幼馴染との距離の詰め方(加筆版)

広晴

第1話 俺は気付いた。

(作者より)

 本作は短編として発表した同名の拙作に加筆したもので、1〜3話の話の大筋は短編とまったく同じです。

 彼方パートでは大きな加筆は双葉の両親との絡みと同級生との絡みくらいですので、すでに短編をご覧の方は、「俺」で始まる副題部分(1~3話)は斜めに読んでいただいて問題ないと思います。

 「ボク」で始まる副題の部分は同一時系列での双葉視点になっていて、彼方パートを読んだ前提で書いていますので、予めご了承ください。

 7話以降は短編より後の話で、「俺」と「ボク」の時系列は同一ではありません。


◆◆◆

<本編>



 小学校3年生の春、その女の子は転校してきた。

 髪はショートカットで日に焼けていて、男の子のような子だった。


「春日双葉ですっ!よろしくお願いしますっ!」


 大きな声で元気よく自己紹介をして、にかっと笑ったその子は、いい奴そうに見えたので、俺はすぐに休み時間に話しかけた。

 その子はサッカーとアクションゲームが好きで、すぐに俺たちと仲良くなった。

 そんな感じの子だったから、その子は女子よりも男子と話す方が気が合って、昼休みはすごい勢いで給食を食べ、先頭に立って外へ駆け出して、男子全員と時間ぎりぎりまで駆けまわっていた。


 俺の帰り道の途中あたりに双葉の家があり、クラスでは唯一帰る方向も同じだったので、放課後にはいろいろ話しながら一緒に帰った。

 双葉が来るまで寂しい下校だったので、嬉しくってたくさん話した。

 話題はいくらでもあった。


 学校のこと、男子のこと、女子のこと。

 父親のこと、母親のこと、姉のこと。

 双葉は楽しそうに俺の話を聞いていた。


 双葉も俺に話してくれた。

 仕事で海外へ行った両親のこと。

 両親の行先がちょっと危ないところなので、おばあちゃんに預けられたこと。

 おばあちゃんは優しいけど、時々ちょっと怖いこと。

 おじいちゃんは仕事で都会にいること。


 ちょっとだけ双葉の眉がへにょっと垂れたのがなぜか気に食わなくて、姉の得意技「求愛するゴリラに追われるベルゼブブ」を披露したらすっげー受けた。良し。


 そんなこんなで日々は過ぎ、俺たちはすっかり一番の仲良しになっていた。


「彼方!ボクんち寄ってけよ!ばーちゃんがお菓子食わしてくれるって!」


 家でおばあちゃんに俺の話をしたところ、招待しろと言われたらしかった。


「おう!行く行く!」


 小学3年男子に遠慮などあるわけもない。

 普段の帰り道を逸れて丘のてっぺんまで登ると、白い塀が長く続く家があり、やたら立派な門の横に「春日」の表札が付いていた。

 和風の豪邸だったが、そこは小学3年生、「へー」程度の感想でほいほい双葉と共に門をくぐり、優しそうなおばあちゃんに出迎えられた。


「いつも双葉と遊んでくれてありがとうね。お菓子とお茶を準備するから、今日はゆっくり双葉と遊んでいってね。」


 とのお言葉に素直に甘え、双葉の部屋にいった俺はその部屋を見て「スゲー!」と叫んだ。

 俺の家はこじんまりとしたアパートだったので、姉と同じ部屋に押し込められていたのだが、春日家には双葉個人の部屋があることにまず驚き、その部屋の広さ、また双葉専用の大画面テレビとゲーム機があるのを見た俺は大興奮で双葉を急かしてゲームで対戦した。

 はしゃぐ俺を見た双葉もハイテンションで俺と戦い、後からお茶と美味そうなお菓子を持ってきたおばあちゃんもニコニコして俺たちが遊ぶ様子を見ていた。


 それからもたびたび俺は双葉に誘われ、双葉の家に寄ってゲームで対戦し、互いに腕を磨いた。

 他の友達の家に集まることもあったけど、不思議なことに春日家へ呼ばれるのは俺だけだったので何故かと聞いてみた。


「ばーちゃんが、『おうちに呼ぶのは一番の友達だけになさい』って言うんだ。」


 とのこと。

 後から考えると、何しろあの豪邸だ。

 よからぬ連中が友達面して上がり込むのを警戒していたんだろう。

 その点、俺はおばあちゃんから合格をもらったらしい。


 ともかくそれを聞いた小3の俺は嬉しくって、


「そっかー。じゃあ俺たちは親友ってやつだな、きっと!」


 なんて言って、「だな!」ってにかっと笑う双葉と笑いあった。


 それから小学校の間はずっとクラスが一緒で、相手が双葉だったからか「いつも女と遊ぶ奴」みたいな頭の悪いからかいもなく、付き合いは続いた。

 互いの誕生日をそれぞれの家で祝い、たまに帰ってくるおじいちゃんに挨拶し、ご両親ともネット経由で映像通話で話した。

 体育で男女別々に授業があった日だけ、双葉にじぃっと見られて何だか態度がおかしかったが、すぐに元に戻った。



◆◆◆



 中学に上がって初めて俺は気が付いた。

 双葉が、すごく可愛いことに。


 入学式は一緒に登校しようと約束していたので、うちの母と合流地点へ向かうと、おばあちゃんと中学校の制服を着た双葉が待っていた。

 俺はその時、初めて双葉がスカートを履いているのを見た。

 すごく似合っていた。可愛いかった。ぶっちゃけ見惚れてフリーズした。口が開いてたと思う。

 双葉が女子だってことを俺は思い出した。


「彼方、どうした?」


 って聞いて上目遣いで顔を覗き込む双葉は反則的に可愛かったが、我に返った俺は思わず目を逸らしてしまった。

 だが、同時に姉の顔と言葉がフラッシュバックした。


『姉の教えその壱!女の子はとにかく褒めよ!優しくせよ!常に褒めるところを探せ!』


 それは中学に上がる俺に姉が叩き込んだ鉄則であった。

 『その弐』以降は姉を敬えとか、姉に貢げとかの戯言だったのでもう忘れた。

 4歳年上の姉は続けて言った。


『阿呆な中坊男子はすぐにクソつまらん意地を張って女の子を傷つける!

彼方がそんなクソガキにならんように、アタシが教育してやる!

特に!双葉ちゃんを傷つけたら顔の形が変わるまで殴る!』


 双葉が家に遊びに来た際に、双葉と姉はものすごく仲良くなっていた。

 なんなら弟よりも可愛がられていた。

 もとより姉には逆らえない。


 俺は首をぎりぎりと元に戻し、逸らした目を懸命に双葉へ戻して褒めるところを探した。

 いや、探す必要はなかった。


「可愛い。」


 一言目はぽろりとこぼれ出た。


「制服似合ってる。スカート初めて見た。可愛い。」


 双葉は大きな目をこぼれそうなほど見開いてびっくりしてから、ちょっと顔を赤くして、


「だろ!」


 と言って、にかっと太陽みたいに笑った。

 いつもどおりの、いや、いつも以上の笑顔に、俺は安心した。

 同時に姉に深く感謝した。俺は間違えなかったらしい。

 上機嫌の双葉と話しながら、うちの母と双葉のおばあちゃんの生暖かい視線は無視した。




 中学に上がってからも一番仲がいいのは双葉で、クラスも同じになり、帰りに双葉の家に寄ってゲームしたり漫画読んだりして帰るのも変わらない。

 時々はそれぞれの同性の友達と遊ぶこともあったが、月のうち20日くらいは一緒に居た。

 ただ、双葉の部屋は本宅の2階から離れに移っていた。


「中学に上がったお祝いにボクにここくれるってさ!スゲーだろ?」


 なんちゅうスケールのでかい進学祝いだ。

 俺なんか交渉の末、ゲームソフト1本だったというのに。

 離れの周りには竹藪があって、俺たちがゲームをしながらギャーギャー喚いてもぜんぜん大丈夫そうだ。

 おばあちゃん、いつも煩くしてごめんなさい。



 あと、中1の夏休みには、帰国したご両親に初めて直接会って挨拶した。

 以前、映像通話で見ていたとはいえ、かっこいい親父さんとキレーな母ちゃんだなーとぼけっと見ていた。

 うちの腹の出た親父と、ざっくばらんな母ちゃんとはエライ違いだ。

 双葉は大人になったらこんな大人になるのかな、なんて考えていた。


 ご両親には学校での双葉のことなんかを聞かれ、俺自身や両親、姉の話もした。

 ニコニコしながら聞いてくる2人に挟まれて、双葉はちょっと恥ずかしそうに、でも嬉しそうにしていた。

 春日家と一緒に遊園地に連れて行ってもらったりしながら滞在期間の2週間はあっという間に過ぎた。


「おばあちゃんから聞いていた通りの子で安心した。」

「彼方君、双葉をよろしくね。」


 そんな言葉を俺にかけて、2人はまた飛行機に乗って海外へ戻っていった。



 こんなことがあったりしながら中1の日々は過ぎる。

 俺たちは変わらず、学校帰りに離れで遊ぶ生活が続いた。

 2人とも部活には入らずに、離れで2人で過ごすのは心地よかったが、俺の内心では、じわじわと心境に変化があらわれていた。


 双葉は6年生の終わりごろから、俺の姉に言われて髪を伸ばし始めていた。

 いまは首にかかるあたりまで伸びているが、手入れをサボっているらしく、時々うちに来た際に姉に怒られていた。

 変化はそれくらいで、離れでゲームをしたり、漫画を読んだりと、やってることは小学生のときと変わらないのだが。


 髪を伸ばして制服のスカートを履いている双葉は、見間違えることも忘れることもできないくらい「女の子」で、時々ベッドにうつ伏せで漫画を読んでいる双葉の制服のスカートがめくれているのが目に入ったりして、内心、大いにドキドキしていた。


 その一方、『姉の教えその壱』はできるだけ毎日、朝一に実行するように努めた。

 始めは毎日は無理だったが、姉の拳と、入学式の時の双葉の笑顔が、俺のモチベーションとなっていた。

 入学式から、なんとなく合流地点で双葉が待っていてくれるようになっていて、毎日一緒に登校していたので、挨拶直後がチャンスだ。


「おはよう双葉。その髪留め、昨日姉貴にもらってた奴? 似合ってるな。」


「だいぶ髪伸びたよな。ショートも良かったけど、それも良いな。」


 歯が浮くようなセリフもだんだん恥ずかしがらずに言えるようになってきた。

 毎週末に行われる姉との秘密特訓の成果だ。

 まあその返事はおおむね、


「おう、ありがと!」


「けっこう髪の手入れってめんどいんだよなあ。」


 といった色気のないものだったが。



◆◆◆



 何やら「もやもや」するうちに中1は終わり、中2の夏休みになった。

 夏休みには何度か2人でプールへ行ったり、学校の連中と集団で夏祭りに出かけたりした。

 それ以外の日は大体、春日家の離れだ。


 夏らしい薄着、日焼け跡の残る肩、焼けてない部分の肌の白さ。

 胸はぺったんこだったが、双葉は離れでは無防備だったので、ときーたま、ショートパンツの隙間から見えるブルーの何かや、胸元から見えるピンクの先端に気が付いて慌てて目を逸らした。


 そんな中学2年の夏休みが終わるあたりで、ようやくガキの俺でも「もやもや」の正体に気が付いた。


(俺、ひょっとして双葉に惚れてる、のか?)


 確かに双葉は可愛い。

 最近の髪型はショートボブ。日に焼けてて背は低め、目がでかくて、細くてすんなり伸びた手足。

 運動が得意だが、意外と趣味はインドア寄り。

 屈託なく笑う顔は、少なくとも俺から見たら学校で一番の美少女だ。


 だが待て。

 ゲラゲラ大口開けて笑って、胡坐かいてゲームして、協力プレイを2人でやり遂げたらぐいぐい肩とか組んでくるちょっといい匂いのする女だぞ。

 漫画読んで笑ったり泣いたりして、2人でジブリの映画見て感動し過ぎて顔ぐちゃぐちゃになって、恥ずかしくて俺の背中に顔押し付けて隠して、「顔見んなー!」って抱き着いたままじたばたして、俺のTシャツの背中をべしょべしょにした女だぞ。

 そういやあんときの帰り、ばあちゃんから謎の圧が出てて、双葉が慌てて状況を説明するまで怖かったっけ。

 やっと意味が分かった。中2の男女が密室で二人きりで長時間過ごした後、孫娘が泣きながら出てきたんだもんな。


 結論。

 可愛いやないかい。


 いやいや待て待て。お、落ち着け。よく考えよう。

 シミュレーションだ。

 仮に、これが恋とかではなくて、俺の勘違いだったとしよう。

 その場合、当然ながら俺たちは友達のままだ。

 だが、双葉は可愛いからこれから恋人だってできる。


 そうするとだ。

 双葉の一番は、俺ではなくなり、そのクソ野郎が一番になるわけで。

 離れに来るのも、そいつになって。

 俺はもう行けなくて。

 恋人だから、双葉はそのクソ雑魚野郎と二人きりで、離れで・・・。

 ・・・(ブルーの思い出再生中)。

 ・・・(ピンクの思い出再生中)。



 アアアアアアアアァッァッァッァーーーーーーーー!

 無理!!

 絶対、許せん!!!

 双葉の一番は俺だ!!!!

 双葉の初めては全部俺がもらう!!!!!

 誰にも渡さーーーーん!!!!!!


 はあはあはあ。


(うん。俺は双葉に、もうどうしようもなく、惚れてる。)


 しかし同時に考えた。


(俺はたぶん、男と認識されてない。)


 幼馴染の弊害という奴だろう。

 互いに親友と思ってたし、俺も周りにそう言っていた。

 朝一の誉め言葉に対する対応からも、あまりそういう風に見られてるとは思えない。

 ここから放っておいてもいつか自然に距離が縮まる、なんてのは自分に都合のいい妄想の類だろう。ソースは姉の蔵書。


 現在、まだ双葉は恋愛ごとには興味が無さそうだし、周囲の男どももやっとエロに関心を持ち始めたばかり。

 だが姉の薫陶と少女漫画により、女の子が早熟なのはすでに叩き込まれていた。

 つまり安心していれば、どっかの誰かにかっさらわれる。


 姉のおかげで自分の状況を客観的に見ることができ、早めにスタートを切れる俺は幸運かもしれない。

 そう前向きに考えた俺は、アプローチを始めることを決意した。

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