第33話 その頃勇者エルヴィンは? 6
「そ、そんな馬鹿な!? 何かの間違いではないのですか?」
「いや、間違いではない、災害級の魔物は討伐されたよ」
俺は勇者パーティ強化担当の第一王子レオンの言葉に耳を疑った。
「一体どういう事なのですか?」
王子の説明によると、災害級の魔物、ジャイアントアントの主が突然発生した。
ここは当然俺達勇者パーティの出番だった。
俺が最高に目立ち、名を売るチャンスだった筈だ。災害級の魔物を討伐し、街の危機を救えばさぞかし素晴らしい名声が手に入っていただろう。民どもは俺を誉めたたえた筈だった。街の女も黙って俺に股を開いたに違いない。
俺より強い冒険者がいる筈がない。魔物に特効のある勇者の聖剣だけが唯一の頼みの筈なのだ。なのに、災害級の魔物、ジャイアントアントの主は討伐された。
つまり、誰かが聖剣もなくジャイアントアントの主を倒したのだ。そんな馬鹿な!
「どうしたの? エルヴィン? 僕、心配になるよ」
「俺に触れるなぁ この雌豚あぁあ!」
「きゃあ!?」
聖女ナディヤの手を乱暴に払いのける。
そして、真っ黒に膨れ上がった怒りが巻き上がり、俺は思わずナディヤの腹を思いっきり蹴りあげた。
「い、痛い……お、お腹が…」
「五月蠅い!? 黙れ雌豚がぁ!」
「止めて、エルヴィン。あんなにナディヤのこと可愛がっていたのに?」
しまった。俺とした事がついカッとなって…誰も見ていない処でやるべきだった。
王子や騎士団も見ている。俺は慌てて、繕って、ナディヤに謝る。
しかし、先程俺に不快な報告をしてきた王子レオンはおろか、彼の率いている騎士団のヤツらも冷たい目で俺を見下ろす。何だよその目は?
いや、レオンと彼の騎士団だけではなかった。街の有力者達や役人たちも軽蔑の目を向けていた。
しかし、ここでクリスが耐えきれなくなって抗議して来た。
「エルヴィン、前から考えていたのですが、私はこれ以上あなたについて行く事はできません。勇者とは本来、誰もが恐れる困難に立ち向かい偉業を成し遂げた者、または成し遂げようとしている者に対する敬意を表す呼称です。あなたはそのどちらでもない!」
「俺は勇者だ!? この大陸に10人しかいない勇者だ。俺は誰からも輝かしく賞賛されなければならない人間なんだ!? それが勇者なんだ」
「自分の恋人の腹を蹴るような人がですか? ましてや、あなたナディヤさんに……酷すぎます!」
「それはナディヤが俺を勝手に好きになっただけだから仕方ないだろ?」
「あ、あなたと言う人は……」
クリスを見ると黙り込んだが、その拳は握りしめられている。ふとナディヤを眺めると、ナディヤは身体を震わせていた。ふん、さすがに腹がたったか? なに、あとで魅了の魔法をかけ直せばすぐに忘れて喜んで俺に股を開くだけだ。
俺は魔王を討伐する男だ。魔王を討伐した暁には貴族の地位と、多分あのリナという王女を嫁にもらえる。こんな田舎娘たちなぞ、どうでもいい存在なのだ。
次に目をクリスに向ける。この女は折角アルが死んだから優しくしてやったのに、股を開く処か俺に軽蔑の視線を投げつけてくる。夜伽に誘ったにも関わらず来ないばかりか、口も満足に聞きやしない。
「勇者エルヴィン、今日をもって、勇者パーティを抜けさせて頂きます」
「な、何だと?」
俺とした事が動揺した。クリスが俺の元から去るだと? 未だ俺の手がついていないにも関わらずにか?
クリスはさっさと行ってしまった。そして、
「勇者エルヴィン。僕は君に言っておく事があるんだ。アル君の事だ」
「な、何なのでしょう? あの足手まといが今頃一体?」
俺は怒りに打ち震えていた。こんな事があっていい筈が無い、俺は全てを手に入れる男だ。こんな処で壁にぶつかっていていい人間じゃない。邪魔する者は殺せばいいだけだろう?
だが、怒れる俺を無視してアホ王子レオンが無遠慮に言ってきた。
「君達勇者パーティが弱体化したのは、アル君が抜けたからだ。彼はパーティ全体のステータスを10倍にする常時魔法を有していた。だから、君達は弱くなったんだよ」
な・ん・だ・と・?
そんな事はあり得ん。あの男は俺の前にほんの少しだけ邪魔になる小石だ。クリスという田舎娘を自由にするのに、ほんの少しだけ邪魔になるだけの存在。それ以上でもそれ以下でもない。
「一から鍛え直すんだ。今後騎士団員は増やしてあげる。だけど、騎士団員には配慮しろよ。今までの様に騎士団員を乱雑に扱うと団員を派遣する事もできなくなるよ。先日派遣した優秀な騎士達が全員辞めてしまってね。僕としても実に痛いんだ」
そう言うと、王子は鬱陶しそうに場を辞した。
こみ上げる怒り。
「何故だ! 何故上手くいかない! 俺は勇者だぞ、誰もが崇めるべき英雄なのだ! どいつもこいつも思うように動かねぇ、みな、ぶち殺されたいのかぁ?」
俺はその場で、手当たり次第に家具や調度を蹴りつけ、殴りつけた。
椅子やテーブルをへし折っても、全然鬱憤は晴れない。
周りを見ると、俺に近づくと殴られるとでも思っているのか、皆、遠目で冷たい目で見つめていた。
なんだ、その目は?
不愉快だ!? 俺をそんな目で見るなぞあり得ん。お前らはどうせ捨て駒だ。とりあえず抱いて、一時的に利用するだけだ。俺は将来、あの王女リナと結婚し、ゆくゆくはこの国の王となる男だ。
そもそも、アルを殺せと持ち掛けたのは王子じゃねえぇか?
俺が悪いじゃねぇ! 何もかも、俺が悪いんじゃねぇ!?
畜生、こんな事ならいっそ、アルが生きていてくれ! そうしたら、さっきパーティを脱退したクリスを捉えて精神が壊れるまで魅了の魔法をかけてヤツの前でクリスをおもちゃのように抱いてやろう。
ああ、生きていてくれ、アルが怒り狂うのを想像すると辛抱たまらん。最高だぁ。
俺はあり得ないが、最高の妄想に胸が高鳴った。
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