第142話 ある【聖女】の結末。※別視点

 暗殺者の少年ノエル・レイスが【闇】の聖剣を手に入れ、勇者として王に認められた現在からその遠くない未来。


 あるふたりの人物の結末について。


 その舞台のひとつは、ここ王都の貧民窟スラム


 この薄汚れた路地裏に棲むのは、例外なく人生の落伍者。虚ろな表情で明日をも知れぬ日々を生きる、すり切れた衣服を身につけた痩せこけた頬の男たち。


 だが、夜。


 ろくなものを食べておらず、路地裏をそれでも重い足をひきずりながら走るそんな男たちの目はいま、ギラギラとゆがんだ欲望に血走っていた。


 探せ……! 探せ……! オレたちの希望を……! 【聖女】さまを探せ……!




 ある夜。その女性はなんの前触れもなく貧民窟スラムの男たちの前に現れた。


『うふふふ……』


 輝くような金色の髪。絶世という賞賛が似つかわしいその美貌。それはまさしく、薄汚れた貧民窟スラムの中に突如として現れた【光】。


『さあ、おいで……?』


 そして、まとっていた黒い薄布一枚をはらりと脱ぎ捨てると、その豊満な肢体を惜しげもなく男たちに晒し、妖艶な笑みを見せる。


「「「お、おうおおおおっ……!」」」


 娼館に通う金などあるはずもなく、日々満たされぬままの鬱屈とした欲望をかかえる男たちが我先にとその女性に群がるのは、あっという間だった。


 だが、むせかえるような臭気と汗と体液、そして嬌声にまみれた狂宴の中、男たちは気づかない。いや、あるいは気づいていたとしても、止まれなかったかもしれないが。


『あっ、んっ……! う、うふふふ……!』


 群がる無数の男たちの欲望を全身で一心に受け止め続けるその女性の下腹部に刻まれた紫色の【紋】が妖しく発光し、そして十分とはいえない栄養しかとれていない自らの体から、致命的ともいえる量の魔力が吸いだされていることに。


 それは、かつて王が申しでた、静かに不自由なく暮らせるだけの金の代わりにその女性が望んだ、自らの肢体に、その魂に刻みつけた禁術のあかし。


 ただ自らが在り続けるため。力も名声も失い、もはやその存在意義のすべてとなった、その美貌を保ち続けるそのためだけに。


 どんな手段を使っても、他者の魔力いのちを食らってまでも、世の理から外れ、真なる【闇】の住人となっても生き続けることを決めた、その女性の欲望のあかし。


『んっ……! うふふふふ……! あはははは……!』


 青い月の下。嬌声を上げ豊満な肢体を躍らせながら、その女性は恍惚の笑みを見せる。


 放たれた欲望とともに自らの体を満たす魔力に酔いしれ、対照的に衰弱し、次々と倒れ伏していく無数の男たちを見下ろしながら。




 ある夜を境に、その女性は夜ごと貧民窟スラムに現れるようになった。


 絶世の美貌と豊満な肢体、妖艶な微笑みをもっていざない、魔力を奪っては男たちを衰弱させ、あるいは死にすらいたらしめる――



 探せ……! 探せ……! オレたちの希望を……! 【聖女】さまを探せ……!



 ――だが、日々の辛い現実を忘れさせ、ひと時の、あるいは永遠に醒めない甘い夢の中に溺れさせてくれるその女性を、貧民窟スラムに棲まう男たちは、その女性にとっては奇しくもこう呼び、崇めたという。


 そう――掃き溜めの【聖女】と。





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