第6話 ギルドルール違反と謎の老人
ギルドの依頼書にあった古城、鬱蒼と草木が茂る林道、その道中をドーン、そしてその少し後ろをジェーニャが歩く。
ドーンは一目で憂鬱と分かる苦々しい表情、対照的にジェーニャはにこやかな笑顔だ。
それもそのはず、ドーンとしては苦手な対人交渉をしてでも名うての冒険者を数人雇い入れて討伐対象であるドラゴンの上位個体、
「ウフフフ、私にとっては初めてのクエストです、楽しみですね!!」
(コイツ……)
まるでピクニックにでも行くかのように満面の笑みではしゃぐジェーニャに対し心の中で不満を抱くドーン。
それと言うのも先ほど述べたベテラン冒険者を仲間に引き入れる交渉を台無しにしたのは何を隠そうこのジェーニャなのだから。
2時間ほど前、冒険者が集う酒場での事。
「なあアンタ、ギルドで聞いて来たんだが火炎防御の魔法が使えるんだってな? 俺に力を貸してはくれないか? 何だったら他のお仲間にも手伝ってもらいたいんだが……」
ドーンは三人でテーブルを囲む冒険者グループに声を掛けた。
風貌から傍らに大剣を置いている筋骨隆々の戦士、白いローブを着た僧侶系の女性、濃緑色のマントを羽織った男の魔法使いだ。
普段面識に無い相手に話しかける事が物凄く苦手なドーンにとってはこれでもなるべくフレンドリーに話しかけた方だった。
「はい? 確かに私は炎など形を成さない攻撃に対しての防御魔法を心得てますが、一体どんなクエストなんですか?」
三人の中の一人、神経質そうな痩せ気味の魔法使いの男が話しに応じる。
「相手はドラゴンだ、それも人語を解し魔法も操るな……鱗の色から恐らく炎系の魔法を操るはずだ」
この世界のドラゴンは体表や鱗の色によって使う魔法や特殊能力が大体決まっている事が多い。
ドーンのクエストの討伐目標である
だからこそそれらを防げる魔法使いの仲間がどうしても必要だったのだ。
しかし魔法使いはその話を聞いた途端見る見る顔が青ざめる。
「ドラゴンの上位個体ですって!? 御冗談を!! そんな者の相手をしたら命がいくつあっても足りません!!」
これは冒険者としては当然の反応だった。
十数人の実力者が束になって挑んでも無事に帰って来れるか分からない上位個体のドラゴンだ、余程の自信家か命知らずでなければ挑もうとは決して思わない相手だからだ。
「なあ、そう言わずに頼むよ、報酬はあんた達に九割出すから……」
だからと言ってドーンもはいそうですかと簡単に引き下がるわけにはいかない。
やっと見つけた上位個体のドラゴン、さらわれた姉の手掛かりに繋がるかもしれない相手。
「そうは言うけどなぁ……命あっての物種だしなぁ……」
報酬に対して少し心が揺らいだ風な戦士が頭を掻く。
隣に座る女僧侶も無言で頷く。
「ドーンさん、こんな臆病な人たちなんて当てにしてはいけません!!」
「……何おぅ!?」
ジェーニャが横から口を挟み余計な一言を言い放つ。
そのせいで戦士の男の顔色が茹蛸の様に赤くなっていく。
「おい!! ジェーニャ!!」
「いいですかドーンさん、私の携えているこの件は我が家に代々伝わる宝剣『不敗の剣』です!! これさえあればどんなドラゴンだって立ちどころに倒して見せますよ!!」
慌てるドーンをよそにジェーニャは更に余計な事をまくし立てる。
これには酒場に居た他の冒険者も黙っていない。
「ほうそうかいそうかい!! じゃあ仲間なんて募らずにあんたら二人だけでそのドラゴンを討ち取ればいいじゃねぇか!!」
「そうだそうだ!! このトカゲ殺しが!!」
「……あぁっ!?」
依然サントスにも言われた『トカゲ殺し』という悪口はドーンにとってもっとも言われたくない蔑称だった。
サントスの時は我慢していたがこのトラブルメーカージェーニャのせいで溜まりに溜まったストレスがここで爆発してしまう。
「上等だこの野郎!! お前ら腰抜け冒険者なんかに頼らなくたってなぁ!! 上位個体のドラゴンなんざ俺一人で十分なんだよ!!」
「流石です!! それでこそドーンさんです!!」
手を結びキラキラと輝く羨望を込めた眼差しでドーンを見つめるジェーニャ。
「ドラゴン討伐が終わったら必ずここへ顔を出す!! その時が来たらお前ら全員に土下座させるからな!!」
「ハハハ無理無理!! 精々死んじまわない様に気を付けな!!」
浴びせ掛けられる嫌味を背に受けドーンはそのまま酒場を飛び出し、ジェーニャもすぐさま後を追いかけた。
そして今に至る。
「さっきから元気ないですよぅ? お腹出も痛いのですか?」
(人の気も知らないで……)
ドーンのジェーニャに対する評価は下がる所まで下がっていた。
ドーンだって冒険に出る為に家を飛び出した時、相当粋がっていたと自認していたが正直ここまででは無かったと振り返る。
既に怒りを通り越して諦めの心境に至っていさえいた。
(こうなっては仕方がない、俺一人で
ドーンの足のつま先に力が籠る。
地面を思いきり蹴り猛スピードで駆け出したのだ。
「あっ!! どうしたんですか急に!? 置いてかないで下さーーーい!!」
突然の事に声を張り上げるジェーニャだったがドーンの姿は見る見る遠ざかっていく。
ジェーニャを置き去りにする、これはドーンの優しさであった。
知っての通りギルドとは何かも知らなかったルーキーである彼女がいきなりドラゴンと対峙して生き残れるとは到底思えない。
森に置き去りにしたことで遭難はするかもしれないがここはまだ街に近い、今なら無事に帰れる確率の方が高いとドーンは判断したのだ。
「これでいい、俺に付き合って無駄に命を落とす必要は無い」
かなりの距離を走った、もうこれでジェーニャがドーンに追い付く事は無いだろう。
そこからは徒歩に戻り目的地に向かって進むのみ。
「きゃああああっ!! 何をするんですか!!」
「………!?」
微かだがジェーニャの悲鳴が聞こえた。
声の様子から何者かに襲われている様だが、モンスター相手ではない事は明白だ。
「くっ、まさか?」
ドーンには嫌な予感がした。
冒険者を狙って盗賊行為を働く者たちは確かに存在する、しかしこれはそんな輩ではないと感じ取ったのだ。
急ぎドーンは先ほどまで居た場所まで走る。
「ドーンさん!!」
「ようトカゲ殺し!! 待ってたぜぇ!!」
そこにはジェーニャの後ろから首元に太い腕を回し下卑た笑みを浮かべる男がいた。
周りには複数人のゴロツキの取り巻きもいる。
「サントス……やはりお前か」
「ヘヘヘッ、憶えてろと言っておいたはずだ、この女の五体が満足なうちに例のクエスト依頼書を俺に寄越せ!!」
「卑劣な、そこまでして己の株を上げたいのか?」
「ああ上げたいね!! 俺はいつまでもこのナンバースリーの地位に甘んじるつもりはねぇ!! もっと上を目指すのさ!!」
「よく言うぜ、こんなギルド違反を仕出かしておいてタダで済むと思うのか?」
「ハハハッ、そんな事は心配するな、目撃者がいなければ何も問題は無いんだからな、お前『死人に口なし』って言葉を知っているよな?」
「へぇ、この俺を亡き者にしようってのか?」
「その通り!! てめえらこの身の程知らずをやってしまえ!!」
「ヘイ!!」
サントスの一声で取り巻きの男たちが一斉にドーンに襲い掛かる。
「そうかい、じゃあこちらも遠慮なくやらせてもらう!!」
ドーンは背中に背負っていた大剣に手を掛け横凪に一閃、一気に五人の男たちを弾き飛ばした。
「うわああっ!!」
男たちはバタバタと地面に倒れ伏す。
「俺はドラゴン専門の冒険者で人を相手にした事が無い、加減を間違っていたら済まないな」
その様子を見て残った取り巻きたちは足が竦みドーンに挑みかかれなくなっていた。
しかしドーンの取った行動は人道的に見て実はおかしいのだ。
「お前っ!! 人質がいるのに何反撃してやがる!! この女がどうなっても構わないのか!?」
サントスが慌てふためきつつも正論を吐く。
「どうしたサントス、その女をどうにかするんじゃなかったのか? 確かさっき五体満足なうちにとか何とかと抜かしていた様だが」
「うぐっ……」
「言っておくがその女に何かあったら俺はお前に何をしでかすか分からないぜ? その覚悟があるならその女の腕を折るなり目を潰すなり何なりするがいい」
ドーンが鋭い目つきでサントスを睨みつけた。
サントスは背筋が凍り付く様な寒気を覚える。
「お、お前、本気で言ってるのか? じょ、冗談だよな?」
「冗談に聞こえるか? 先に手を出したのはお前なんだからな……そうお前だ」
「ひぃっ……!!」
完全に蛇に睨まれる蛙の如き、サントスは身体に芯まで縮み上がっていた。
「おっ……覚えてやがれ!!」
サントスはジェーニャの首から腕を放すと取り巻きをほったらかしたまま一人で一目散に逃げだした。
「お頭ーーー!! 待ってくださいーーー!!」
無事な取り巻きもサントスの後を追い逃げ出した。
そしてジェーニャは力なく膝を付き咳込む。
「ゲホゲホッ……!! 酷いですぅドーンさん、あんな非道な物言いをするなんて……」
「お前もこれで身に染みたろ、悪い事は言わない街に引き返せ」
「そんな!! ここ迄来て帰る訳にはいきません!!」
「お前なぁ、人間相手にあの様でドラゴンの相手が務まるとでも思うのか?」
睨み合う二人、暫しの沈黙。
しかしこの沈黙は意外な事で撃ち破られる。
「何だ何だぁ? 今どきの冒険者はこんな所でまでいちゃつくのかぁ?」
「誰だ!?」
聞いた事が無いしわがれた男の声がし、草むらを掻き分け何かが近付いて来る。
ドーンは一足飛びにジェーニャの前に立ち剣を構える。
「まあまあそういきり立つな青年、儂はしがない只のジジイだよ」
現れたのは先端が渦巻く様な造形の木の杖を携え、薄汚れたボロボロの茶褐色のローブを纏った高齢の男だった。
ローブから覗く両目はぎょろりと見開かれ、灰色の顎髭は腹の辺りまで長く伸びている。
一体この老人は何者なのだろうか?
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