁ、それなりには。』

「だって。別にね、普段一緒にあつ森やってるくらいだから」

「スイッチ2台持ってるの、そういうことだったのかよ」

『ゆきみが好き』


 山下はジギルの周りをぐるぐると回っていくらか観察したあと、「あ!」と思いついたように。


「悪魔ってさ、結構物知りだったりする?」

『長生きだから、そこらの人間よりはね』

「あの……女の子って、うんちするの?」

『え? するでしょ』

「そう、か……」


 『そんなの誰でも知ってるでしょ。え? 知ってるよね?』という言葉は、項垂れる山下の耳には入らない。


「それじゃやっぱり、悪魔の証明の代わりにはならないか……」

『それがなると思ってたの? しょークン、すごい友達がいるね』

「まあね。ジギル君、なんかいい案ない?」


 ジギルは顎に手を当てて暫く唸った後。


『オタクに優しいギャルの証明、てどう?』

「うわ、天才!?」

「いいじゃん。」

『もしいたとしてもその人がそうじゃなくなったり死んじゃったらまた謎になるからね』


 こうして、「悪魔の証明」は今日から「オタクに優しいギャルの証明」と置き換わることになった。


「ところでジギルさん」

『呼び捨てでも君でもいいよ』

「じゃあジギル、今日あつ森やろうよ。俺も混ぜて。俺はたこやが好きなんだ」

『イイね』



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