第4話 ボクは気付いた。


 ボクは小学校3年生の時に転校した。

 パパとママは研究者で、滅多に許可が下りない渡航許可が下りたとかで、研究に必要なそのチャンスは逃せないらしかったが、内戦の危険がある地域へ長期に亘って行かなければならないため、泣く泣くボクをおいて2人で旅立っていった。

 ボクはおばあちゃんの家(実際にはおじいちゃんの家だが、仕事であんまりいないのだ。)へ預けられることになり、友達とお別れして新しい土地へやってきた。


 転校なんて初めてだったから、新しいクラスがすごく怖かったけど、なんとか噛まずに自己紹介して、精一杯の笑顔を作った。

 先生に指示された机に座り、どう思われたかな、変じゃなかったかな、ってずっとどきどきしながら授業を受けて、初めての休み時間に彼は一番にボクの机に走ってやってきた。


「よう!春日! 俺は須藤彼方! よろしくな!」


 須藤君は矢継ぎ早に質問してきて、びっくりしながらもボクは頑張って答えた。

 次の授業のベルが鳴ったのに須藤君は席に帰らなかったので、先生に怒られてみんなに笑われていた。

 ボクも、面白い子だなって、いつのまにか笑ってた。もう怖さもどきどきも無くなってた。


 休み時間のたびに須藤君はやってきて、昼休みにはサッカーに誘われた。

 放課後には須藤君と一緒に帰った。


「須藤君と帰る方向が同じで良かった。」


「こっちの方ってクラスの奴も年の近い奴もいなくって、帰りつまんなかったんだよなー。俺も春日が転校してきて良かったぜ!」


 その日はずっと新しい環境にどこかで不安を感じていたボクは、「転校してきて良かった」って言ってもらえたのが、びっくりするくらい嬉しかったのを覚えている。

 本当に、彼と帰る方向が同じで良かった。


「ねえ、須藤君。」


「あ、そうだ。彼方って呼んでくれよ。仲いい奴にはそう呼んでもらってんだ。『スドー』ってなんか悪い奴っぽいじゃん? 『カナタ』のほうがいい奴っぽくて好きなんだー!」


「なにそれ?」


 ボクはクスクス笑った。本当に須藤君、じゃない、彼方は面白いなあ。


「じゃあ、ボクのことも双葉って呼んでよ。」


「分かった! よろしくな、双葉!」


 その時の彼方の笑顔をボクは今でも思い出せる。

 たぶんこの時もう、ボクは彼方のことがちょっと好きになってたんだと思う。



 それからはずっと彼方と遊んでた気がする。

 給食の時は女の子と一緒だったけど、すごい速さで食べ終わった彼方が遊びに誘いに来るのだ。

 すぐ横でそわそわしながらボクが食べ終わるのを待っているので、ボクも頑張って速く食べて、2人で走って外に飛び出していった。

 彼方は実はクラスの女の子たちに隠れた人気があって、そんなボクを羨ましそうに見ている子が何人もいた。

 一緒にサッカーに来る?って聞いたけど、スカートだから、とか他の男子がちょっと、とか言って参加はしなかった。

 ボクは彼方と遊ぶために、スカートは履かなくなっていたし、他の男子もちょっと苦手だったけど、頑張って仲良くしていた。

 ・・・考えてみると、このときのボクってもうかなり彼方のこと好きだなあ。


 放課後や休みの日、彼方の友達の家に集まってゲーム大会みたいなことが時々あった。

 彼方の家は少し遠くて狭くて、騒ぐと鬼に殺されるらしかったので、滅多に友達を呼ばない。数少ない行ったことのある男子も「あれはヤバいわ・・・」と口を噤んでたし。

 ボクもゲームは割と好きで得意だったけど、彼方もかなりゲームは上手かったので、ついていくために必死で家でも練習した。


「やるなあ双葉!」


 って言ってもらうのがすごく嬉しかった。

 でも他の男子はあんまり上手じゃなかったり、負けたら不貞腐れたりするので、なんだかなあ、と思っていた。

 そして思いついた。


(彼方をうちに呼べば2人でいっぱい遊べるじゃん!)


 ・・・このころからもう独占欲あったのかなボク。

 ともあれ、おばあちゃんに友達を家に呼んでいいか聞いてみた。


「もう仲のいいお友達ができたのねえ。もちろんいいわよ。女の子?何人?」


「男の子で、一人だけだよ。」


「あら、もっと呼んでもいいのよ? おじいちゃんのおかげでうちは広いんだから、遠慮しなくてもいいのよ?」


「ううん。その子だけがいいんだ。」


「ふふ。分かったわ。いつでも呼んでいいわよ。おいしいお菓子準備しておかないとね。」


 やった!と思わず小さくガッツポーズしたボクは、翌日の帰り道、早速彼方を呼ぶことにした。


「彼方!ボクんち寄ってけよ!ばーちゃんがお菓子食わしてくれるって!」


 断らないで!お願い!


「おう!行く行く!」


 やったー!


 おばあちゃんに彼方を紹介すると、彼方はきちんとお辞儀して元気に「お邪魔します!」と挨拶した。

 おばあちゃんは礼儀正しい子が好きなので、彼方は気に入ってもらえたみたい。

 「彼方はいつも挨拶がちゃんとしてるよね」って言ったら、きょとんとして「そんなの当たり前だろ?」って。

 ぜんぜん当り前じゃないよね、と同じクラスの男子たちを思い出しておかしくなった。


 ボクの部屋に案内された彼方は「スゲー!」を連発してた。

 独り占めできるテレビとゲーム機に感動してたみたい。

 彼方があんまりにもハイテンションなもんだから、ボクも嬉しくなってノリノリで彼方と遊んだ。

 ものすごっく楽しくって、ものすごっくドキドキした。

 彼方を独り占めして、彼方の笑顔を間近で見て、彼方がボクだけに話しかけてくれてる。


 それからはもう、ほぼ毎日、彼方をうちに誘った。

 クラスの男子たちとも遊んだけど、ボクは内心、「お前らが誘うから今日は彼方を誘えなかったじゃん!」ってイライラしてた。彼方に嫌われたくないから黙ってニコニコしてたけど。

 しょっちゅう呼ぶから、時々しか帰ってこれないおじいちゃんにも彼方を紹介でき、元気な彼方を気に入ってくれた。

 彼方と2人きりで過ごすのは本当に夢みたいに楽しかった。


 ある日、彼方が、


「なんで他の奴らは双葉んちに呼ばねーの?」


 って聞いてきた。

 彼方以外の男子は無駄にうるさくて、汚くて、邪魔だもん、なんて本音は言えない。


「ばーちゃんが、『おうちに呼ぶのは一番の友達だけになさい』って言うんだ。」


 うう、おばあちゃん、ごめんなさい!

 嘘ついて、隠し事をしている罪悪感に苛まれていると、ボクの内心に反して、彼方はそれを聞いてすごく嬉しそうにこう言った。


「そっかー。じゃあ俺たちは親友ってやつだな、きっと!」


 ボクはそれを聞いて、なぜだか分からないけど、嬉しさはちょっぴりで、胸がチクってして、ぞわぞわして、目がぎゅってなって、涙が出そうになった。

 自分で「一番の友達」って言ったくせに。

 でも彼方の顔が曇るのを見たくなくて、ボクは無理やり笑ってこう言った。


「だな!」


 このとき初めてボクは思った。

 ボクって、ひょっとして、彼方のことを・・・。



◆◆◆



 ボクが彼方のことをどう思ってるのか、密かに悩みつつも、時は過ぎていく。


 高学年になると、男子も女子も少しずつ性差がでてきて、無意識にも行動が変わりだす。

 だから、こんなことを言い出す男子も出てくる。


「なあ、春日ぁ。お前、彼方といっつも一緒じゃん。好きなんだろー?なー?」


 その場には彼方がいなかった。

 彼方自身は分かってなかったと思うけど、彼方は男子にも女子にも影響力のある子だったから、そいつも居ないところでそんなことを言ってきたんだと思う。


「ちょっと、関係ないでしょあんたには!」


 クラス委員の木下さんが怒ってくれたけど、そいつはまだニヤニヤ笑ってて、カチンときた。


「彼方のいないところじゃないとイキれない雑魚が調子に乗るな。」


 我ながらすごく冷たい声が出た。

 そのボクの声で教室中がシン・・・となる。


「ボクが彼方を好きでも、お前には関係ない。

ボクと彼方の、邪魔をするな。」


 そいつはボクに対して何も言い返せなかった。

 何かショックを受けたような、泣きそうな被害者面をしていたが、知ったことじゃない。


 それ以降、そんなことを言うやつはクラスに居なくなった。

 女子からはすごく尊敬され、男子からもそれまで以上に一目置かれるようになった。

 やっぱりボクって彼方のことを好きなのかな・・・って、ふわっとこのときは考えてた。




 さて、小学校では性に関する教育が行われるけれど、結局、具体的に何がどうなると子供ができるのかは教えてもらえない。

 高学年になっても、保健体育の授業で身体の違いや生理については教えてもらえるのに、その部分だけ省いて説明されて、なのにやたら大事なことだって言われるから、「だからなに?」ってずっと感じてた。


 そういうわけなので、気になったから自分で調べることにした。

 こういうところは研究者のパパとママに似たのかな。

 おばあちゃんにお勉強とパパママとの連絡に使うってお願いして(嘘ではない)、タブレットを買ってもらって、インターネットも接続した。

 ちゃんと映像通話も繋ぎ、パパやママと顔を見ながらお話しできるのはすごく嬉しかったし、彼方を紹介もできた。


 さて保健体育の自習です。勉強なんです。ええ。

 先生が言うには大切なことらしいので、しっかり勉強しないとね。

 夜に自分の部屋でこっそり調べる。

 接続設定は頑張って全部ボクがやり、おばあちゃんに接続の年齢制限に関する知識は無かったので、調べ放題だった。


 結果・・・。


「わああ、男の人のってこんなにおっきくなるんだ・・・。」

(※個人差があります。)


「お口で・・・? ばっちくないの・・・? ・・・ええ!? そこはお尻の穴だよ・・・でも外人さんはみんなしてる・・・てことは普通なんだ・・・。」

(※あまり普通ではありません。)


「すっごい気持ちよさそう・・・。ボ、ボクにもできるかな・・・。あんなの入るかな・・・。」

(※早すぎです。)



 ・・・ボクは「むっつりスケベ」になった。


 「むっつりスケベ」なボクだから、保健体育の授業の理解は急速に進んだ。

 男女の体の違い。知ってる。

 生理。なんとなく分かる。

 妊娠。ああしてこうすると、そうなっちゃう。


 一番身近な異性である彼方には、もちろん興味津々だ。

 特にそういう授業があった日はどうしたって気になっちゃう。


(彼方のってどうなのかな・・・。彼方ぁ・・・。)


 ついつい隣で遊んでる彼方をじぃぃぃぃっと見つめちゃう。

 彼方の横顔を見ていると体が熱くなってくる。


(かっこいいよぉ・・・。彼方ぁ・・・すきぃ・・・。)


 お腹もきゅううううんってする。

 恋ってお腹でするんだ、と思った。

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