第2話 俺は策を巡らす。


 俺が決意を固めてからすぐ。

 2学期が始まってすぐの月曜日の放課後に、いつもの通り離れでゲームで対戦する俺たち。

 アプローチをどうするかは昨日すでに計画済みだ。


 コントローラーを操作する手は休めずに、なにげなく双葉に話しかける。


「双葉ー。」


「なんだー。」


「愛してるぞー。」


 ・・・。

 がしゃん。


 双葉の手からコントローラーが落ちた。

 操作が止まった隙に、赤い配管工が緑のトカゲを場外へはじき出す。


「なっ!ななっ!!あいっ・・・!? か、彼方?! おまっ!

・・・て、ああー! 彼方、てめっ、汚ねーぞ!」


「クハハ、勝負は非情なのだ。」


「こ、こここ、こんにゃろう! もう一回だこのアホ彼方ーーー!」


「その勝負、受けてやろう。」


 ガチャガチャ、ビシッビシッ。ホホーウ。ヨッシヨッシ。


「双葉ー。」


「なんだよっ。もう同じ手はくわねーぞ!」


「結婚しようぜー。」


「うっ!? ぐっ!ぐぬぬぬぬっ!」


 俺の『口撃』をこらえた双葉がそのラウンドは取った。


「どうだ!ボクの勝ちだ! ザマミロこんちくしょう!」


「ククク。いつまで耐えられるかな?」


 双葉は涙目で顔が赤い。可愛い。

 始まる第3ラウンド。


「双葉ー。」


「なっなんだよっ!」


「子供は何人欲しいー?」


「こどっ?!」


 その日の対戦は俺が勝ち越した。

 双葉にリアルで何度も蹴られたが、だいぶ弱々しくてむしろご褒美だ。

 真っ赤になって「怒ってるぞ!」って顔して玄関まで見送ってくれるのがすげー可愛かった。

 手汗がものすごかったのは双葉にバレなかった。



◆◆◆



 翌日、火曜日の朝。

 通学路のいつもの合流地点で双葉を待つ。

 双葉はいつも来るのが早いので、今日は早めに家を出て待つことにした。


「・・・む、彼方。今日は早いな。」


 昨日の対戦中のやり取りを根に持っているようで、ちょっとしかめっつらだ。可愛い。


「おはよう双葉。今日はリップを塗っているのか?なんか色っぽくて良いな。」


 いつもならここまでだが、今日はさらに追撃を掛ける。

 何気ない風を装って双葉の手を取り、手を繋いで歩き出す。

 転校してきてすぐの頃に繋いだことがあるような気がするが、当時は駆けずり回っていたから、手を握るなんて久しぶりだ。

 うお、手ちっちゃい。指細い。柔らかい。

 双葉が口をパクパクさせて顔は真っ赤になっている。


 まだだ!まだ終わらんぞ!

 姉の蔵書直伝!「ちょい悪男子ムーヴ」!

 手を引いて軽く肩をぶつけ、耳に顔を寄せる。


「今度の土曜、2人でデートしようぜ。その時には別のスカート姿も見せてよ。俺だけに。」


 ぐああ! 俺への自傷ダメージも凄いなこれ! だがやり始めたなら押し切れ!


「かかか彼方っ?! で、でー?! おまっ、そのっ!」


「嫌か?」


「あっ、ぐぅ・・・嫌じゃない・・・。」


 ぷいっと顔を背ける双葉。

 耳まで真っ赤だ。

 なんなら俺もきっとそうだ。


 いよっしゃあああああ!


 順調に意識させてやったるぜえええ!



◆◆◆



 その日も学校帰りは離れに寄った。

 双葉はソファで漫画を読みながらチラチラとこちらを伺っている。

 口数が少なく、目が合うと逸らされる。

 ・・・これは難しいことになった、かもしれない。

 意識させることには成功したが、同時に警戒されている気もする。

 これは良くない。

 ゲームしてテンション上がってハグとかまたして欲しい。


 悩んだ俺は、今日は大人しく漫画を読んで帰った。

 俺を見送る双葉はジト目だった。可愛い。

 笑いながら「また明日」と言って春日家を出た。

 帰り道、俺はコンビニに寄って献上品を手に入れた。


「たでーまー。」


 帰宅すると、姉弟兼用の勉強部屋で、学習机に向かって勉強する姉がみえた。

 姉は今年大学受験だが、成績は良く、合気道も習っている。

 本人曰く、大層モテるらしい。本当かは知らない。


 俺は姉に近づき、片膝で姉に跪いて献上品を捧げる。


「姉上、ハーゲンダッツ様をお納めください。」


「苦しゅうない。で、何の用?」


「双葉を口説いて俺の彼女にしたいので手伝ってください。」


 自覚した俺にプライドなど不要。

 ビシっと片膝立ちから一歩下がり、土下座へ移行。


「ほう。我が弟ながら、意気やよし。」


 こちらへ向き直り、学習机の椅子に座って肘をついて、俺を睥睨する姉の顔がなんとなく原哲夫先生の画風に見える。

 た、たのもしーい。聖帝十字陵とか作れそう!


 姉に促された俺は説明した。

 脳内シミュレーションの結果、このまま見過ごすと地獄を見ると気づいたこと、および、昨日今日のアプローチ内容と今日の放課後の様子を語って聞かせた。

 ふすま1枚隔てた隣の部屋で、父と母も聞き耳を立てている気配がしたが、構わぬ。

 双葉をこの手にするためなら、いかなる恥も犠牲も俺は厭わぬ!


「まずは貴様を褒めよう。

やんわりと好意を伝え、意識を向けさせたその手腕、なかなかのものよ。

このタイミングで我に相談してきた判断も悪くない。」


 お、姉から珍しくお褒めの言葉が出た。


「押す手を緩めた判断は間違っておらぬ。

だが陥りがちな誤りは引くことよ。引いてはならぬ。

だが押しすぎてもならぬ。

双葉ちゃんは男女の機微にまだ疎い。

今は混乱しておるはず。

故に必要なのは『勘違いではなく好かれてる。けど無理強いはしないようにしてくれてる。優しい!』という力加減よ。」


「な、なるほど。」


「姉の教えは守っておるか?」


「その壱は、双葉には毎朝必ず。他の女子には時々。」


「良い。双葉ちゃんへはその頻度をもう少しだけ増やせ。それだけでよい。

ただし、他の女子とは明確に差をつけよ。」


「他の女子とはあまり関わらないほうが良いと?」


「それは悪手よ。他の女子にもきちんと優しくせよ。ただし線を引け。

本命が誰か、傍目に見ても分かるようにせよ。

そして『彼方は双葉ちゃんを大切にしている。』という認識をクラスメイトに植え付けるのだ。

それが他の男子への牽制となり、コイバナ好きなお節介女子による援護射撃が期待できる。

他の女子にも優しくするのは、お節介女子を味方につけるためよ。

世論を味方につけるのだ。」


 ニヤリ、と姉が嗤う。


「あなたが俺の姉で良かった。」


 俺もニヤリと嗤う。


 姉はゆらりと椅子から立ち上がり、正座の俺を見下ろしながら俺に指を突き付ける。


「ひとまずの本命は週末のデートよ。貴様の私服を出せ。コーディネートしてやる。

父の服も選択肢に入れよう。」


 隣の部屋からふすま越しに父と母が動きだした気配がする。

 この日、我が家は挙国一致の体制となった。



◆◆◆



 学校では我が家の聖帝こと姉の指示の通りに振舞った。

 愛を語らせたら当家随一の知将だ。彼氏いないけど。


 休憩時間は無理のない範囲で双葉に話しかけ、昼休みはそれぞれの同性の友人と一緒に過ごす。

 双葉の友人付き合いも尊重し、同時に女子同士のコミュニケーションによる情報拡散を進める狙いだ。


 男連中とつるむのは楽しいが、女子の目があるところでは話題への乗り方に注意する。

 あからさまな猥談にのっかるのはNGだ。身体目当ての猿と思われる。もちろん本音は身体も心も全部が目当てだけど、そこをオープンにしてもほぼメリットはない。

 アホどもの下品めなフリは笑って突っ込んで流して、即、別の話題を振る。

 女子の目がないところでは楽しく意見交換しているため、「ノリが悪い奴」扱いされることは無い。

 母曰く「粗にして野だが卑ではない」ってのが理想だそうだ。難しいが、要は下品な真似はすんなってことだろう。多分。


 体育館の外階段の近くが昼休みの俺たち5人組の居場所だ。

 良くつるんでるこいつらは、小学校からの付き合いなので気安い連中である。

 ここは日陰になってて人通りは少ない。

 もうちょい奥は告白スポットになってるらしいが、校舎の方向的にこっちを通る人はほとんどいない。


「で、彼方はやっぱ春日と付き合ってんの?」


「毎日一緒に登下校してるもんなー。」


「春日は顔は可愛いけど、ちょっとおっぱいが物足りないよなー。」


「それな。」


「双葉は可愛いから、取られる前に今アプローチ中だよ。」


 男どもへの牽制も忘れない。

 どこからどう伝わるかは分からないため、言葉は選ばなければならないが。


「お~。じゃあ彼方は俺のライバルにはならねーな。」


「井上は近藤さん狙いだろ?」


「つかほとんどの奴は近藤狙いじゃね?」


 近藤さんは「ザ・清楚」って感じの正統派美少女だ。

 ストレートロングの姫カットでおっぱいはそこそこ。

 接点がないのでどんな子なのかは良く知らないが、こいつらがよく話題に挙げるので名前に変に馴染みがある。


「俺は鶴田さんがいいな~。」


「おっぱいか。」


「おっぱいは正義。」


 鶴田さんは大人しい印象のボブカットの子だ。

 彼女が歩くと、「ゆさり、ゆさり」と揺れるのは圧巻だ。身体は小さくて細いのに。

 双葉の友人で愛嬌のある良い子なのだが、どうしても胸に目が行くので視線にはかなり気を遣う相手だ。

 おっぱいが机の上に乗っかってるのを見た俺は思わず双葉のそれと見比べるところだった。


「貧乳派は彼方だけみたいだな。」


「為になる先人の名言を教えてやる。『おっぱいに貴賎なし』。」


「いい言葉だ。」


「真理みを感じる。」


「ところで『バブみ』ってどうなん?」


「村田はちょっと生き急ぎすぎじゃね?」


 俺たちの昼休みは大体こんな感じだ。



 また、他の女子への気配りも忘れない。

 アホな中坊男子がサボりがちな、日直の黒板消しや授業の用具運びを手伝ったりする。掃除も真面目に取り組む。

 「ちょっと男子ー!」なんて言われるのは下策だ。


 しかし、あくまで最優先は双葉だ。

 双葉以外の好感度稼ぎはそこそこでいい。

 双葉とは一緒に登校し、一緒に下校する。

 帰りに離れに寄るのも変わらないが、最初のようなあからさまなアプローチは避ける。

 つかちょっとやりすぎた。

 なんだよ「ちょい悪男子ムーヴ」って。


「彼方。今日、鶴ちゃんのこと見てたよね。」


 離れで漫画を読んでた双葉が突然俺にキラーパスを出してくる。


「ああ、村田が鶴田さんをいいなって言ってたんだよ。それでなんとなくな。」


「ふーん。」


 何気なく答えた。動揺は見せてない。はず。

 双葉のおっぱいを物足りないなどと抜かした村田は売る。慈悲はない。

 双葉へ目を向けるとジトッとした視線。可愛い。


「ん?」


 と俺が惚けて双葉に微笑みかけながら首をかしげる。

 ひょっとしてこれは嫉妬かな?嫉妬だと嬉しいなあ。嫉妬であれ。


「別にっ。」


 ぷいっと目を逸らして赤くなる双葉マジ可愛い。





 今日もいつもの昼休みの体育館脇。

 しょんぼりした村田がパンを齧りながら愚痴をこぼす。


「なあ、なんか俺、鶴田さんに避けられてねえ?」


「村田はエロいからしょうがないね。」


「悲しいけど、こいつって変態なのよね。」


「ひどくねえ?!」


 俺は、村田の尊い犠牲によって、女子のネットワークの恐ろしさを実感した。


 そして、ついに土曜日を迎えた。

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