第146話 爵位とともに失いしは(前編)※別視点
王城の敷地内にある平民、貴族ともに在籍する騎士団の訓練場。
昼食休憩を終え、午後の日差しが降りそそぐその一角にて、ふたりの若い騎士が軽装でぶつかりあっていた。
罵詈雑言とともに。
「このデク野郎がぁぁっ!」
「ふんっ!」
「ぐああああっ!?」
たくましく鍛えられた体つきの大柄な青年が、襲いかかる細身で目つきの悪い短髪の青年――いや、よく見ればわずかに胸のふくらみがあり、女性――を激しい剣戟の末にはじき飛ばす。
「がっ!? てめえ……! ユルス……! 平民の分際でこのオレに土をつけるたぁ、覚悟はできてんだろーな……!?」
「そういうあなたも実家が爵位を奪われ、いまはもう平民でしょう……! 【狂犬】カーサ・二キール……! 私は自らを恥じたい……! いままであなたの家名に怯え、萎縮し、好き放題やられてきたことを……! この騎士団で増長し、孤立していくあなたと正面から向きあってこなかったことを……! だが今日からは、もう違います……!」
「……ナメたこといって生意気に見下ろしてんじゃねーぞ! いままでさんざんオレにボコボコにされてきた、この図体ばかりデカいデク野郎がぁっ!」
ギリギリと奥歯を噛みしめた目つきの悪い女性は、罵声とともにふたたび大柄な青年に挑みかかり、
「ふんっ!」
「があああっ!?」
そして、何度でも倒され、土をつけられる。そう。あたかもそれは、昨日までの光景の鏡写しのように。
一方、王都貴族区画にあるひっそりと静まり返った屋敷の一角。
豪奢な椅子に座るいらだちを隠そうともしない壮年の男と、ピシリと背筋をのばして立つ老執事が向かい合っていた。
「ええい! このいそがしいのに、話とはなんだ!」
「お館さま。勝手ながら、本日かぎりで私はこの屋敷を去らせていただきます」
トントンと執務机を指先で何度も神経質にたたく男に、老執事がピシャリといい放つ。
「な!? なんだと!? 貴様……! 使用人の半数もが辞めたいま……! 残ったものを統括する立場である貴様に、そんな勝手が許されると……!」
「だまりなさい……! 当家は三代にわたって、この国を支える貴族家たるオーボウ家に執事として仕え、ときに讒言もいとわず、身を粉にしてお支えしてきました……! それが当家のささやかな、そして唯一の誇り……! ですが、あなたのあさはかな愚行により、それもすべて失った……! 坊っちゃま……いえ、ドラムス・オーボウ……! もはや私は、あなたに仕える意義を見いだせません……!」
憤りに身を震わせる老執事が強くこぶしを握りしめながら、吐き捨てる。
「なっ……!? ぼっ……!? き、きさっ……!? じっ……!? きさっ……!?」
「これはお返しします……! もうお会いすることもないでしょう……! 二度ととり返しのつかないおのれの愚行をせいぜい一生後悔しつづけなさい……!」
「き、きさっ……!? 爺……!? 待……!?」
幼少のみぎりより自らを知り、ときに優しく、ときに厳しく、見守りつづけてくれた男の初めて見せるその激情。
「爺……! 待て……! 行くな……! 私を――ぼくを置いて行くなぁぁっ……!」
思わず硬直し、うろたえた壮年の男。
自らの歳も立場もかえりみず、だがなりふりかまわず涙ながらの懇願を始めたときには、もう遅かった。
すでに目の前には、だれも立ってはおらず。
「爺ぃぃぃっっ……!」
そこに残っていたのは、床の上に脱ぎ捨てられたお仕着せの執事服の上着だけ。
その胸には、かつて男が少年だったころに贈った、羽のかたちをしたブローチが留められたままだった。
……そう。いまはもう錆びつき、見る影もなく色褪せた。
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