第24話 天使様の愚痴
「私のことが嫌いなのですか?」
驚いた顔をするアリシア。まあ、天使様には新鮮な経験だったのかな。
だが、天使様は意外な提案をしてきた。
「……ねえ、セル君も振られたんでしょ? なら私の気持ちわかるでしょ? じゃあ、私の愚痴に付き合ってくれない? 奢るから」
だから、俺の名前……アルな……
☆
結局俺は天使様の奢りに付き合うことにした。
俺は聞きたくなった。天使様の愚痴ってヤツが。
天使様の本音。
それなら聞いてやる。
うわべを飾った言葉じゃなくて、天使様の本音。
それなら聞いてやる。
俺はそれならと天使様のわがままに付き合うことに同意した。
「でねフィンは私の幼馴染なの。7歳の時、たんぽぽで作った指輪を私の指にはめてくれてね。僕、アリーを必ずお嫁さんにするって……お嫁さんって……」
「ちょ、ちょっと、アリシアさん?」
天使様はかなり痛い感じで泣き始めた。
うかつだった。女の子の素の感情なんて俺が聞いていいものじゃなかった。
ていうか、周りからは俺が天使様を泣かせているようにしか見えないと思う。
「み、水飲んで! 気持ちを整えて!」
「あ、ありがとう。ぐすん……クズ君」
だから、アルな。それにクズ君って酷すぎん?
「エルちゃんは私の親友なの。二人を引き合わせたのも私。だから、二人のことは祝福しなきゃとは思うの……でもね……親友の幼馴染を寝取るとかビッチよね?」
ふにゃりと天使様の顔が歪む。やだ、この人ちょっと怖い。
訂正。俺は自分の考えを即座に訂正した。
知らない方がいいものもある。
天使様の歪んだ闇堕ちした表情を見て、俺は速攻で自身の考えを改めた。
「フィンもね。嘘つきだよね? お嫁さんにするって言ったんだから、これ、もう婚約でしょ? なのにエルちゃんを選ぶとか、酷い浮気だよね?」
いや、7歳の頃の発言とか本気にしちゃ駄目だよね?
天使様はブーと紙ナプキンで鼻を噛むと。
「今日はやけ食いするからね。ベラ君、徹底的につきあってね」
「は、はい」
ホントは嫌って言いたかったけど、そんな空気はない。
天使様の目は闇堕ちしてすわっていた。
やだ〜、怖いよぉ~。
「オーク肉ステーキ定食二つとシザーサラダ大盛をお願いします」
はっ? 奢りとは言っても、俺のメニューの選択権ないの?
「どうしたの、ケル君? 頼まないの?」
「あ、じゃ、俺もオーク肉ステーキ定食で……」
まさかの一人で二人前の爆食いだった。それと俺、アルな。
天使様はそうそうに来たシザーサラダの大盛を頬ばりながら、なおも愚痴も言い続けた。
「17年も拘った私の存在って何なのかな? 17年だよ?」
「まあ、それは俺にも気持ちわかるよ」
俺も17年拘った幼馴染のクリスに裏切られたから良くわかる。
「確かにアリシアと付き合ってたのに、他に可愛い子がいるからって乗り換えるとか酷いな」
「私とフィンって、やっぱり付き合ってたように見えた?」
アリシアがほほ笑む。
だけど、痛い、痛すぎる。
正式には付き合ってなかったらしい。
天使様のほほ笑みが痛々し過ぎる。例の平凡な男、フィンに罪は全くない。
「そうよね! フィンもきっと真実の愛に気が付いて、一歩手前で私に気持ち移らないかな?」
「いや、それは絶対ないと思うけど……」
逆に17年連れ添った幼馴染の女の子を振るんだ。相当な覚悟があったと思う。
「私、フィンとキスしたことあるんだよ。ファーストキスなんだよ」
「それ7歳位の時のことじゃないの?」
多分、フィンは忘れてると思う、それ、ノーカンだと思う。
それからあの二人はキス以上のことするから、早めに心の整理しておいた方がいいと思う。
「そ、それにフィンのお母さんが聞いたらどう思うかな? きっと、きっと……」
さすがに突っ込めなかった。
フィンのお母さんは今後、天使様をはれ物を触るように接するしかない。
ご愁傷様です。
気が付くといつの間にか来ていた3人前のオーク肉ステーキ定食の肉にグサッと天使様がフォークを突き刺すと、ボロボロとまた泣き始めた。
店員さんのステルス能力すげぇな。
さぞかし、たくさんの修羅場をくぐり抜けてきたに違いない。
「あの、クソ女ぁ!!」
親友じゃなかったのか?
「ア、アリシア、どうどう! お肉が冷めちゃうよ?」
「う、うん」
ひとしおお肉を血走った目で食べると。
「ねえ、やっぱり男の子って、胸が大きい方が好きなのかな?」
「いや、それは人によってそれぞれだと思うよ」
「い、今頃、あのクソ女の牛乳揉んでるのかなぁ~!!」
「あ~、アリシア、どうどう、あの歳でそこまではないと思うよ」
いや、ほんとは知らんけど、それに時間の問題と思うけど、さすがにこの爆食いの天使様を傷つけるほどの度胸はなかった。
「ごめんね。取り乱して。ガル君には感謝しかないよ」
そう言って、ほほ笑む天使様。
それにしても名前の語彙力凄いな。
一つもあたらんとこも凄いけど。
天使様はオーク肉ステーキ2人前を食した後もデザートを三人前ほど頼んで、完食した。
そして、いざ会計になって、お会計のお姉さんの前で天使様は目に涙を浮かべてお財布の中と伝票の金額表示を交互に見ていた。
あんなに食べといて、お財布の中身確認しないとか、この天使様って……
ポンコツって言いそうなのを我慢するのに骨が折れた。
レストランを出て、天使様と二人で帰途するが、どうも同じ方向みたいだった。
お会計を俺が立て替えたのは言うまでもない。
夏とはいえ、さすがに暗くなってきた。夕焼けの日が天使様にあたって綺麗だ。
そんなことを思っていると、唐突に天使様が言いだした。
「ねえ、アル君? 私達冒険者としてパーティ組まない? 割り切りで」
「ええっ? いや、割り切りとかはちょっとな」
いや、その表現が嫌。
「わ、私って、そんなに魅力ないのかな?」
「そ、そんなことはないよ。ただ、割り切りとかはちょっと……」
天使様ふっとため息をつくと。
「やっぱり、私みたいなの、魅力ないのね。エルちゃんみたいにおっぱいないし……今度、あの牛乳握り潰してやろうかしら?」
また、歪んだ笑みでヤバい発言をする天使様。
この子ヤバ過ぎん?
「でも、アル君は冒険者なんでしょう? 若いし、もうパーティは決まってるの? 私、フィンやエルちゃんとパーティ組んでたから、一緒にいるとかはもう辛くて、ダメかな?」
そう言って、俺の方を上目使いで見て来る。
そんな目で見られると、さすがに断りにくい。
ちょっと、このポンコツ負けヒロインの天使様に近づくことに俺のアラームが鳴っているが。
「わかったよ。俺で良ければ……」
「あ、ありがとう。私、頑張るね。私のことはアリーと呼んでね!」
「アリー?」
「うん、私ね、親しい人にはアリーって呼んで欲しいの」
「わかった。アリー、いつまでも天使様と呼ぶのもなんだよな」
あれ、いつの間にか俺のことアル君って呼んでるな。
どうも、アリーは俺の名前をようやく思い出したらしい。
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