26話「元気になってくれました」
「さて、キース殿。早速向かおうかと思いますが、よろしいですか?」
朝の集まりが終わって、それぞれの持ち場へとみんなが向かっていく中、ルナはキースを袖を軽く摘まんで、案内に連れて行こうとしている。
「すみません、もう少しだけ待ってもらえますか? ルナは先に外で待っていただけると、嬉しいです」
もちろんルナに付いていく予定ではあるものの、キースとしては先にやっておきたいことがまだ一つ残っている。
「ふむ、そうですか。では、城を出たところでお待ちしていますね」
「ありがとうございます。そんなに時間はかかりませんので」
キースの言葉にルナは軽く頷くと、そのまま出て行った。
残っているのは、ミサラとキース、ミーシャの3人となった。
「さーて、我も少し用事があるからここを離れるとするかのー」
いつもは抑揚がしっかりついた話し方をするのに、あまりにも不自然な棒読みで独り言をつぶやくいて、ミサラはどこかに行った。
先ほどの話から、二人にしておこうという皇帝なりの配慮なのだろう。
ただ、どちらかというとこの後の展開に興味があるという気持ちが強いのか、退室する間もこちらを何度も見ながらゆっくりと出て行った。
……もしかすると、どこかから盗み見をしている可能性もある。
「じゃ、じゃあ私も弓兵達の様子を見に行くね!」
「み、ミーシャ! 待ってください!」
「は、はいっ!」
逃げるようにして出て行こうとするミーシャを、キースは慌てて呼び止めた。
呼び止められると、ミーシャは体全体を飛び上がらせて立ち止まった。
同時に、いつも軽い雰囲気のミーシャには似合わない意気のいい返事まで返ってきた。
「酔ったこと、そんなに気にしないでください。また飲みに行きましょ?」
「……本当にそう思ってくれてる?」
「もちろんです。ミーシャは酔ってしまった時の事を気にしていますが、特に変なことをしたわけではありませんよ?」
「でもさ、酔いつぶれた私をどうしようかって、途方に暮れたでしょ……?」
「それぐらいのことは、全く問題ありませんよ? 先ほど陛下がおっしゃられていましたが、誰かが居ると安心するのでむしろ助かったぐらいです」
「そ、そっか……」
ミサラがミーシャが聞こえるように言ったこともうまく使いながら、話をしていく。
不安そうにキースを上目遣いで見ていたミーシャも、安心してきたのかちょっとずつ笑みが戻って来ている。
あともう少し推すことが出来れば、大丈夫だろうか。
「先ほども言いましたが、昨日レックと飲みに行きました。そこで、酔い潰れるということはそれくらい安心して飲んでくれていることなのかなって思いましたし」
「も、もちろん安心してるよ!」
「なら、それだけ十分です。酔ったところも可愛らしかったですよ?」
「えへへ、ならまた酔っちゃおっかな?」
大分いつものミーシャに戻ってきた。
多少の失敗があっても、軽く笑うぐらいがミーシャのイメージによく合っている。
「自分と居る時は酔ってもらっても大丈夫ですよ。ただ、他の男性と居る時は酔わないようにしてくださいね? 無事で済みませんから!」
「え、それって……。他の男と居たらヤダってこと?」
「……?」
一瞬、ミーシャが何を言っているのか分からなかった。
だが、自分がさっき発言したことをもう一度振り返ってみて、不適切な発言をしていたことに気がついてしまった。
キースからすれば、「今まで酔いつぶれたことがなくて、初めて酔いつぶれたと思っているので、今後はそういうことが無いようにしてくれ」と言ったつもりだった。
しかし、ミーシャからすれば異性と飲むことにはかなり慣れている。
そのため、「他の男の前で酔いつぶれるのだけは、ダメです!」と、彼女のことが不安でたまらないといった発言に聞こえたようだ。
……いや、不安であることは違わないので、単純に言い方が違うか。
つまり、貞操的なことを気にしていると思われているという意味が正解か。
「まぁ、そういうことですかね……?」
ミーシャの考えていることとは違うとは言えず、歯切れ悪く肯定することになった。
「……うん。酔うのはキースの前だけするね。その時は、ちゃんと面倒見てくれる?」
何故か分からないが、ちょっと顔を赤くして嬉しそうにしている。
迷いながら返事をしたので、まずいかもしれないとキースは思っていたのだが、ご機嫌な彼女の様子を見てホッとした。
「もちろんです。ちゃんと横にいますからね」
「うん……!」
「ではルナが待っているので、自分はそちらに行きますね」
「私も、弓兵たちの訓練に行ってくる! お互いに頑張ろうね!」
「はい。また日を改めて、飲みにお誘いしますね」
「楽しみに待ってるね」
最初に出会ったときのような明るい笑顔を浮かべるようになったミーシャは、嬉しそうに退室していった。
なんとか、彼女との仲が微妙なことになってしまうことを防ぐことが出来た。
「お主……。夜に抱くときも、そんな感じで迫ればあいつはイチコロだぞ?」
「へ、陛下! いつの間に……」
いつの間にか、ミサラはいつものポジションで書類に目を通す作業に戻っていた。
いつ戻ってきたのか、全く気が付かなかった。
「やらしいのぉ。遊ぶことの多いミーシャに、敢えて貞操を気にさせるような言葉を掛けるとは。やり手としか言いようがないな」
「いや、私は単純に心配の意味を込めて……」
「こういったことに関するお主の言い分は、全く当てにならん。ルナを待たせているのだから、早う行けぃ」
「は、はい……」
弁解する隙もも与えられず、キースはルナのもとに向かうべく、ミサラのいる部屋から退室した。
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