第109話 誠心誠意。※

 さて。まずはこの小娘がどのような状態にあるのか、試してみるとするかの。


 【死霊行軍デススタンピード】の始まりにして終着点。


 天高く陽が上り、時刻は昼に差しかかりはじめたグランディル山の頂の遺跡、その一軒の天井をなくした家跡にて。



「どうしたのじゃ? お嬢ちゃん。そんなに泣きじゃくって。儂は別に立ち向かっても来ぬ相手にむやみに危害を加える気などないぞ? ただ4人いたはずがひとりいなくなったから、探しに来ただけなのじゃ」


「ほ、ほんとう……? いいこにしてれば……ステアにひどいこと、しない……?」


 まるで幼子に接するかのように優しく語りかけるのは、下半身から異形の腕を生やしたがらんどうの髑髏【死霊魔王】〝玩弄〟のネクロディギス。


 まともな精神状態であれば、到底受け入れることができないだろうその支離滅裂な自分にとって都合のいい理屈を、だが一部心の壊れかけた星弓士せいきゅうしの少女ステアは――あっさりと受け入れてしまった。


 その答えに【死霊魔王】は確信する。


 これはこれは……! 最高の玩具おもちゃを手に入れたようじゃのう……!



「せぬよせぬよ。そもそも、おぬしのようないたいけな娘がなぜこのような戦場に来たのかといぶかしんでおったくらいじゃ。どう見てもほかの3人とつりあいがとれておらなんだからな」


 これはまあ、嘘ではない。この娘はほかの3人よりもやや【光】の魔力が弱いからの。


 ザラオティガとの戦いを見ても、正直どうなろうともかまわぬ存在よ。次のはもう十分に集まっておるしの。


 そんな【死霊魔王】の打算的な内心など知らず、ステアはその小柄な体をぷるぷると震えさせた。


「ス、ステアは……! きたくてきたんじゃ、ないよ……! だって、ぱぱが、ままが…! おねえちゃんが……! おともだちが、みんなが……! ステアならえいゆうになれる……! がんばれ、っていうからぁ……! でも、むりだったぁ……! それに、あんなひどいひとたちといっしょだってしってたら、こなかったよぉ……! もうやだよぉ……! おうちにかえしてぇ……!」


 ふむ。この小娘、あくまで自分は悪くないといい切るわけか。そして望みは、無事に生きて家族や仲間のもとに帰ること、と。


 ……ならば当然、無事に帰れるのならばということじゃの。


 そうじゃな。ここはひとつ、あの変わりものの【錬金】のから耳にした人間どものやりかたでも試してみるとしようかの。


「ふぉっふぉっふぉっ。あいわかった。ステアや。そう泣くでない。安心せい。おぬしは無事に帰れるぞ? ただし、儂がいまからいうとおりにすれば、じゃが」


「ほ、ほんとう……!? ステア、なにをすればいいの……?」


 【死霊魔王】のその言葉に、泣きじゃくっていた少女はパッと顔を上げた。


「なに、簡単じゃよ。誠心誠意謝ってもらえばよい。この儂の領域に土足で踏みこみ、無謀にも戦いをしかけた愚かさを。そうさのう。おぬしら人間のやりかたにならい、態度でしめしてもらうために、地に頭でもつけてもらおうかの」


「う、うん……! わるいことしたら、ごめんなさい、だもんね……! いっつも、ままがいってるもん……!」


「ふぉっふぉっふぉっ。ステアはものわかりがよくて助かるのう。……ああ。それともうひとつ。おぬしら人間のやりかたにならい――」


 まるで幼子のようなものいいとなっているステアだが、別に精神が幼児退行しているわけではない。


 絶対の恐怖で壊れかけた心にぎりぎりの均衡を保つため、こうなっているだけなのだ。


 だから、年頃の少女らしき羞恥心も、自らの尊厳を地に堕とす土下座を強要されることへの抵抗も、もちろんある。


 ただ、それ以上に無事に帰りたいと、この差しだされた蜘蛛の糸を逃したくないと、そう強く思っているだけなのだ。


 そして、そんな少女の心からの願いをこそ。


「――裸でやってもらおうかの」


 がらんどうの髑髏は、自らの愉悦として心から嘲笑い、踏みにじるのだ。





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