まさか俺が?誰だって初めは、そう思う…(雨が、好きだ)
ninjin
第1話 プロローグ
雨が好きだ。夏前の雨が。
雨は嫌いだ。冷たい雨は大嫌いだ。
五月の初め、さっきまで広がっていた青空に、生暖かい南風がぴゅぅとひと吹きすると、みるみる内に頭上に真っ黒な雨雲が現れ、瞬く間に激しい雷と土砂降りの雨がやって来る。
雷鳴が轟く。
俺は慌ててバイクに飛び乗って、ジーンズにTシャツのままでずぶ濡れになりながらビーチを目指す。
西の空はもう明け始めている。
夏を迎えに、俺はバイクを走らせる。
「今日は夏の匂いがしてさ」
そう言う俺に、久志はいつものように呆れた口調で「で?」と返す。
「だからさ、こんなにずぶ濡れな訳よ」
「バカなの?」
「それは褒め言葉か?」
「そーかもね。君にとってそう思えるなら、そうなんだろうさ、きっと」
久志は一度カウンターの奥に消え、戻って来ると、俺にバスタオルを投げて寄越し、言う。
「取り敢えず、それで拭いて、そんで、それを椅子に敷いてから座ってよ。僕の店を水浸しにするな。それと、その履いてる靴も脱いで。僕のビーサン貸してやるから」
俺は「おう、サンキュー」とそれを受け取って、それから「ハイネケン、1本ね」と言いながら頭を拭き始めた。
「ビール飲むのかい?バイクでしょう?」
「停めて帰るよ。いいだろ?」
そう言いながらタオルを畳んでそれを椅子に敷いて、腰掛けようとする俺。
「おいおい、ちょっと待ったぁ。まだちゃんと拭けてない。ちょっと待ってて。もう一枚タオルと、仕様がないから、僕のワイシャツも貸してあげるよ。シャツは洗って返してよ」
久志に座ることを止められて、暫しその場に立ち尽くす俺に、再度カウンター奥からバスタオルと今度は白のワイシャツも持って戻った久志は、「ほれ」と言って今度はカウンターの上に置く。
「はいはい、んじゃ、濡れたTシャツ入れるビニール袋か何かくれ。それと、早よ、ハイネケン」
「ったく、君は、いつまで経っても世話が焼けるね。歳は幾つになった?」
「お前と一緒だよ」
これは最近のお約束のやり取りだ。二人の目が合って、二人同時にクスクスと笑い出してしまう。
そう、俺達は地元の高校の同級生で、高校卒業後、俺は地元の大学へ、久志は地元の専門学校へ通い、そして卒業後もそのまま地元に残った二人だった。
大学、専門学校をそれぞれに卒業した後、僕は就職もせず、ドラッグストアで薬剤師として週に四日のパート生活をし、久志は三年のサラリーマン生活の後、親に借金をして、ここでカフェバーの経営を始めていた。
高校卒業から、やがて九年が経ち、来年で節目の十年になる。
卒業式の晩、あんなに涙を流して、皆との別れを惜しんでから十年かぁ。皆、どうしているのだろうか。
確か、来年の正月に卒業十周年にして、初の正式な同窓会を企画しているらしいことを、やはり地元に残っている同窓幹事会の連中に聞かされていた。
濡れたTシャツを久志に借りた白のワイシャツに替え、今度は「もう座っていいか?」、そう久志に確かめると、久志は左眉だけを少し上げて「いいよ」と答えた。
「なぁ久志ぃ、こないだ聞いた、来年の同窓会の話、お前行く?」
久志は聞こえているのかいないのか、ハイネケンの栓を抜きながら、「グラスは?」と訊いてくる。
「あ、要らないよ。でさ、行く?行かない?」
「そうだね・・・。まだ半年以上先の話でしょ。決めてないよ」
なんだ、聞こえていたんじゃないか。
「半年なんて、あっという間だぜ、多分」
「そうかもね・・・」
俺は出されたハイネケンを一口飲んで、ふと、久志の表情が気になった。
そして思い出す。八年前のあの日のことを。
薬学部の二年生として地元の大学に通っていた俺は、所謂フツーの大学生だった。
朝、自宅から学校に行き、昼の三時過ぎには受講を終え、週に三日ほど夕方の五時からアルバイトに勤(いそ)しみ、夜の十時には帰宅する。
日によっては午後からの学校だったり、アルバイトの無い日や週末には大学の友人との飲み会や、当時付き合っていた加奈子(中学の時の同級生で、隣の女子高を卒業後、バス会社でバスガイドの仕事をしていた)とのデートを楽しみ、それなりに充実した日々を送っていたと思う。
あの日のあの時までは・・・。
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