第19話 その頃勇者エルヴィンは? 3

勇者エルヴィンのパーティは新戦力を迎える事になった。表向きは行方不明のアルの補充だが、実際は即戦力、特にダンジョンの魔物等の情報に詳しい戦力の補充だった。


あれから何度かダンジョンに挑んだが、結局第3階層を突破する事は出来なかった。


「みんな、どうかしているぞ! せっかく足手まといのアルがいなくなったのに、お前たちがやる気を出してくれんと話にならん!」



勇者エルヴィンがみなを叱咤する。


「で、でもエルヴィン……僕、なんか魔法が半減してるんだ」


エルヴィンにべったりの聖女ナディヤだが、珍しく弱音を吐いた。


「言い訳をするな! お前らの気合が足らないだけだ!」


だが、彼の言葉ではみなの違和感は拭えなかった。


メンバーの士気は下がるばかり、いや、アルの幼馴染のクリスに至っては、その顔に怒りの形相さえ浮かべている。だが、勇者の権威は絶対なのだ。彼に意見をするものはいない。


「今日から新しいメンバーの元冒険者のビアンカとダンジョンに潜る。今日こそ第5階層を突破するぞ。ビアンカは冒険者と言えど、レベル70の剣士だ。勇者パーティの威信にかけて、みっともないところは見せられないからな!」


エルヴィンは新戦力のビアンカに視線を向けて、皆に紹介する。こんな時でさえ、新メンバーが女性なのは、エルヴィンがそっちの方も期待していたからである。


「ビアンカです。よろしくお願いします」


ビアンカはそう言って礼をして、皆に笑顔を向けた。当然だろう。勇者パーティへの招き。冒険者の彼女にとって千載一遇のチャンスだ。低レベルのジョブの剣士の才能しかもたない彼女にとって、勇者パーティに迎えられる事は極めて幸運な事だ。もちろん、エルヴィンは彼女を将来クビにしようと考えていた。剣士程度のジョブでは魔王との戦いでそれ程役には立たないだろう。とりあえずの戦力と、その身体を楽しんだ後は、どうでもいい存在。彼にとって、女性は物と何ら変わる事がない存在なのだ。


「勇者パーティへようこそ、勇者のエルヴィンだ。今後ともよろしく頼む」


ビアンカは感激したかの様にエルヴィンを見つめる。


「感激です。勇者様にお目にかかれるだけでなく、パーティに加えて頂けるだなんて!」


「そんなに堅苦しくなるな。早速、ダンジョン攻略に力を貸してくれ」


「ええ、もちろんです」


エルヴィン達は5度目の第4階層攻略に挑戦する。


「颶風灰燼-激-!」


ビアンカの魔法剣がさく裂する。これまで苦戦したロイヤルオークやロイヤルゴブリンも彼女中心に有利に戦いを進めて行く事が出来た。


しかし。


ビアンカは驚いていた。これが噂に聞く、歴代最速レベルアップの勇者パーティなのか? 勇者パーティには勇者の他、剣聖クリス、聖女ナディヤ、煉獄魔導士アンネという豪華な才能が集まる集団だ。ただの剣士のジョブの自分とは天と地ほどの差がある人達なのだ。


しかし、彼女から見て、勇者パーティはまるで素人だ。力任せの戦いしか知らず、その癖、力も及ばない。ビアンカがいなければ、たかが、Bクラスの魔物にすら苦戦する。


経験値が足らない。レベルを上げる為の経験値では無く、戦いの為の真の経験値が足りていないのだ。しかし、何故勇者パーティがこの様なことに? ビアンカには想像だにできなかった。


ビアンカのおかげで何とか第3階層を抜ける事が出来た。そして、ようやく1週間ぶりに勇者パーティは第4階層に降りる事が出来た。


ビアンカは、このままで第4階層に進むのは危険だと判断した。ビアンカの目から見て、自分以外のメンバーに第4階層を攻略するだけの力はない。自分頼みの戦いは危険だ。他のメンバーに何かあっても一人だけでは対処できない。


この勇者パーティが第5階層を攻略したのだとはとても信じられない事だった。


ビアンカは新参者という立場から、言いにくかったが、意を決して、意見を言った。


「エルヴィン様、現状で第4階層攻略は危険かと思えます。もう少し、レベル上げを行った方がいいのではないでしょうか?」


極めて全うな意見だ。他のメンバーも頷いた。しかし、肝心のエルヴィンが自信たっぷりにこう言った。


「大丈夫だ。いざとなったら、俺が何とかする。これまで第4階層なんて簡単に突破してきたんだ」


「わ、わかりました」


ビアンカはある意味納得した。これまでエルヴィンはほとんど前衛で戦っていない。後方で支援をする一方、弱った魔物には一撃だけ入れて経験値を稼ぐ。勇者という特殊な存在だから仕方ないのか? 冒険者パーティでこの様な事をしたら、いざこざになる。いや、はっきり言えば、卑怯なやり方だ。一人だけ安全であり、かつ、人が苦労して弱らせた魔物に止めだけを刺して経験値だけを得る。


もし、エルヴィンが危険な戦いの時は前衛に出て、その勇者の力を存分にふるっていたのなら、納得がいく。これまで勇者パーティが弱いと感じたのは勇者抜きで戦っていたためで、もしかしてビアンカを試す為だったのかもしれない。そう思ったのである。


「第4階層に進むぞ」


ビアンカは頷いたが、気のせいか、メンバーの顔色が悪い様な気がした。


「ミノタウロスです。力だけの魔物です」


「わかった。アンネはデバフの魔法を、ナディヤは強化の魔法を!」


ビアンカは剣を鞘から抜き放ち、ミノタウロスに相対する。続いて剣聖クリスが続く。


しかし、またアンネのデバフは外れた。だが、聖女ナディヤの身体強化魔法を受けて、ビアンカの能力が向上する。


だが。


「何故、勇者様は戦いに参加してくれないのですか?」


それまでの疑問をぶつけた。流石にこのミノタウロス相手にこのメンツでは無理だ。勇者の参加が必須だ。だが、ビアンカは勇者エルヴィンの言葉に耳を疑った。


「俺は勇者だぞ。万が一死んだらどうするんだ? 死ぬのはお前らの役割だろ?」


「はあっ!?」


信じられない暴言、いや、この勇者は本気で言っているのか? 確かに勇者とは唯一無二の存在。だが、歴代の勇者は仲間と共にあり、時には仲間を助ける為に自身の身の危険を厭わず戦いに身を置く。それが常識だった。だから、ビアンカは勇者パーティに憧れ、子供の頃から剣の修行に研鑽を重ねたのだ。勇者パーティに招聘された時は天にも昇る気持ちだった。しかし、勇者とはこんなものなのか? それならこんなパーティにいる意味なぞない。


勇者の暴言に気を取られたビアンカはミノタウロスの一撃を受けきれないで、剣を飛ばされてしまう。


「し、しまった!?」


「撤退だ。その女を見捨てて、撤退するぞ!!」


「そ、そんな……」


勇者エルヴィンは一目散に第4層から撤退していく。いや、逃げたのだ。


ガチン、とミノタウロスのこん棒の一撃を剣聖クリスが受ける。


「今のうちに剣を拾ってください」


剣聖クリスが自分のために庇ってくれた。


そして、何とか二人で命からがらダンジョンを脱出することができた。


「クリスさん、本当にこのダンジョンの第5階層をクリアしたの? 失礼を承知で言うわ。今のあなた達は第4階層どころか第2階層で経験値を稼いだ方がいいわ!」


クリスは下を向いた。そして呟く。


「アルがいたら……勇者パーティの要は彼だったの……」


ビアンカは確信した。このパーティでまともなのは剣聖クリスだけだ。勇者パーティの人員は自分が所属していた冒険者パーティにさえ必要ない。少なくとも普通の冒険者パーティならどこでもそうだ。




帰還したビアンカは勇者パーティへの招きを丁重に断った。もちろん、冒険者ギルドには正確な報告を行った。放置すれば、冒険者に犠牲が出かねないからだ。

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