第103話 期待外れ。※

「ふむ……? これは意外な結果じゃのう……?」


 【死霊行軍デススタンピード】の始まりにして終着点たる、天高く朝陽が上るグランディル山の頂の遺跡にて。


 その元凶。真っ黒なすりきれた襤褸ぼろをまとう貧相ながらんどうの髑髏――【死霊魔王】〝玩弄〟のネクロディギスは、目の前で繰り広げられる戦いを見て、その骨の首を傾げる。



「はあっ……! はあっ……! はあっ……!」


『ドウシタ! ソノ程度カ! 【光】ノ勇者ァッ!』


 黒き獅子の巨躯――【屍獣魔王】ザラオティガがその屈強な両腕を広げる。


 目の前に立つ大量の脂汗を流し、苦渋の表情を浮かべる【光】の勇者ブレンを挑発するように。


「お、おおおおおっ! 【聖光十字斬シャイニング・クロス】!」


 虚空に【光】の十字が刻まれる。渾身の魔力をこめた、まばゆく輝く聖剣の一撃が【屍獣魔王】に襲いかかった。


 だが。


『マダワカランカッ! ソンナ技デハッ! 何度ヤッテモ同ジダァァァァァァァッ!』


「ぐ、うわぁぁぁぁぁっ!?」


 【屍獣魔王】が瞬時に交差した屈強な両腕。全身の【闇】の魔力をそこに一極集中した【盾】をやはり勇者ブレンは破ることはできず、逆に吹き飛ばされて地面に強く体を打ちつける。


 いままで幾度となく繰り返してきた結果と、まったく同じように。



「おかしいのう……? あのような柄にもない魔力を集中する小技を用いたとしても、弱体化したいまのやつでは、生前には遠くおよばぬ。そこまでしてようやく、生前やつが常に全身にまとっていた魔力防御の8割程度といったところか。ゆえに、当然ながら生前のやつを破ったのならば、いまのやつを破れぬ道理はないはずなのじゃが……?」


 【死霊魔王】は、そこで骨の顎を広げ、大きくため息をついた。


「困ったのう……。これでは、儂のが狂ってしまうではないか……」



『ドウシタァッ! 【光】ノ勇者ァッ! 足リヌ! 足リヌ! マッタク足リヌゾォォォォォッ!』


「くそっ! あぶねえっ! ブレンッ! がっ……!?」


 倒れ伏す【光】の勇者ブレンに向かって振り下ろされる【屍獣魔王】の巨腕を、飛びついた聖騎士パラッドがその【光】をまとう大盾で防ぐ。


『マダ動ケタカ! 聖騎士ィィィィッ!』 


「ぐっ……!? くっ……そ……! この腐れ獣……野郎……!」


 だがそれだけでは終わらない。衝撃で地面にひざをつき、苦痛のうめき声を上げる聖騎士パラッドを【屍獣魔王】がひび割れはじめた【光】の盾の上から何度もガンガンと打ちすえる。


 その防戦一方のありさまを見て、【死霊魔王】はあきれたようにひとりごちた。


「まあよいか。あの程度の輩では、儂が直接相手をする価値も、意味もない」



『足ァリィヌゥッ!』


「ぐがあああぁぁっ!?」


 ついに【屍獣魔王】の渾身の力をこめた両腕の一撃によって、勇者ブレンを守っていた聖騎士パラッドが吹き飛ばされる。



「う、嘘よ……! こ、こんなのありえない……! わ、わたくしたちの【光】が通じないなんて、そんなことが……!」


 すでに何度も加護や回復をかけ終え、一時的な魔力切れにより役立たずとなりさがった聖女マリーア。


 その彼女が地べたに座りこんだまま艶めく金色の長い髪を振り乱し、世間では絶世と称される美貌を絶望に染めた。


 好色な【豚鬼オーク】や【大鬼トロル】といった魔物であれば、生唾を飲みこむであろうその表情を、しかし【屍獣魔王】は一瞥しただけでそれきり無視すると、天に向かって雄たけびを上げる。


『オオオオオオオォォォォォッ! フザケルナァァァッ! 【光】ノ勇者ァァァァッ! アノトキ我ノ半身ヲ砕イタ、アノ焼ケツクヨウナ痛ミ! アレヲモウ一度味ワイ、ソシテ超エルタメニ! 我ハ仮初かりそめノ命トシテ蘇ッタノダ! ソレヲォォォォォッ! 期待外レニモ、ホドガアルゾォォォォォッ!』



 あの……とき……? 半身を……砕いた……?


 薄れゆく意識の中で、地面に這いつくばったまま勇者ブレンは必死に記憶を探る。


 現状を打開する鍵を得るため、無我夢中だったために断片的にしか覚えていない、かつての【獣魔王】との戦いの記憶を。



 そん、な……!? ノ、エル……が……!?


 ――だが、そこで発見したのは、自らの尊厳を根底から覆しかねないような絶望的な事実だった。





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