第222話 投げつけ、割れる。
「で、では……! みなさん、今日はありがとうございました……! また、いつでも、いつでも、来てくださいね……!」
「ふぁ〜。じゃ〜あ〜。ま〜た〜」
ぶるぶると震えながら、緊張しきったように。ほとんど閉じかけた目をこすりながら、ゆるみきったように。
対照的な別れの挨拶を残して、姉姫レーヤヴィヤと妹姫ププルフェは手をしっかりとつないで小庭園を去っていった。
レーヤヴィヤはさっきまでの激闘を感じさせないもと来た姿と同じ、あの意匠の変わった眼鏡と、スカートに刻まれた深いスリットも別のひもできっちりと閉じあわせて。
「前に見たときも思ったけど、あいかわらずすごかったね〜! ロココちゃん! 手がぱぱぱぱ! で、ぐるんぐるんって!」
「うん、ディシー。レーヤは、すごい」
「ああ。本当に見事なものだ。どうだ? ネヤ。あれが私の知るかぎり、この王国で最も優れた“無手”の使い手、レーヤヴィヤ・ディネライア姫だ。“無手”の技はしょせんかじった程度の私では、ただその技に見惚れるばかりだが、それを専門としようとする君ならば、なにか得られるものがあっただろう?」
「い、いえ……! ニーべ……! わたしも、すごすぎてなにがなんだか……! でも……“無手”の技は、あの域にいたれるのですね……!」
「ふふ。その意気だ」
――無理だよ。あの“眼”がないんだから。
身振り手振りをまじえ、興奮しながら話すディシー。こくこくとうなずくロココ。なにやら決意を新たにするネヤに、そんなネヤの頭にぽん、とやさしく手をおくニーベリージュ。
輪には入らず、そんな四人のうしろ姿をどこか冷めた気持ちで見つめながら、僕の胸にはそれ以上にあせりが色濃く渦巻いていた。
――そうだ。あの“眼”は僕にはない。僕にあるのは、聖剣。
――こうしちゃいられない。訓練にもどらないと。選ばれた闇の勇者として、聖剣の力を少しでも多く引きださないと。
「おねえちゃんっ!?」
「……っ!?」
――反応は、ぎりぎりまにあった。いや、まにあわなかったのか。
ボタ……。ボタ……。
――とにかく、結果として、背中にぶつけられるはずだったそれは、真正面から僕の体をわずかに濡らした。飛び散った破片とともに。
「おや? まさかあたるとは思わなかったな。振り返ってバシっとつかんでくれるものだとてっきり思いこんでいたよ。いや、失礼したね」
カシャン。
言葉とは裏腹に、いや本心からなのか、悪びれた様子もなく笑みを浮かべ、ステアをともないながら独特の金属質な足音とともにこっちへと近づいてくる。
――魔力回復薬のにおい、か。
僕は黒いコートに濡れた染みとともについた砕けた欠片を手ではらいのけると、すっと目を細めてその女をにらみつけた。
「なんのつもりなの? シルヴァナ・ゴルディール」
「いや? 本来の作法とは異なるが、あいにく手袋など持ちあわせていなくてね。ちょうど手近に飲みほしたばかりの空き瓶があったものだから、使わせてもらったまでさ」
短く切った薄緑の髪を芝居がかった調子でシルヴァナがかきあげる。
「お、おねえちゃん……!? それって、まさか……!?」
「ああ、そうだ。我が愛する
宣言とともに、腰の刃が抜き放たれる。銀色に光る切先がぴたりと、まっすぐに僕をしめしていた。
……純然たる敵意とともに。
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