ウソ!? 私の年収低すぎ? 〜辺境に左遷された治療師奮闘記〜
@takenoko2
1.人事異動
――辞令
クレア・エステル殿
獅子月第一日より、辺境国ノルン支部への配属を命ずる
ミッドランド帝国 治療師協会本部――
「……な、なんでこんなことになるのよ!!!!」
と、叫んだのだけれど、私はその理由を十分理解している。
なにせ上司にブチギレたのだから……。
――三日前――
「いやぁ、今日も疲れた疲れた。はい、この書類しまっといて、クレアくん」
「……はい、師長」
慌ただしく治療師やその助手が仕事に追われる一室。
そんな中、不遜な態度で私のデスクに腰掛ける中年の男。
それが私の上司であり、ここミッドランド帝国の治療師協会本部、第三治療部の師長、デルス・ウォーレンスだった。
彼から渡された羊皮紙を手に、書棚へとしまいに行く。
治療師として22から働き、早3年。
任される仕事といえば書類の整理、雑多な事務仕事、備品の買い出し等々。
実際に治療の現場に携わることは全くなかった。
本当に頑張って国家資格である治療師の称号を得たというのに、その能力を活かす機会は与えられなかった。
最初は新米だから、まずは下積みの仕事と思い、この3年間、一生懸命働いてきた。
だけど、それは大きな間違いだと私は気づいた。
男性社会、貴族社会、それがこの世の真理だった。
能力なんて関係ない。生まれが全てなのだ。
そんな中で私は女、そして平民の出。最底辺の存在だったのだ。
平民だって頑張ればたくさん稼げる。昔はそう思っていた。
だから、世の中で高収入とされる治療師を目指し、国家資格の勉強に励んだのだ。
それに、どうやら自分には治癒魔法の適性があったようで、自分の能力で人の役に立てる、喜んでもらえるということが何よりのモチベーションだった。
それなのに……。
「クレアく~ん!」
「……なんでしょう、師長」
「トーブラン酒店にね、今季の新作ワインが入荷したみたいだから2、3本買ってきてもらえる?」
またこれだ。今日こそちゃんと言おう。
「……師長。すみませんが、治療師としてのお仕事であれば喜んでお引き受けいたしますが、師長の個人的なご用件でしたら遠慮させていただきます」
「なに? バカなことを言っちゃいかん。これも大事な仕事だ。それとも上司の言うことが聞けないとでもいうのかね?」
「そういうことではございません。ただ、治療師としてそろそろ現場の仕事をさせていただけないでしょうか? 現場に出られるのならどんな雑用でも構いません」
するとデルスはため息まじりに私を見下した。
「はぁ、またその話かね。立場をわきまえたまえ。平民である君が侯爵であるワシとこうして話ができるだけでも幸運だというのに」
この答えも何回聞いたか分からない。
「それは理解しています。ですが、治療師協会の行動規範は公正無私。私も治療師の称号を取得した身として人々に、協会に、貢献したいと思っているのです」
今度は、薄い頭の先まで伸びるほど太い青筋を立てるデルス。
「君は何も理解しておらん! 貢献したいだと!? だったら黙ってワシに貢献すればよい! それが協会に貢献するということだ!」
「そういう考え方もあるかもしれませんが、私は現場で、治療師として、仕事をしたいと思っています。どうかその機会をいただけないでしょうか?」
「いい加減にしろっ!! 君のような者に患者の命を任せられるものか! 女の君に!!」
女。
いつもならあきらめて頭を垂れる私だった。
だけど、今日は違った。
虫の居どころが悪かったのだろうか。
これまで心の奥にため込んできた鬱憤が限界に達したのだろうか。
とにかく私は爆発した。
「女だからなんだって言うんですか!? さっきも言いましたが、私はここにいる他の治療師たちと同じように、国家試験に合格し、称号を取得したのです! つまり、治療を行うための最低限の知識、能力は 備えているということです! それなのになぜ現場に出させてくれないのですか!? 経験が足りないというのであれば、その経験を積ませてください!」
シンと静まり返る部屋。
その静寂を破ったのはデルスの低くうなるような声だった。
「……この無礼者め。だったらお望み通り現場に出てもらおうか。そして、今後一切ワシにその顔を見せるんじゃないぞ! この薄汚い平民の売女め!!」
「な……!?」
そう言い捨てるとデルスはずかずかと部屋を後にしたのだった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「現場に出てもらうって、それが辺境国ノルンへの異動ってことなのね……」
そうして改めてがっくりとうなだれる私。
あの時、何か言い返してやりたかったけど、頭が真っ白で何も言い返せなかった。
くやしい。
ただ、不幸中の幸いか、念願の治療師デビューを果たすことが出来た。
だけど……。
「辺境国ノルンかぁ……」
辺境国ノルン。
ミッドランド帝国のずっと南。
魔境、人外境と呼ばれる人跡未踏の地であるミュルク大森林の近くにノルンはあった。
数十年前に帝国の侵略により属国とされ、以来、辺境の守護を命じられ、ミッドランドの地を踏むことは許されなかった。
なぜか。
それはノルン人が銀髪赤眼という特徴を有しているからだ。
銀髪は魔女、赤眼は魔族の血を引くものとされ忌み嫌われているのだが、そのどちらも兼ね備えている稀有な存在である。
ノルン人と最初に出会ったミッドランド人はさぞ驚いたことだろう。
まぁ、私も本で読んだ程度で実際に会ったことは一度もない。
そんな辺境の地で無事生きていけるのだろうか。
今更ながらに不安な気持ちが込み上げる。
「いや、弱気になっちゃダメだ! 治療師として働いていっぱい稼ぐチャンスなんだから。いっぱい稼いで悠々自適に暮らす! 雑務時代の低い収入、貧乏生活はサヨナラ! コンニチハ、夢のリゾート生活!」
そう、辺境というのも見方によっては自然のたくさん残るのんびりとした田舎暮らしになるはずだ。
そんな夢と希望と些末な不安を詰めたトランクを両脇に抱え、私はノルンへの片道切符の駅馬車に揺られていくのだった。
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