ケリーの章 ⑮ 待ちわびていたプロポーズ
21時半―
「ケリーさん、遅くまで連れ回してしまって申し訳ございませんでした」
診療所まで送ってくれたトマスさんが申し訳無さげに言う。
「いえ、でもこうして送って頂きましたし…ヨハン先生も承知して下さっているのでお気になさらないで下さい」
帰りの馬車の中でトマスさんが何度も何度も申し訳無さげに謝罪してくるので、かえって悪いことをしてしまった気持ちになってしまったのでヨハン先生の名前を口にした。
「そうですか?ヨハン先生が承知して下さっているなら…問題は無い…と解釈してもいいのですね?」
トマスさんが瞳を輝かせた。
「え?ええ。そうですね。それに…明日は診療所もお休みですから」
「ええ、知っています。だから今夜お誘いしたのですから」
「え?」
見ると、トマスさんがじっと私を見つめている。
「また…貴女をお誘いしても宜しいですか?」
「そ、それは…はい。大丈夫です」
一瞬、お断りしようかと思ったけれどもこの診療所の土地の持ち主はトマスさんの家だという事を思い出す。私が失礼な態度を取れば…ひょっとすると診療所を取り潰されてしまうかも…。そう思うと、どうしてもお断りできなかった。
「良かった…断られたらどうしようかと思いました」
トマスさんが安堵のため息をつく。
「そんな、お断りなんて…」
私にはトマスさんの誘いを断る権利なんて無い。大体ヨハン先生が私とトマスさんの仲を取り持とうとしているのだから。
「それでは、ケリーさん。お休みなさい」
「はい、お休みなさい」
お辞儀をすると、トマスさんは被っていた帽子を外して頭を下げると待たせていた馬車に乗り込み、走り去って行った―。
****
診療所の裏手に回ると、勝手口が明るい。
「え…?ヨハン先生がいらっしゃるのかしら?」
この時間、いつもならヨハン先生はとっくにお部屋に戻られている。何か厨房に用事でもあるのだろうか?
ガチャリ…
扉を開けると、やはりそこにはヨハン先生がいた。厨房で漢方薬のお薬を調合している最中だった。
「只今戻りました」
「ああ、お帰り。ケリー。その…随分遅かったね」
ヨハン先生はお薬を作っていた手を止めると私を見た。
「あ、申し訳ございませんでした。私もこれほど遅くなるとは思わなかったもので」
慌ててその場で頭を下げるとヨハン先生が慌てたように言った。
「いや、違うんだよ。別にケリーを責めているわけではないんだ。ただ…心配になっただけで…」
「え…?」
私の事が心配だった…?今のは一体どういう意味なのだろう?
「だけど、よくよく考えてみれば一緒に出かけていたお相手の方はトマスさんだったよね。僕が心配するまでも無かった。さて、それじゃそろそろ休もうかな。薬も大分作ったし」
見るとテーブルの上にはお薬の紙包みがいくつも出来上がって、積み上げられていた。
「ケリー。実はさっきまでオリバーがここに来ていたんだよ。明日はローラさんが遊びに来るんだってね?」
「はい、そうです」
「御馳走作って来るはずだから楽しみにしてろよってオリバーが言っていたよ。久しぶりにローラさんに会えてケリーも嬉しいだろう?僕は明日出かけてくるから、気兼ねする必要は無いからね」
「え?ヨハン先生…明日はお出かけなのですか?」
「あ、ああ。ちょっとね…」
何故か言葉を濁すヨハン先生。その様子から、これ以上聞いていはいけないような気がした。
「分かりました。お気をつけてお出かけ下さい」
「うん、ありがとう。片付けはしていくから、ケリーは先に休んでいていいからね?」
「はい、ありがとうございます。それでは失礼します」
「うん。おやすみ」
私は頭を下げると、厨房を後にした。
ヨハン先生…まだ私に何か隠し事…されているのですか?
トマスさんと出会ってからヨハン先生との距離が遠くなった感じがして…寂しさを感じずにはいられなかった―。
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