溺愛と寵愛の狭間で
Jack Torrance
溺愛と寵愛の狭間で
次男坊に生まれた。
これは何の因果応報なのかと私は己に問う。
私の前世は、かの悪名高きヒトラーなのであろうか?
私の前世が史上最悪の大量虐殺に手を染め独裁国家の歴史的戦犯ならば致し方なかろうと思い甘んじてその立場に従おう。
髪を剃毛すればダミアンの666のように鉤十字の痣が頭皮にくっきりと浮かび上がるかも知れない。
それとも、前世はミルウォーキーの食人鬼と呼ばれた連続殺人鬼ジェフリー ダーマーなのであろうか?
しかし、前世で悪事を働いた人間が来世で果たして人間として生まれ変わるものなのであろうか?
私の浅はかな考えではバッタとかダンゴムシなどに生まれ変わりそうな気もするのだが…
なにはともあれ私は次男坊に生まれた。
父は鉄道会社で車掌をしていた。
母は専業主婦だった。
父と母は待望の第一子を授かった。
それが、私の二つ上の兄になる。
言うなれば世継ぎだ。
それはそれは、兄は父と母に可愛がられたであろう。
溺愛、正しく、その二文字に兄への両親の執心は尽きないだろう。
初めて親になった喜びと重責を両親は一手に担い右も左も分らずに、あの手この手と品を変え試行錯誤で兄を溺愛した。
深海魚のように深く深く愛と言う名の大海原に両親は溺れた。
金塊や贅沢な宝飾品をたんまり積んで沈没した難破船を引き上げようとするトレジャーハンターのように深く深く愛の海に沈んだ。
新しく買い揃えられた兄への貢ぎ物。
ベビー服、おしゃぶり、おもちゃ、エトセトラ、エトセトラ…
甘やかしに甘やかされ兄は、すくすくと育った。
それも我儘に。
兄が生まれ一年二ヶ月を迎えようとしていた時に私は母の胎内に宿った。
兄が将来に備えて傍若無人養成講座エキスパートコースの階段を着実に一段ずつ駆け上がろうとしている最中に私も母の胎内ですくすくと大きくなり兄の二歳の生誕祝賀祭を迎える二十二日前に日の目を見た。
まあ、一応は両親、親族にとって喜ばしい出来事ではあったに違いないだろうが兄の時のように一大センセーションを巻き起こす訳でも無く恙無く淡々と事は進められた。
両親の両肩には、また一つの重しとなって私は伸し掛かった。
一人でさえ育児というものは大変なものである。
そこに、もう一人重しが加わるのである。
兄を溺愛した両親。
家計は逼迫し切り詰めながら己が溺れかかっているのに、そこに私から更に足を引っ張られたらどうするかというのは明々白々であろう。
人間とは学習する生き物である。
両親は兄でそれを学んだ。
ああすればこうなる。
こうすれば解決。
じゃあ、こうすれば尚更楽が出来る。
両親は手を抜く事を学習していたのである。
適当に宥め賺し己の中に渦巻く蟠りを取り換えた紙オムツとともに廃棄し妥協と言う名の命綱をしっかりと身体に巻き付け山頂を目指すロッククライマーのように両親は更なる高見を見据えていたのである。
お下がり、お古、私への当て擦りともとれる人間の美学ともいえる再利用。
私が欲する物は買い与えられる事は小学生高学年までは皆無に等しく脳科学的に言葉を私よりも先に発し自我に目覚めた兄がおねだりした品々がベルトコンベアー式に私の意思とは相反しながらも届けられるというようなおざなりな幼少期。
溺愛の類義語に盲愛という言葉がある。
辞書を開けば盲愛とは、盲目的に自分を見失い、心が奪われるように愛する事とある。
ある意味、両親は盲目的な意味を履き違えていたのかも知れない。
盲(めしい)とまでは言わないが薄目でちらっと確認しているように。
両親は己の至らぬ部分に多少は目を瞑り兄と私の育児に邁進してくれたのだから文句など言えた義理ではない。
そして、父と母は、ここまで二人の男の子に恵まれたのであるが、どうしても女児が欲しいという欲望に駆られる。
無論、私が女の子として、この世に生を受けたのならば両親もこのような考えには至らず私で打ち止めにしていたのかも知れない。
しかし、いかんせん私は次男坊として生まれて来た。
運命の悪戯。
神とは気まぐれなものであると私は思う。
父と母はヴェガスでルーレットに全財産を接ぎ込む感覚で愛の営みを交わした。
そして、私が一歳十か月の時に母の胎内に新たな生命が宿った。
当時は妊娠中に男女の判別などはしていなかった。
だから、両親は出産するまでルーレットの玉がどのポケットに入るか手に汗握る状態で見守っていた事だろう。
仮に男児が生まれていたとしても、その私の弟は末っ子になっていただろうと私は思う。
それは、父の給料、我が家の預貯金から容易に想像出来た。
弟は私よりも可愛がられた事を頑なに想像する。
しかし、神は勤労と納税、そして、他人にも己の尽力出来る範囲での善行を施していた両親に女の子を授けた。
父と母はルーレットに勝利したのである。
目に入れても痛くない玉のような女の子。
プリンセスの誕生である。
両親は妹を寵愛した。
妹は我が家の寵児となった。
服からおもちゃまで女児という事もあって新調されお下がりやお古ばかりに囲まれていた私とは雲泥の待遇であった。
私が街角の物乞いのように生活していた時に妹はイギリス王室のエリザベス女王のように扱われていた。
私は幼少期に貧富の格差を学び、この世をより良い社会にするには格差の是正が最重要必須条項だという事を知った。
父と母は兄、そして私と育児を経験しベテラン宇宙飛行士のように過去の過ちを軌道修正し改めるところは改め、開拓時代の農場主のようにより良い土壌を耕すべく妹の育児に熱中した。
兄と私は性格も気性も大いに異なる。
兄は何事にものんびりと気楽に構え人に対しての気遣いや配慮も些か欠けているようなところも見受けられる。
私は、そんな兄を見て育ち幼少期のお下がり、お古に辟易としていた私は十四から友人の父が営んでいる新聞販売代理店で新聞配達をし欲しい物は己で手に入れるべしという教訓を自身に課し世渡り上手になった。
父と母は兄、そして私に対しての教育での反省点を踏まえて妹を育てた。
兄と私が反面教師となり妹は学習し未だに寵愛され続けている。
私は兄と妹の狭間で多くの事を学んだ。
世の中にはビル ゲイツやジェフ ベゾスのような巨万の富を有している人物もいれば今日食べる物にも困窮している辛い境遇に身を置いている人もいる。
上を見ても限が無し。
下を見ても限が無し。
私はお下がりやお古に囲まれ幼少期には不遇な記憶を脳内に刷り込まれたが食う物には事欠かず温かい家と家族があり、今思えば父と母は分け隔てなく惜しみない愛情を私達兄妹に降り注いでいてくれたのだと理解している。
私は独身で子もいない。
社会に出て金を稼ぎ家族を養っていく大変さを鑑(かんが)みれば人が人の親になる偉大さを痛感させられる。
私は真の盲愛を今更ながら実感しているのである。
私は父と母の子に生まれて良かった。
この歳になって染み染み噛み締めている。
溺愛と寵愛の狭間で Jack Torrance @John-D
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