第14話 その頃幼馴染の女の子クリスは?
私には幼馴染で将来を誓った男の子がいる……いや、いた。
しかし、彼は勇者パーティの戦力としてはもう限界だった。
わかってはいた。もう、彼と自分では住む世界が違うと。
でも、私には彼がいない人生など考えられなかった。
だから、彼が勇者エルヴィンにパーティをクビにされた時、一緒に故郷に帰ろうと言おうと、いつもの場所で話し合うつもりだった。
だが、秘密の場所にいたのは愛しい幼馴染のアルではなく、勇者エルヴィンだった。
「エルヴィン、何故ここに?」
「たまたまさ。君の方こそどうしたんだい?」
「わ、私はアルと話し合おうとして、その……」
私は言い淀んでしまった。
パーティを抜けたいと言うと反対されるかもしれない。
パーティのリーダーは勇者エルヴィンだ。
メンバーの管理は彼の仕事だ。
だからといって、あんな形でアルを追い出すとかは違うと思う。
だが、彼が私を必要とする場合、話は面倒なことになる。
本来、勇者パーティのメンバーの任命権は国王陛下にある。
リーダーであるエルヴィンが勝手にアルをクビにすることなんておかしなことなのだ。
だが、私もどうかしていた。
アルを庇いきれなかった。
それどころか、アルが詰め寄って来た時、私は彼を突き飛ばしてしまった。
何故? 何故あんなことをしたの? 私はどうかしていた。
そのくせ逆に私が簡単にパーティを抜けることは難しいのだ。
抜けるには国王陛下の正式な承諾を得なければならない。
「クリス……君は優しいんだね。あんな男のことを心配するなんてな」
私はエルヴィンのアルをなじる言葉に腹がたった。
「ア、アルは素敵な男の子です! だから……」
私は言い淀んでしまった。
あの時と同じだ。
アルを庇おうとした時、一瞬、エルヴィンと目が合った。
その時、何故か気持ちが萎えた。
あんなに大好きなアルのための筈なのに……一体私はどうしてしまったのか?
その日はエルヴィンとその場を別れ、私はアルをいつまでも待った。
だが、彼が私の元に来ることはなかった。
アルの荷物は無くなっていて、あの後、一人で出奔したんだろうと皆に言われた。
『私が悪いんだ。私がアルを突き飛ばしたりしたから、アルは自信を無くして……』
私は自分のしでかした失態に自身を責めていた。
すぐにでもアルを探しに行きたい。
でも、勇者パーティを抜けるには、国王陛下の許可がいる。
私は国王陛下宛に勇者パーティ辞退の嘆願書を送ったものの、未だにパーティを抜けられずにいた。
それから3日程、休暇になった。
エルヴィンの配慮だった。
アルがいなくなって、私が悲観していたので、彼が配慮してくれた。
そして、その日、エルヴィンに呼び止められた。
「クリス、ちょっと時間あるかな?」
「何、エルヴィン?」
私は怪訝に思った。エルヴィンは一体何を?
「クリス、俺は君のことが好きなんだ」
「……」
「アルのことは知っている。だが、止められないんだ、君への熱い思いが」
「駄目よ! エルヴィン! 私はアルと将来を誓いあったの!」
エルヴィンを見ると、そこには燃えるような真紅の瞳。
私はエルヴィンの瞳から目が離せなかった。吸い込まれる様な瞳に。
私の心にはエルヴィンへの気持ちが急激に高まった。
心がザワザワと麻のように騒めく。
エルヴィン、切れ長の目、爽やかな笑顔。
彼からこぼれる微笑み。
ひょっとしてこれが本当の恋?
私にはそう思えた。アルには感じた事がない激しい感情が湧き出してきた。
「クリス、もし、よかったら、今晩、俺の部屋に来てくれないか?」
「う、うん。わかった……」
私は自分でも信じられない言葉が自分から出たことに驚いた。
私は簡単に返事をしてしまった
こんな時間に男性の部屋を訪ねる。それがどんな意味を持つか私には十分分かっていた。
でも感情を止められなかった。だけど、私の頭にはアルの笑顔が鮮明に思い出された。
「だ、駄目! 私はどうしてしまったの?」
自分で自分の心が理解出来なかった。
アルとの17年にも及ぶ歴史。
そこにエルヴィンが入り込む余地などある筈がない。
なのに、もう一人の自分がいいからエルヴィンのモノになれと告げている。
「こ、こんなの私じゃない!」
私はエルヴィンと別れた後、自室で二つの心のせめぎ合いに悶絶していた。
その時。
「その通りじゃ。それはお主の本当の心ではないのじゃ」
「だ、誰?」
信じられない。
未熟とはいえ、剣聖の私に気づかれること無く、私の部屋に忍び込むなんて。
「アルの知り合いだと言えば、気を許してくれるかな?」
「ア、アルは何処にいるのですか?」
突然出てきたアルの名前に私は追及より、アルの情報が欲しくなった。
「アルはある場所で修行しておる。それより、お主の方が危険じゃ」
「私が危険?」
突然言われたことに頭が回らない。
「お主、今、何をしようとしておった?」
「わ、私! 取り返しのつかないことをしようと!」
指摘されて、さっきまで自分にあったエルヴィンへの心にゾッとする。
そして、自分に嫌悪感を覚えた。
思っただけでも、許されない裏切りだ。
だが、彼女は信じられないことを告げた。
「安心しろ。その心はお主の本当の心ではない。偽りのものじゃ。今世の勇者は邪なスキルを授かってしまったようじゃ。既に犠牲者もおるようじゃ」
「犠牲者? 何のことですか?」
「百聞は一見にしかずじゃ、この魔道具を肌身離さず身につけるのじゃ。これは『魅了』のスキルから身を守るものじゃ。そして、後、1時間もしてから、あの堕ちた勇者の部屋の様子を見てみろ、さすれば我の言っておる事がわかる」
私は初めて会う怪しい女の言うことを信じた。
エルヴィンへの気持ちとアルへの気持ち。
それを考えれば、答えは一つだった。
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