第76話 清算と、もうひとりの。

「あわせまして――しめて1,000万リベとなります」


 ……一瞬、息をするのも忘れた。それは、僕にとってかつて味わったことのない種類の衝撃だった。というかまだ立ち直れてない。


 服飾店【戦乙女】の店の奥。僕はひとり石のように固まって立ちつくしていた。いや、まわりにはロココもディシーも当然いま僕に衝撃の宣告をしたばかりの店長のサーシィさんもいるんだけど気分的に。


 い、1,000万L……!? そ、それって、このあいだの【大妖樹ギガントトレント】の核や3つこなしたクエストで稼いだお金じゃ全然足りない……! っていうか、いまの僕のほぼ全財産……!?


 いや払えなくはないんだけど、あの居心地の悪い【光】の勇者パーティーで汗水たらしてクエストこなした日々がここで全部……!?



「えへへ! 聞いて、ロココちゃん! あたしもね、この服全部ノエルがプレゼントしてくれることになったんだよ! 仲間になった記念にって! サーシィさんに手伝ってもらったおかげで、ロココちゃんに可愛い服もつくれたし、みんな幸せ! 最高だよね!」


「うん。ありがとう。ディシー、サーシィ。それから、ノエル。ロココもこの服とっても気にいった。可愛い。きれい」


 葛藤を覚えていた僕に、そんなふたりの、本当にうれしそうな声が耳に入る。


 ……発想を変えよう。いいじゃないか、もうあの【光】の勇者パーティーに未練も思い入れも僕にはない。なら、ここですべて使いきってしまおう。この僕にとっての初めての、最高の仲間ふたりのとびっきりの笑顔のために――


「うん、そうだね。ロココ、ディシー。僕もふたりによろこんでもらえて本当にうれしいよ」


 ――そうして、図らずも僕はかつて勇者パーティーにいたときに稼いだお金を完全に清算したのだった。





「こんにちは、フェアさん」

「こんにちは、フェア」

「フェアさん! こんにちは~!」


「あ、ノエルくん! ロココちゃん! ディシーちゃんも! わあ、またすっごく可愛い服になってるね!」


 そのまた翌日、僕たちがやってきたのは冒険者ギルド。目的はふたつ。新たな仲間探しと、さすがにお金を使いすぎたので、実入りのよさそうなクエストの物色だ。


「ねえ、フェアさん。前にいってた、フェアさんが知ってるもうひとりの【闇】属性の冒険者について聞いていいかな? それと、A級魔物のクエストをありったけ――!?」


 ――突如として、ぞわり、と背中があわ立った。バッと入口へ向けて振り返ると同時に、ゆっくりと扉が開かれる。


 ガシャ。


『邪魔をする』


 金属音を響かせて現れたのは、細身で黒の全身鎧をまとった冒険者。


 顔まで完全に覆った兜の中で反響するのは、どこか涼やかで凛とした声。おそらく中身は女性だろう。



 も、もしかして……!? この女性ひとが、フェアさんのいってたもうひとりの……!?


 まちがいなく【闇】属性だった。


 ――それも怖気のするほどに濃厚な死の気配を漂わせた。





♦♦♦♦♦


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