第9話 俺は後手に回る。


 ハグウィーク4日目。木曜日。


 今日は双葉のおじいちゃんが帰って来て外食するらしい。

 おばあちゃんにも一緒にって誘われたけど、母から世話になり過ぎるのは良くないと言われていたため、お断りさせていただいた。


「何かのお祝いの時は、また誘ってください。」


「ふふ、遠慮しなくてもいいのに。今度は一緒にいきましょうね。」


「はい。是非。」


「彼方、また明日ね!」


「ああ、双葉、また明日。」


 笑いあって玄関で別れる。

 今日もハグウィークは息継ぎ日だな。

 なんとなくまた走って帰った。

 このままジョギングを習慣に加えてもいいかもな。



◆◆◆



 ハグウィーク5日目。金曜日。


 今日の放課後はゲームの流れになった。

 珍しく対戦アクションじゃない。

 双葉が有川さん(珠ちゃん)から勧められて借りてきたオープンワールドの名作で、俺もけっこう前から気になってたけど大作だからちょっと手を付け損ねてた奴だ。


 借りてきたのは双葉なので、コントローラは双葉が握って、俺は隣に並んで見ている。

 スタート地点の暗い遺跡から出ると、そこは明るい丘の上っぽいところで、遠くに湖や城っぽい建造物、山々の稜線が見える。

 双葉がカメラをぐりぐり回して、その壮大な光景に感動している。


「うわー。なんか、すっごい。」


「見えてる範囲、全部行けるって井上が言ってたな。」


「ウソ! 遠くに見えてるあの火山も?!」


「らしいぜ?」


「へー。うわ、ちょうちょ?リスもいる?!」


「その辺も捕まえて素材にしたり、鍋で料理して食ったりできるとか言ってたな。」


「ええ?! 可哀そう!」


 楽しそうにはしゃいでる双葉も良い。ぶっちゃけ何してても可愛い。

 丘を下りる途中に居たお祖父さんと話して武器をもらったり、ひとまずのお話の目標について聞くが、オープンワールドなので、どこに行っても良い。俺はむしろ本編より寄り道が楽しい派だ。

 双葉も目標そっちのけで、襲い掛かってきた茶色い人型のモンスターを殴りまくっている。

 だんだん慣れてきて、火を囲んで団らんしている連中も、遠距離から弓で不意打ちして強襲する、山賊スタイルが確立されつつあるな。


「ふわあ、このゲームすごーい! 珠ちゃんにお礼言わないとだね! あ、彼方もやってみる?」


「お、じゃあちょっと借りるか。」


「うん!・・・え、お、わ?」


 よいしょっと移動して、俺が最近お気に入りの後ろからのハグをしながらコントローラを受け取る。


「な、なんでこの態勢?!」


「なんとなく。」


 俺の胸に抱かれた態勢で、赤くなって控えめにわちゃわちゃする双葉が小動物っぽくて、リスなんかよりはるかに可愛い。


「おー、自分で動かすと、これはまたすごいなあ。」


 胸の中にあったかい可愛い動物を抱えて、しばらく緑の服を着た主人公を操作して、木に登ったり崖を登ったりしてみる。

 スタイリッシュ山賊スタイルも模倣する。

 あ、焚火につっこんだら武器の木の枝に火が付いた。

 フハハハ、焼け死ねい。

 楽しい。これは時間泥棒だな。間違いない。


 しばらく山賊を謳歌していると、わちゃわちゃしていた双葉が大人しくなっていた。

 何気なく、ふと目線を下ろすと、双葉と目が合う。


 背中側からハグしてたはずが、いつの間にか向かい合う形になっていて、双葉は俺のシャツをぎゅっと握って俺の胸に頬を押し付けながら、上目遣いでまっすぐにこちらを見ていた。


 顔はほんのり赤くて、目が潤んでいる。

 ぷるっとした唇は少しだけ開いていて、意識を向けると吐息の熱さが伝わってきそうだ。


 ぎゅう、と内臓のどこか(たぶん心臓)を鷲掴みにされる感覚。

 目が離せない。

 時が止まったみたいに二人とも動かない。

 静かな室内で、ゲームからは風に木々の葉が揺らされた、さやさやという音が聞こえる。

 現実の離れの外からも、風に揺らされた竹藪が、さらさら、かこかこ、と時折音を鳴らしているのが妙に耳に響く。


 こわごわと、双葉の両手が俺の方へ伸ばされ、首の後ろで組まれた。

 ぐぐ、と引っ張られる。

 だんだん双葉の顔が近づいてくる。

 俺は双葉の、可愛くて、きれいで、見たことがない色っぽい表情を見て動けない。

 双葉もじっと俺の目を見ている。

 近づいてくる、双葉のうるんだ瞳。


 ふわ、と唇に柔らかな感触。

 コントローラが俺の手から落ちる。

 二人とも目は閉じてない。

 お互いに目を見合っている。


 好きだ。愛しい。俺だけのものにしたい。

 俺の左手は双葉の背中に、右手は頬を撫でる。

 唇は重なったまま。


「ん・・・。」


 少しだけ息が苦しくなったころ、ゆっくりと唇が離れた。

 瞬きをするのも忘れて見つめあう俺たち。

 右手で撫でたままの頬の感触が、温かくて柔らかい。


「かなたぁ・・・。」


 双葉がか細く、俺の名を呼ぶ。

 その熱い瞳も、すこし掠れた声も、俺の脳をぎゅうぎゅうと縛り上げていく。


「もっとぉ・・・。」


 沸騰する脳が命じるまま、俺は夢中で双葉を引き寄せ、もう一度、唇を重ねた。




 どのくらいそうして抱き合っていたんだろうか。

 俺たちはずっと、互いについばむようにキスを交わしていた。

 それ以上のことは、我慢した。

 勢いでいけそうだったけど、何の準備もしていないから、死ぬ気で我慢した。

 俺はマジで偉いと思う。誰か褒めろ。


 気付けば外は真っ暗になっていた。


「・・・双葉。」


「・・・なあに?」


「好きだ。」


「・・・ボクも。好き。大好き。」


 また双葉がキスしてくる。

 一生こうしてキスしていられそうだ。

 だが、断腸の思いでゆっくりと体を離す。

 双葉の切なそうな顔が、たまらなく愛おしい。


「・・・すんげー帰りたくないけど、時間的に帰らなきゃだな。」


「・・・わ、外真っ暗だ。おばあちゃんにいろいろ聞かれちゃうなあ・・・。」


「うちは家族全員からだな・・・。」


 ちょっと冷静になってため息をつく俺たち。

 とっくに帰る時間を過ぎて、普段ならメシ食ってるような時間だから仕方ない。


「今日は帰るよ。」


「うん。・・・明日も、来る、よね?」


「・・・顔、真っ赤だぞ。」


「う、うるさい、ばかっ。つべこべ言わず、明日も来いっ。」


「ああ、明日は土曜だから、朝から来るよ。」


「うん・・・。待ってる。」


 双葉は少し俯いて、俺の服の裾をつまんだ。

 くそう、可愛いなあ!

 離れを出る際にふと見ると、草原で立ち尽くす緑の服の彼が、なんだか居心地が悪そうで、少し可笑しかった。



 本宅玄関ではおばあちゃんにニコニコされ、家に帰ったら母に怒られた。

 姉と父はニヤニヤしていた。

 いろいろ聞いてくる家族には黙秘を決め込んだ。

 双葉からキスされました、なんて恥ずかしすぎて言えねえ。

 今日の帰りも急いで帰るために走って帰ったが、まったく眠れる気がしなかったので、ジャージに着替えて改めて近所の公園へ走りに行った。

 念のため、コンビニに寄って「うすうす」って書いてあるやつも買った。

 店員のお兄さんと目が合って、ぐっと親指を立てられたので、俺もぐっと親指を立てて返した。

 へとへとになるまで走ったが、体を止めると双葉のことを思い出して、ぜんぜん眠れなくて困った。

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