第9話 看病と許嫁
「伊桜理〜鼻うるさい」
「ご、ごめん」
翌日、風邪をひいたのは俺の方だった。母親に鼻がすする音がうるさいと注意され、生意気に何事もないかのように鼻をすすろうとして失敗した。
体調は最悪で、頭がぼーっとしてして何も考えられなかったり、食欲も無い。ありきたりな症状からああ、これは風邪だなと確信がついた。
とりあえず、解熱剤を飲んで少しは落ち着いたもののそれはただの一時しのぎに過ぎない。数時間経ったらまた症状が現れてくるだろう。
「今日お母さん仕事だけと大丈夫?」
「うん、何とかする」
不幸中の幸いな事に今は夏休みなので学校の欠席とか関係なく休む事ができる。
とりあえず部屋に戻るか。二階に上がるだけでもかなりの労力を使った。
はあはあ、と荒い息遣いが口からこぼれてかなり危険な状態だ。とりあえず今俺に出来ることは寝て治すしかないか。
「うう・・・・・・」
俺はこのまま死んでしまうのだろうか。風邪くらいて大袈裟なと思うが風邪をひいてから思うことはたくさんあるのだ。毎日元気で暮らせる事のありがたみを今思い知らされている。
そんな時、ピンポーンと玄関のチャイムが鳴った。宗教勧誘か何かと思いピンポンと鳴っても無視していた。
そこからピンポンが鳴る事はなく諦めたて帰ったかと思ったいると今度はガチャっとドアが開く音がした。
「誰だ・・・・・・」
もしかしたら空き巣かもしれない。鍵を施錠するのを忘れた俺も悪いが。
自分の力では少し歩くのが難しいので階段のスロープを頼りに一階に降りた。
「あれ、城道君はいなのですか?」
このおしとやかで聞くだけで心が浄化される声、まさか海野さんか。
でもなんでここに?
「あ、はい・・・・・・俺ならここに」
「そこにいたんですね。それに辛そうな顔してします。どうかしましたか?」
「ああ、ちょっと風邪ひいちゃったみたいで。多分大丈夫です」
「それなら寝てなきゃだめですよ! ベッドに戻ってください」
「あ、はい」
部屋に戻り、数秒後に海野さんが部屋に入ってくる。そこから海野さんは荷物を部屋の隅に置き俺にある物を手渡してくる。
手に受け取ったのは体温計だった。
「まずは体温を測ってください」
「は、はい」
体温計を脇に挟み、数分待ち、ピピピという電子音が鳴ると脇から体温計を取り出す。気になる数値は、
「どうでしたか?」
「三十八度」
「これは風邪ですね。今日はちゃんと寝て栄養を摂ってください」
「は、はい」
まさか海野さんが来てくれると思わなかった。今日はずっと一人で風邪と戦う事になると思ったがそうでもなかった。
「とりあえず何か作ってきますね。ゆっくり寝ててください」
そう言い残し海野さんは一階に降りてった。ベッドで横になっている今、聞こえるのは掛け時計がカチカチと鳴る音だけが聞こえる。
「ああ、苦しい・・・・・・」
正直なところ海野さんが来てくれて嬉しかった。暗い暗い荒野を一人彷徨っている俺に手を差し伸べてくれたかのように。自分を助けてくれる人がいるってこんなに心が温まる事なんて。
「できましたよ〜」
海野さんはお盆を両手で持ち部屋のテーブルにお盆に乗せてある土鍋を置く。
「あ、ありがとうございます」
持ってきたタオルを海野さんは手に取り土鍋の蓋を開ける。中はお粥だった。胃への負担を考えているのか、少し水が付け足されており食べやすくなっている。さらにねぎものせてあるのでねぎの風味が鼻腔を刺激して食欲を増してくる。
「一人で食べれますか?」
「ちょっと食べずらいけど、大丈夫です」
「それなら」
海野さんはスプーンでお粥を救い、口に近づける。塞がってない片方の手でスプーンの下に置いてふ〜ふ〜とお粥の熱を冷ましている。
「はい、あ〜んしてください」
「え、え! 大丈夫ですよ! 一人で食べれますから!」
「だめです! 病人は大人しく看病されてください!」
この状況もかなりやばい! 海野さんの顔が至近距離にある。窓が吹く風で琥珀色の髪がふわりとなびいた。その瞬間甘い匂いが風を通って俺の鼻腔を刺激した。・・・・・・っってそうじゃない! 俺は病人だ! 海野さんは今俺のために看病してくれているんだぞ! そんなよこしまな気持ちなんてあったら海野さんに失礼だ。
このまま口論しても何も生まれないと思い、海野さんの要求を受け入れた。
言われるがまま、スプーンに乗せてあるお粥をパクリと食べる。
「どうですか? 美味しいですか?」
「うん、美味しいです」
お粥は基本味が無いが、ネギを乗せてある事でそれをカバーしている。食べた瞬間、少しピリッとした味が舌を襲った。おそらくこれはしょうがだな。
「それは良かったです! まだあるのでどんどん食べてください」
「は、はい」
一口、二口と海野さんにあ〜んされるのはまだ許容ができたが流石に全部食べさせてもらうのはと思い最後の三口くらいは自分で食べた。
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