第64話 冒険者になったのは。

「あ、あたしに……まかせてもらえないかな……!」


「え?」


 黒色粘体ブラックスライムたちの見境のない捕食で地獄のような光景となった倉庫の中。僕を見上げるディシーが震える声で続ける。


「ロ、ロココちゃんに聞いたの! あたしにかけられた【封魔シール】、時間があればロココちゃんの力で解除できるって! だから!」


「ノエル。解毒と仕組みは同じだから、時間があればできると、思う」


 ……たしかに黒魔女ダークウィッチの強力な魔法なら、相性の悪い僕やロココよりもよっぽど黒色粘体ブラックスライムに対して効果的な攻撃ができると思う。時間稼ぎくらいならなんとかなるくらいには。でも。


「……いいの? ディシー。あのひとたちはディシーをだまして、その心につけこんで、ひどいことをしようとしたのに。そんなあのひとたちのために、ディシーは体を張れるの?」


 僕のその問いに、ディシーは一度深く深くうつむいてから、やがて意を決したようにキッとまっすぐに僕の顔を見て、はっきりとこう言った。


「うん! だって、おばあちゃんがいなくなって、あたしが旅に出たのは、冒険者になったのは……ひとの役に立ちたかったからだから! もちろん、あたしを受け入れてくれる場所が欲しかったのは本当だけど……でも! それ以上に、ただひきこもってばかりいるんじゃなくて! あたしの力でだれかを助けたかったからだから……! だから、いくらひどいひとたちでもこのまま見殺しになんてできないよ!」


 緑色の宝石のようなとても力強い瞳が僕を見つめていた。それは、あの夜のロココの青い月のような瞳を思わせるような自らの強い意志に満ちた、僕にとってとてもまぶしい輝きで――


「ディ、ディシーちゃああん……!」


 ――いつのまにかすぐ近くまで這ってきていた、まだ生きていたらしい【最高に自由マックスフリー】のリーダーの男が汗と涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしながら感極まったように歓喜の声を上げる。


 その声を聞いて、ディシーはキッとリーダーの男をにらみつけた。


「うるさい! 気安く呼ぶな! このえっちでスケベでクズで甲斐性なしでぺらっぺらの最低男! ぜんぜん許してなんてないんだから! あたしをだまそうとしたことや、ルアさんたちみたいな女のひとにいままでひどいことをした罪は、絶対に償ってもらうんだからねっ!」


 そのディシーの剣幕にリーダーの男を初めとする【はき違えた自由ノーアウトフリー】の男たちが這ったままで深く深くうなだれた。


 その中毒性から王国で禁止されている魔薬の密売に使用、監禁に人身売買まがいの所業。ほかにも多数の余罪がありそうだ。捕まったら、おそらく極刑はまぬがれないだろう。


 でも、それとは関係なく、いまは。


「わかった。ディシー、君にまかせるよ。ロココ、ディシーをお願い」


「うん、わかった。ノエル」


「それから、そのための時間は僕が稼ぐよ」


『ビィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィッ!』


 散らばった数多の粘体スライム、そしてゲスリーを初めとする【はき違えた自由ノーアウトフリー】の半数あまりを吸収し、いまやすっかりともとの威容をとり戻した【超大ヒュージ黒色粘体ブラックスライム】――いや【超大ヒュージ暴食黒粘体グラトニースライム】が咆哮にも似た響きとともに身を震わせた。


 僕は右手に黒刀を、そして左手にさっき拾っておいた、すでにあの暴食グラトニーに飲みこまれてしまったらしい僕が倒した暗殺者の男の使っていた緑刀をかまえる。


「だからさ、期待してるよ? ディシーの見せてくれる黒魔女ダークウィッチのとっておきの魔法」


「うん! まかせて! ノエル! あ、でもひとつ訂正するね?」


 分の悪い戦いにのぞむ自分を奮い立たせるために少しだけ軽口をたたいた僕に、ディシーが両こぶしを胸の前で握ってグッとうなずいてから、小首を傾げた。


「あたしは黒魔女ダークウィッチじゃなくて――その最上位クラスの【黒元の精霊魔女ダークエレメンテス】だよ? だからノエル! あんなすっごく大きいだけの粘体スライムなんて、あたしの魔法でばっちりやっつけてあげるんだから!」


 ――まるでなんでもないことのようにディシーはそう僕に言ってのけた。





♦♦♦♦♦


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