第134話 最期の対話。
『へえ? これが貴方たちが好んで嗜むという紅茶というもの。なかなかいい香りね。気に入ったわ。さて、味は――あら?』
口もとにカップを運ぶ、細く真っ白な指先が砂のように儚く崩れる。
支えを失い、カシャン、と乾いた音を立て砕けた陶器のカップと、廃墟の床に広がっていく染み。それを見つめながら、辺りに転がる瓦礫のひとつに腰かける【死霊聖魔女王】は残念そうに深々と息を吐いた。
『はあ。ままならないものね。本当はひと口味わってみたかったのだけど……まあ、香りを楽しめただけでよしとしましょう。割れたカップは……もとの持ち主のあの大男は魔力に還ったあとですし、まあかまわないわね』
僕たち【
本物の青い月が照らすグランディル山の頂の遺跡。
散らばる瓦礫に思い思いに腰かけながら、僕たち【
まもなく魔力に還るという【死霊聖魔女王】の最期の願いに応え、次元収納から取りだしたポットで用意した紅茶を一杯だけ振るまいながら。
「……これで満足か? 【死霊聖魔女王】」
『ええ。ノエル。これでひとつ夢が叶ったわ。うふふ。本当は、貴方たち人間の悲鳴と焼け落ちる街を
「貴様……!」
『あら、怒らせてしまったかしら。うふふ。では、ニーべリージュがこれ以上こわーい顔になる前に、本題に入りましょう。……ノエル・レイス?』
「……なんだ?」
『つい先ほど聞いたのだけれど、貴方が以前【光】の勇者パーティーにいたというのは、本当かしら?』
……つい先ほど?
「……ああ。本当だ」
少々のひっかかりを覚えながらも、僕は【死霊聖魔女王】に正直に答えた。
『そう。これで納得したわ。つまり、【獣魔王】〝蹂躙〟のザラオティガを倒したのも、貴方だったのね』
「……」
その【死霊聖魔女王】の問いに、僕はただ沈黙で答える。
『はあ。先にそれを知っていれば、もう少し警戒を――まあいまさらいっても詮ないことね。人づての情報を鵜呑みにしたわたくしが愚かだっただけのこと』
その真っ白な頬を蝋をはがしたようにぽろぽろと欠けさせながら、【死霊聖魔女王】が左右に首を振る。それから、ピタリとまっすぐに僕を見つめた。
『さて。最後に忠告しておこうかしら。ノエル・レイス。そして、【
その【死霊聖魔女王】の言葉に僕たちは思わず一瞬息を飲んだ。けれど、顔を見合わせたあと、すぐにうなずいて、強い意志をこめて全員で【死霊聖魔女王】をまっすぐに見つめ返す。
「ああ……! 望むところだ……! 誰が来たって、僕たちは負けない……!」
『うふふ。そう。なら――もっと気をつけなさい? はあぁっ!』
「っ!?」
どこか満足げにも見える表情で【死霊聖魔女王】がうなずいた。その直後、不意にその全身から魔力が迸る。
ただそれは、すぐ近くにいた僕たちを害することもできないほどに弱弱しい魔力。
けれど。
パキン……!
「……え!?」
なにかが割れるような音が聞こえてきて、思わず振り返る。
だが、そこにはただ静寂と、どこまでも深い【闇】が広がっているだけだった。
『うふふ。さて。これで、わたくしに大事なことを伝えなかったあの覗き趣味への意趣返しも済んだことだし、もう思い残すこともないわ』
そのつぶやきにふたたび【死霊聖魔女王】へと振り返る。いままさに少しずつ、その全身がこぼれ落ちるようにポロポロと崩れていくところだった。
『うふふ。それでは、さようなら。ノエル・レイス。そして【
消えかかる【死霊聖魔女王】の唇が艶やかに弧を描く。
『それでは、いつか……また。幾星霜の刻を経て、互いの魔力がその意思と
そして、最期に高笑いを残して、【死霊聖魔女王】ネクロディギス・マリーアは完全にその肉体を消滅させ、【彼女】のいうところの魔力へと還っていった。
「あ、あの……!」
どれくらい時間が経ったのか、思い思いにじっと虚空を見つめていた僕らの沈黙がふいに破られる。
「……ステア?」
ほとんど裸の上に僕のコートを羽織った
「あ、あの! いましがた【死霊聖魔女王】――【死霊魔王】討伐の顛末について、通信で王都に報告をしたばかりなんですけど――ごめんなさい! 【
「えええぇっ!?」
それは、思いもよらない王都への招きだった。
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