The Shining Universe

永久部暦

『九重の輝く宝石』

「これがベロジャック星かぁ、すげえ色した星だな!」


 モニターに映る、まるでソーダ味のアイスクリームのような色をした惑星を見て、俺は目を輝かせた。


「この手で撮影できないことが悔しいな。

 今から到着まで映像を記録しておいてくれ!」

『了解』

「それと、到着したら教えてくれ。それまでひと眠りする」


 宇宙船に搭載されたAIに俺はそう命じて、俺は目を閉じた。

 人類が宇宙に進出するようになって数百年。その間に地球上のあらゆる場所に人の手が伸び、地球からは謎も神秘も解明されてしまった。

 だから、人々は新たなロマンと刺激を宇宙に求めた。

 ある者は一攫千金を夢見て宇宙船に必要最低限の荷物と冒険心を詰め込み飛び出した。

 またある者は地球の生命体の概念に捕らわれない新たな生物種を求めて仲間たちとともに旅立った。

 そして、様々な宇宙をワープ機能付きの船で行き来し、地球ではお目にかかれない神秘的な映像を撮影し地球に残る人々に提供する者たち―――宇宙写真家が生まれた。

 俺も宇宙写真家の一人で、とある富豪の依頼を受け、太陽系から遠く離れたここ、見つかった順番から世間では第十八銀河と呼ばれる銀河のベロジャック星を訪ねたのだが……。


「手掛かりがこの星にあるっつってもこんだけ広かったらなぁ……」


 今回の依頼は『九重の輝く宝石』の撮影データを渡すこと。その手掛かりがこの星にあるとその富豪は言っていたのだが、地球でいうところの西部開拓時代のような街並みは広い。この街にいる人たちに聞きまわっていたら、手がかりを得るだけでも骨が折れそうだ。

 宇宙から見た通りの青い大地が目に厳しくなってきたので、俺はサングラスをかける。

 手がかりを求めてあてどなく街を歩く。途中、異星人である俺が珍しいのか、大地とよく似た青色の現地人がちらちらとこちらを見てくる。見た目だけは地球人とそう変わりはない。となると、文化も大きく逸脱しているわけではないはずだ。

 以前訪ねた地表の97%が海に覆われ、魚類が知的生命体になっていた星はすごかった。足のある生命体は神へ捧げるという宗教観だったため、身ぐるみはがされて殺されるところだった。

 それと比べれば見たところギャップはあまりない。少なくとも人間の住む世界という気がしてくる。

 街をぶらつくついでに『九重の輝く宝石』について知っている人がいないか聞いてみよう。

 しばらく街を散策していると酒場を見つけた。

 情報収集は酒場でやるってのが相場だよな。乾燥しているせいか喉も乾いたし。

 そう思ってクラシックな建物の見た目に反して、扉が自動ドアになっている酒場に足を踏み入れる。

 カラン、という入店音がしたことで、中にいる現地人たちが俺の方を見る。やはり奇異の目だ。まあ、慣れっこだこのぐらいは。

 カウンターに座ってマスターらしき人に注文をする。


「ホットミルクをくれ」

「…………?」

「あー、そのホットミルク。温かい牛乳。あるか?」

「承知した。

 …………あんた、旅行者かい? この星出身ではなさそうだが」

「ま、そんなもんさ」


 よしよし、最近翻訳機の調子が悪かったから心配だったが、正常に動いてくれているな。コイツがイカれちゃうと異星人とのコミュニケーションは絶望的だ。この仕事が終わったら修理に出してやるから、しばらくもってくれよ……。

 マスターがコンピュータらしきもの(たぶんこの酒場のドリンク提供システムを管理しているやつだ)を操作すると、カウンターの一部がスライドして、その中からカップに入ったホットミルクが出てきた。そして、カウンターは元に戻る。

 俺はカップを口につけながら言う。


「この店はいつもこんな感じかい? 俺の故郷くにじゃあ日の高い時間から酒を飲むのは悪く言われがちだが」

「あんたの故郷、ずいぶんと真面目なんだな」

「よく言われるよ」

「この時間から酒を傾ける者は多い。何せ、仕事が始まるのが日が落ちてからだ」

「なるほどな」


 曰くベロジャック星は地球換算で約57時間で一日とするらしい。しかもそのうち45時間は日が出ているのだとか。今が何時か知らないが、日が落ちてから仕事と考えると、まだまだ地球で言えば『夜は長い』のだろう。

 さて、オープニングトークはこの辺にして本題の方入ろうか。


「で、マスター。ちょいと聞きたいんだがな」

「なんです」

「旅の理由なんだが、『九重の輝く宝石』ってのを探しているんだ。その手掛かりがここにあると聞いてね。なんか知らないかい?」

「さあ、知らないな」

「そっか」


 俺はポケットをまさぐる。


「マスター、手出しな。周りに見えないようにな」


 黙ってマスターは他の客の死角になるように手のひらを差し出したので、俺はポケットから取り出したそれをサッと乗せる。

 乗せたのは小瓶。中に入っているのは白い砂のような物体。


「…………ああ、そう言えば思い出した。その言葉、聞いたことがある」

「本当か?」

「ええ。『九重の輝く宝石』……その名の通りとても美しく輝く至宝と聞く」

「所在は?」

「知らない。だが、私にその話をしてくれた老人の所在なら知っている」


 お、それは有力な情報だ。ぜひ知りたいな……。

 俺がそう思って再び胸ポケットから小瓶を取り出そうとした瞬間、勢いよく自動ドアが開いて、だみ声が後ろから聞こえてきた。


「おうおうおう、皆の衆元気そうじゃねえか~!」


 そちらの方を見ると、そこには大柄で下品そうな男と、その子分と思われる小男がいた。

 その大男は他のテーブルで飲んでいた二人組の男に絡みだす。


「景気よさそうじゃねえかお前! 恵まれねえ俺に恵んでくれよな~」

「いや、これは……」

「これだけ頼んでんのに俺の頼みは聞けねえってか!?」


 大男は客の一人の胸倉をつかんでがなり立てる。

 もうとっくに恒星間ワープができるようにになったってのに、なんだあの大時代的なチンピラは。

 マスターが俺に耳打ちしてくる。


「ここら辺で有名なゴロツキだよ」

「ゴロツキだぁ? この星は平和だって聞いたぞ?」

「目の前にいるでしょ、実物が」


 おかしい。ベロジャック星は他惑星では希少な金属が多数とれるとかで争いごとがほとんどないと聞いた。金持ち喧嘩せず―――裕福な星は争う必要がないからだ。

 だから、今回は命の危険はない仕事だな~なんて思っていたのに、あの富豪ジジイ嘘ついたのか……?


「なんであんな化石みてえなゴロツキがいるんだよ」

「それは……」

「おーい、なんの話してんだよ。俺も混ぜろよ」


 俺とマスターがヒソヒソと内緒話をしていたのを目ざとく見つけて、なれなれしく俺の隣に座る大男。

 うへえ、面倒くせえ。どうあしらったもんかな。


「いや、なんでも……」

「んー? おめえ変な顔色してんな! そんな色の人間なんて初めて見たぜ!」

「旅してきたもんで……」

「珍しい金目のモンでも持ってんのか? 出してみろよ」

「へ、へえ」


 こういう奴は変に反抗するより、最初は従っておいて隙を見て逃げた方がいいかな……。

 俺はマスターに渡す予定だった小瓶を取り出して大男に見せる。

 小瓶にはやはり白い砂のようなものが入っているが、決して怪しい物体ではない。これは一般的に流通している砂糖だ。ベロジャック星では珍しいらしく、高値で取引されているとのことだったので、小瓶に分けて持ってきているのだ。

 小瓶を見て、正確には小瓶の中の砂糖を見て大男は笑う。


「お~いいモン持ってんじゃん~。他のも出せよ」

「もうないっすよ」

「ンなわけねえだろ、旅すんのにこれだけなわけが……」


 めんどくせえ、この野蛮人。こっちが下手に出てりゃ調子に乗りやがって。なんかうまいこと切り抜けられる手はないものか。暴力的解決は最後の最後までしたくないしなぁ。

 助けを求めようにも、他の客もマスターも委縮しちまって無理そうだし。

 なら、コイツの好きそうな手段で解決できないか試してみるか。


「本当にないっすよ。その代わりと言っちゃあなんですが……俺、こう見えてやり手の写真家でして」

「んだとぉ……」

「本当はお金をとるんですけど、今回ばかりはタダで撮らせていただきます。どうです、一枚記念に……」

「てめえ、なめてんのか!」


 大男は突然怒号をあげたかと思うと、懐から拳銃を取り出して俺に突きつける。


「おわっ!」


 俺は反射的に体をひねりつつ大男の拳銃を蹴る。

 あらぬ方向に向いた銃口から弾丸が飛び出し、もてなす相手のいないテーブルが貫かれてしまう。

 あぶね、蹴ってなかったら俺の頭をぶち抜いていたぞ、あの弾丸。


「何のつもりだよ!」

「俺をとれるもんならやってみろ!」

「意味がわかんねえ……」


 意味わからん言葉に思わず頭を抱えそうになっていると、後ろからパチパチという嫌な音が聞こえてくる。そして、何かが焦げたような臭い。

 後ろを見ずともわかる。たぶんテーブルが燃えている。おそらく、今しがた放たれた弾丸の跳弾で発生した火花が気化したアルコールと反応したんだろう。

 早く逃げないと火事になってしまうが、目の前の大男がそれをさせてくれない。


「とりあえず、外出ないか?」

「ふざけんな、てめえから売ってきた喧嘩だろうが」

「売るのは写真だけだよ……!」


 問答の間にも炎は広がっていく。背中が熱い。炎が大きくなっていき、ボンッと小さな爆発が起きる。

 それに大男が気を取られた。ここがチャンスだ……!

 俺はわき目もふらずに出口を目指す。今はとりあえずこの場から離れるのが先決なので、後ろは見ない。奴がどんな表情で何を考えているかはわからなかった。それがミスだった。


「てめっ!」

「ぐっ……!」


 パン! という音が聞こえるころには、もう右肩が燃えるように痛くなっていた。弾丸が肩をかすめて肉をえぐったのだ。

 自分でも恐ろしいくらい冷静なまま、酒場から飛び出す。そして、すぐに路地裏へ駆けこんでうずくまる。


「いっっっってぇ……!」


 大男が放った弾丸をかすめただけだ。だが、痛いものは痛い。ジャケットの右肩がゆっくりと鮮血に染まっていく。

 畜生、このジャケット結構高かったんだぞ。完全に綺麗にするには相当金かかるな……。

 肩の痛みと高くなりそうなクリーニング代で泣きそうになりながら、深呼吸。なんとか逃げ出せたが、たいした距離は離れてない。あの大男、あるいは子分が俺を見つけるのにそう時間はかからんだろう。だから、早く逃げないと……。


「兄貴、俺はこっち探します!」

「おう、任せた!」


 酒場の火事で生じた喧騒の中に、大男と子分が混じっているのが聞こえてくる。子分がこちらの方へ来るらしい。

 子分といえどあの野蛮な大男の連れ合いだ。見つけ次第殺しに来てもおかしくはない。

 すぐに逃げねば……と思って立ち上がると子分の声がした方とは反対側から、声が聞こえる。


「おーい、旅人よ! こっちだ!」


 そちらの方を見ると、老年と言ってもいい年ごろの爺さんが手招きしていた。

 友好そうな笑みを浮かべているが、汚れた白衣ともじゃもじゃの紫色の髪がすごく怪しげでその笑顔とは違って近寄りがたい雰囲気を出していた。

 怪しいし、ぜってえロクな奴じゃねえぞ……。だけど、この状況じゃそうも言ってられねえか……。

 未知への不安と死の恐怖を天秤に乗せて、俺は老人と接触する方を選択した。


「ここだ、ここ。入ってくれ」

「うす……」


 俺は老人の誘導に従って隠し扉の中に入る。そして、老人もまた入ってきて、扉をしっかり閉める。

 そこは、学校の教室ほどの広さの部屋だった。中央には大きめのテーブル、壁にはよくわからん数式みたいなものを書いた模造紙がびっちりと貼られており、移動式黒板にも意味不明な図がたくさん書かれている。教室と例えたが、ここはどこかの大学の研究室を思わせた。


「あ、あんたは一体……」

「先に手当だ。まずは止血からだな」


 老人は一瞬だけ部屋の奥に姿を消すと、救急箱を手に取って戻ってきた。そして、慣れた手つきで治療を開始する。


「痛っ……」

「我慢しろ、すぐに痛みは引く」


 10分、あるいは20分ぐらいはかかっただろうか、一通りの処置が終わったらしく老人は救急箱を閉じる。


「終わりだ。しばしここで休んでいくといいだろう」

「あ、ありがとうございます……」


 手当自体は丁寧で、この状況では最善の治療が受けられたと思う。

 しかし、わからないのが、どうして俺を助けるようなことをしたかだ。彼の言う通り、俺は旅人なので助ける義理なんてものはないだろうに。


「老人、あんたは一体……」

「私のことは教授と呼びたまえ。いろいろな人からそう呼ばれているからな」

「そっすか。じゃあ、教授……俺を助けてどうするつもりだ?」


 俺が尋ねると教授は肩をすくめる。


「酒場で面白い話をしていたからさ」

「面白い話? つか、あんた酒場にいたのか?」

「いかにも。と言っても君からは見えなかったろう。酒場の主人から給水用機械の調子が悪いと連絡があったから直していたのだ。

 …………どれ、君のそれも調子が悪そうだ。直してあげよう」


 そう言うと教授は俺の耳についていた翻訳機を手に取り、テーブルの上のよくわからない機械に乗せて色々操作をする。


「へま。かろひはわよくぢらえ。…………あた、せみわうみひをちすなかたびぎをきりをなぢに」

「なんて?」


 翻訳機がないので何を言っているかわからねえ。

 一通りの操作を終えたらすぐに翻訳機を返してくれた。


「それは翻訳機だろう。調子が悪かったようだな。一応直しておいたぞ」

「ありがとよ。しかし、よく不調がわかったな……」

「会話が時々変になっていたからな。君に自覚はないだろうが」

「いや、ちょいちょい通じてない時あったぜ」


 酒場で話がかみ合わず大男が突然キレ始めたときのことを話すと教授はうなずく。


「それは私も聞いていた。ま、君としては譲歩した提案だと思っていたが、翻訳機の誤訳によって挑発的な言動に聞こえたため、あの無法者はキレたと言ったところだろう」

「聞いてたんだったら俺がなんて言ってたか教えてくれるか?」

「ん? そうだな……『俺は一流の殺し屋だ、普段は金をもらって殺すが、今日はてめえの命をロハで奪ってやるよ』みたいなことじゃなかったかな」

「………………」


 血の気が引いた。血を結構流したからだと思いたいが、そうじゃなくてとんでもないことを言ったことに気が付いたのだ。

 多文化と些細な誤解から宇宙戦争に発展した例を何件か聞いたことがある。だから、俺や宇宙をまたにかけた仕事人はそのあたりにかなり気を遣う。だが、俺は結果的に要らぬ誤解をさせてしまい、対立してしまったのだ。

 やべえな、俺の身元が割れたらベロジャック星と地球の戦争になってもおかしくない……。

 俺のそんな気持ちと裏腹に教授はあっけらかんとしている。


「君の危惧はわかる。だが、星間戦争なんてならないから問題ない」

「どうして?」

「この星は技術が衰退していて、単独で大気圏離脱できる宇宙船がないからな」

「酒場のシステムは衰退した技術のそれとは思えなかったが」

「残っていた技術をそのまま流用しているにすぎんよ」


 曰く数十年前に星中を巻き込む大きな戦争があったらしく、そのせいでほとんどの技術が失われてしまったそうな。で、残された人々は残った技術を、その技術の根幹を理解しないまま利用しているだけらしい。

 教授はこの星の科学・技術が全盛期だったころの生き残りとのことで、不調になった機械を修理してその対価をもらって生活しているとのこと。


「教授という呼び名もそういう仕事をしているうちに言われだしたのさ」

「立派な呼び名じゃないか」

「うむ。そればかりは私の人生においてよかったことと言わざるを得ないな」

「…………で、話は戻すけど何が面白かったんだよ、俺の話」

「『九重の輝く宝石』のことさ」

「…………!」


 そんな大きな声で話してなかったはずだが、教授にはばっちり聞こえていたらしい。

 そういや、マスターが『九重の輝く宝石』の話をした老人の場所を知っていると言っていたな。


「もしかして、マスターにその話をしたの、あんたか?」

「いかにも。話のタネになればと思って少し話をした。

 君はそれについて調べているようだが……」

「ああ」


 マスターから場所を聞いて探そうと思っていたが、手間が省けたな。

 俺は治療のために脱いだジャケットのポケットに手を伸ばす。


「礼ならする。『九重の輝く宝石』について知っていること教えてくれ。持ち合わせで足りないようだったら、宇宙船から持ってくる」


 俺がそう言うと、教授は首を横に振る。


「いや、物はいらん。もう老い先短い命だ。生活できる以上のものは必要ない」

「なら、何出しゃ話してくれんだよ」

「『九重の輝く宝石』を求める理由、私はそれを知りたい」


 そう語る教授の顔は俺に価値のあるものをゆすってきた大男と少し似ている気がした。

 …………ま、大男と違って助けてもらった恩もあるし、素直に言うか。


「俺は写真家をやっているんだが、クライアントが『九重の輝く宝石』を撮影してほしいと言ってきた。その依頼を達成するために必要なんだ」

「つまり、金銭を求めてというわけか」

「仕事だからな。あんたが機械直すのと同じだ。

 ただ……」

「ただ?」

「俺はやり手のカメラマンでな、業界内では有名で、仕事をある程度選べる立場でもある。だから、断ろうと思えばこの仕事だって断ることができた」


 「ほう」と声を漏らして、教授は身振りで続きを促す。


「ではなぜ受けたかというと、有体に言えば興味だ。『九重の輝く宝石』と呼ばれる、故郷では誰も見たことのない至宝……それがどんな姿をしていて、何なのか、知りたいと思った」

「欲しくはないのか?」

「それは重要じゃない。大事なのは、未知のものについて想像し、仮説を立てて……考えることだ。写真に収めるのは仕事以上に、その答え合わせでもあり、何を考えたのかその証を残しておくためだ」

「………………」


 教授は何か思案するようなそぶりを見せた後、部屋の奥に引っ込む。

 そして、持ってきたのは一冊の絵本だった。


「この星には、親が子に……あるいは孫に聞かせるおとぎ話があった。この星に生まれた子供ならば誰もが親から聞いた当たり前の物語だ」

「………………」


 昔を懐かしむ教授と、その言葉。マスターや街の人が物語について言及しないあたり、もう失われてしまったものなのだろうか。かつての科学と同じように。


「その物語というのは?」

「ああ、君には聞かせよう。このおとぎ話を」


 教授は歌うようにその物語を話してくれた。

 内容はそう難しい話ではない。

 ある国の年老いた王様が息子である王子に、跡継ぎにふさわしいか確かめるため、あるものをお城に持って帰るという試練を出した。

 そのあるものというのが、『九重の輝く宝石』だ。

 王子は海を越え山を越え、『九重の輝く宝石』を求めて旅を続けた。そして、その世界で一番高い山に登った時、それを見つけたという。


「王子はどうしたんだ?」

「王子は……宝石を持ち帰らなかった」

「なんだと? 持ち帰らないと王様になれないのに?」

「そう慌てるでない、ちゃんと続きがある。

 王子は宝石の美しさを目に焼き付け、王宮に戻った。なぜ持ち帰らなかったか尋ねる王様にこう言った。

 『あれはとても美しいものでした。ですから、誰か一人のものにするより、いつでも皆が見られるようにすべきです』と。

 それを聞いて満足した王様は王子を正式に跡取りとすることに決め、王子は宣言通り山を切り拓き誰もが『九重の輝く宝石』を見られるようにした。

 心優しい新しい王様と、美しい『九重の輝く宝石』によって、民はいつまでも幸せだった……。と、こういう話さ」


 教授はそう締めるとコーヒーをすする。

 なるほどな……財産を独占するのではなく、皆で共有する選択を王子は取ったわけだ。

 とはいえ、物語は美化されるもんだ。王子が持ち帰らなかったのには、それ以外の理由もあるような気がする。

 …………いや、その解明はあとか。


「いい話だとは思うが、つまり『九重の輝く宝石』は誰かが持ち帰ってはいけないと?」

「その可能性はある。これは物語だが、後の研究で史実を基にして誰かが創作した話だと判明している。

 では、なぜこの話を創作したのか、『九重の輝く宝石』をタブーとして人々の手から遠ざけたかった可能性が考えられるな」

「宗教の観点からか?」

「あるいは人類の手に余る危険物か、だな」

「史実を基にしたと言ったな。じゃあ『九重の輝く宝石』は実在するのか?」

「すると思ったから、この星に来たんだろう?」


 教授がフッと笑う。かなわねえな、この人には。


「そりゃな。でも、おとぎ話を聞いて確信したよ。

 遠い昔に忘れ去られたおとぎ話が銀河の辺境である地球にまで伝わるわけがねえ。だけど、伝わったってことはちゃんとどこかにあるって証拠だ」

「そうだな、私も実在すると思っている」


 痛む右肩をかばいながら、俺は注いでもらったホットミルクを飲む。コーヒーは苦手だ。


「話してくれてありがとよ。おとぎ話が史実を基にしたってんなら、探しようはある」

「うむ。おとぎ話にヒントがあると思ってよいだろう」

「まず、王子が見つけたっていう世界で一番高い山……それを探してみる」

「それがよかろう。

 もし見つけることができて写真が撮れたら、私にもデータをくれないか?」

「ああ、ここまで世話んなったんだから、きっとそうするよ」


 そうやって笑い合っていると、コンコンと扉が叩かれる音がした。

 …………なんだ?


「…………隠れろ」

「やばいのか?」

「ここは私の研究所であり、本宅はまた別にある。この場所は誰にも教えていない。すなわち……」

「招かれざる客ってわけか」

「そうだ。

 宇宙船に乗るまではどのくらいかかる?」


 宇宙港のない星に訪れるときは衛星軌道上にいるようにしてある。通信でこちらに来るよう指示を出してからだと……。


「5分から10分くらいだな」

「なら呼んでおくといい。

 台所の最奥のタイルをどかすと外につながる隠し出口となっている。いざとなったらそこから逃げると良い」

「あんたはどうすんだよ」

「私だけならどうとでも誤魔化せる。だから、今は奥にいろ」


 これ以上ないというほど真剣なまなざしをしていたので、俺はうなずいてから台所の奥、身を隠せるところに移動しかがむ。

 そして、息をひそめていると声が聞こえてくる。


「ジジイ、こんなところにいたのか。

 てめえのところに旅人の若い男が来なかったか?」


 ―――その声は、酒場でもめた大男のものだった。

 教授は呆れたような口調で言う。


「知らん。そもそもここは君以外訪ねた者もいない。旅人がいるとしてもここには来ない」

「どうだか。中に入って確認させてもらうぜ」

「やめろ。砂埃で機械が壊れる」


 まずい。中に入られたら俺がいることがバレちまう。言われた通りタイルの隠し通路から逃げるか。

 くそ、片手じゃなかなかめくれねえ。


「…………なあジジイ。一つ質問いいか?」

「なんだ」

「来客がいなかった割には、カップが二つあるぜ」

「―――!」


 後ろは見えない。だけど、教授が息をのむのがわかった。

 なんとかタイルはめくれた。俺は通路の中に滑り込む。


「ジジイ、てめえやっぱ隠してやがったな!」

「待て、話せばわかる!」


 後ろを振り向かずにとにかく走る。肩の痛みを忘れて走り続ける。後ろから銃声が聞こえた気がしたが、俺はそれを聞かなかったことにした。

 それから大男や子分に出会うことなく、呼びよせた宇宙船に飛び乗って大気圏離脱をさせた。


「はあ……はあ……」

『右肩部に銃創が見られます。メディカルルームへ向かってください」

「ああ……」


 メディカルルームでAIによる治療が終わったころには、宇宙船は太陽系近くまで戻ってきていた。


「なんで勝手に戻った……!」

『銃創は専門機関での治療が必須だったためです』

「くそ、まだ『九重の輝く宝石』の撮影ができてねえのに……」

『まもなく太陽系です』


 AIの言葉通り、メインモニターには太陽系の様子が映し出される。

 …………あれ?

 俺はモニターを食い入るように見る。実物ではなくあくまでセンサーで読み取った太陽系の様子をCGで投影しているだけだが、俺にはまた別のものにも見えた。

 ひーふーみー、と映し出される星の数を数える。

 ああ、そうか。そういうことか。教授、今謎が解けたよ。なぜ、王子は『九重の輝く宝石』を持ち帰らなかったのか。


「『九重の輝く宝石』ってのは……太陽系のことだったんだ」


 太陽系の惑星は8つ。そこに恒星である太陽を入れると9つ。それは深い闇の中に輝く9つの宝石に見える。

 きっと、あのおとぎ話の基となった人物は、この光景を見てさぞ感動したのだろう。それでその感動を子孫に語り継ぐためにあの話を思いついたんだ。

 いや、そんなことはどうでもいい。どうやって作られたなんて些細な話だ。それより、俺にとってもっと大事なこと……。


「…………教授、あんたにも見せてえなぁ」


 太陽系がにじんでいく。

 俺はその光景を記録することも忘れ、ひたすら泣いた。


<了>

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