福の神

窓百 紅麦

第1話出会

 義也は、ぼんやりと窓から空を見上げた。彼が今いるのは、雨宿りのために入った空き家だ。破れた天窓からは、悲しいくらい、きれいな星空が見えていたのだった。


それらの星々を眺めながら、彼は、あの星の一つから、宇宙船でも飛んで来て、自分を連れ去ってくれないものだろうかと思った。


<何を考えているんだ、俺は・・・・・・。例え宇宙人がいたとしても、何の能力もない俺なんか、わざわざ連れに来るものか>


義也は、半年前に居酒屋のアルバイトをクビになり、住んでいたアパートも追い出されてしまったのだった。


頼れる親族も友人もいない彼は、このまま野垂れ死にするしかないのかと、泣きたい気持ちになってしまった。


その時、大きな流れ星が見えた。そしてそれと同時に、こつんと頭に何かが当たるのを感じた。


驚いて辺りを見回すと、後ろに小さな黒い塊が見えた。よく見ると、それは6歳ぐらいの男の子だった。


みっともない姿を見られたに違いないと思った義也は、恥ずかしくて、思わず声を荒げた。


「そんな所で何見てるんだ⁈ あっち、行け!」


だがその子は、反対に義也に近づいて来てしまった。そして、聞いてもいないのに、そこに来た事情を話し始めたのだった。


「僕、ピアノ教室、嫌なの。でもママは、絶対に休んじゃダメって言うの。だから逃げて来たの」

「そんなこと、聞いてない! 頼むから、どっか行ってくれ!」

「だって、だって」


男の子は、大声で泣き出してしまった。

「おい、止めろよ。頼むから、泣き止んでくれ。誰かに聞かれたら、俺が、何かしたと思われるじゃないか」

焦った義也は、必死にどうにか泣き止ませようとしたが、彼の泣き声は、ますます大きくなってしまった。


 それから数分後、義也は男の子を連れて、彼の家の前に立っていた。どうしても泣き止みそうになかったので、仕方なく、家まで付いて行ってやることにしたのだった。


だがその子の家を見て、義也は呆然となってしまった。彼の家は、テレビでしか見たことの無いような大豪邸だったのだ。


「本当に、ここが、お前の家なのか?」

「ん。ほら、ここれが、僕の名」


彼はそう言って、家族全員の名前が書かれた表札を指さした。

「お前の名前は、健人か。かっこいい名前だな」

義也がそう言うと、彼は照れ臭そうに笑った。


「パパは健介、ママは桜子っていうんだ」

「そっか。さあ、ここまで連れて来てやったんだから、もういいだろ? さっさと中に入るんだ」

そう言って、健人の背中を押した。


「嫌だ! ママに、一緒に謝ってくれるって言ったじゃないか!」

「そんなこと、絶対に言ってない!」


義也は、そのまま直ぐに立ち去ろうとしたのだが、健人がしっかりと、上着のすそを、つかんで離さなかった。

「嘘つき!」

「嘘なんかついてない! いいから、放せ! 服が破れるだろ!」


言い争っていると、後ろから、突然女の声がした。

「健人! いったい、今までどこへ行っていたの⁈」


振り向くと、40代ぐらいの小太りの女が立っていた。彼女は、義也には目もくれず、健人を睨みつけていた。

「ママ、僕ね・・・」

彼は、何か言おうとしたのだが、その前に涙があふれて来て、もう何も言えなくなってしまった。

<この女が、健人の母親か。桜子なんてかわいい名前に似合わず、きっつい顔をしているなあ>

「そんなに怒らないでやってくださいよ。この子も、もう十分反省しているみたいだし」


義也がそう言うと、桜子は、目を吊り上げたまま彼の方を振り向いた。しかし次の瞬間、なぜかその目は、丸く大きくなったのだ。

<なぜだ? こいつ、俺の顔を見て驚いている>


その答えが聞けるまでには、三十秒もかかった。それだけ、彼女は動揺しているみたいだった。そして、彼女がつぶやいた、それは本当に奇妙なものだった。


「福の・・・・・・神様」

「はあ? とっ、とにかく俺はこれで」


義也は、そのまま立ち去ろうとしたが、今度はその母親に、腕を掴まれてしまった。桜子は、息子を連れて来てくれたお礼がしたいからと言って、強引に家の中に義也を押し込んだのだった。


 











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