9話「重鎮たちと面会②」
「おはよう御座います……って、入って早々うるさいんですが」
レックとミーシャが喧嘩を続ける中、新たに一人全身ローブに身を包んだ女性が入ってきた。
ローブとはいえ、昨日の夜にあったあんなものではなく、しっかりした生地で刺繍が入っている。
「おお、ルナも来たか。いつもの痴話げんかをしとるのだよ」
「そういうことですか。ったく、こうして新しい方を迎え入れる日だというのに。……そこにおられる方が例のキース殿ですか?」
「そうだ。この者が、お主の”因縁の相手”だぞ」
「そうでしたか……。ふむ」
ルナと呼ばれた女性は、キースを興味深そうにじっくりと見ている。
ミサラと同じくらいの年だろうか、小柄でより子供っぽく見える。
それに、”因縁の相手”とは、一体どういうことなのだろうか。
「キースと申します。これからよろしくお願いします」
「ご丁寧にありがとうございます。私はヴォルクス皇国魔導士編隊総大将兼この国の軍事総責任者であるルナと申します。以後、お見知りおきを」
「簡単に言うと、我が国の軍師だな。戦争中、お主とルナが、前線での駆け引きをしていた、ということになる」
「そ、そういうことでしたか……!」
目の前の小さな女の子が、この国の大軍を指揮して動かしている。
そして敵対する相手として、知恵比べをしていた相手とこう面を合わせると、何か言葉にしがたい不思議な気持ちになる。
「前線での駆け引き、なかなかの采配をする相手だと思っておりました。ただ、終戦6か月前から急に戦術が無くなったように崩れましたが、あれは一体?」
「ああ、それはですね……。全権を持つ貴族たちの怒りを買って、自分が軍事責任者としての任を解かれてしまったので」
「なるほど、それで無能なものが指揮を執るようになったのですね。ようやく分かりました。あれほどこちらと駆け引きできる人が、急に変なことをするとはどうしても思えなくて」
「こちらとしては籠城しただけですから、戦術も何もありません。因縁の相手……というほどではないですよ?」
当たり前のことだが、攻める方が守ることよりも何倍も難しい。
慣れない土地に侵入するということや、そのまま前線ライン維持をするということは、並大抵のことではない。
「ルナ、どうやらキースは勘違いしとるようだな」
「そうですね」
「え?」
「私があなたのことをそう言うのは、9カ月前のある戦闘で、あなたに負けたからです」
「あ~……」
ルナが言っている戦闘について、キースには記憶がある。
確かに、自分自身で采配を揮った。
ただ、あの戦闘は……。
「何ですか、その反応は」
「いやいや。鮮明に覚えていますよ」
ここで話すと、面倒なことになりそうなのでルナと二人で話せるときがあるなら、ちゃんと話をすることにしよう。
ルナは負けたと言っているが、こちら側からすれば勝ったとは思っていないので、微妙な反応をしてしまった。
「ねぇ~~!ルナ~~! レックがまたうざいんだけど~~~!」
そんな時に、ミーシャがルナに泣きつき始めた。
「あ、朝から何ですか! 今、私はキース殿とお話を……!」
「そんな戦術とか、難しい話は今はいいからさぁ~~! 味方してよぉ~~!」
「わ、私に言われても何も分からないんですって!」
「真面目なルナと、軽いミーシャ。ああ見えてもこやつら二人、かなり仲が良いぞ」
「そ、そうなんですね」
性格が真逆で、あまりこの二人合わないのだろうなとすぐに思ったが、そうでもないらしい。
ルナは知らないと言いながらも、ミーシャの頭をなでているので、そこまで嫌でもないのだろう。
「いつもこうなると、ルナに泣きつきやがる。これだから、男の俺の肩身は狭いんだっての……」
「そう思うなら、真摯になりなさいよ!」
「はいはい、ミーシャもその辺りにしましょう」
「……ルナがそう言うなら、もうやめる」
「はい、それで良いです」
ミーシャの方が体も大きいし、間違いなく年齢も上のはずなのだが、こうして見るとどちらが年上なのか、全く分からない。
ルナの包容力が想像以上で、そんな光景もほほえましく映ってしまうのだが。
「ルナが来たから、後はネフェニーとミストか……。あやつらは遅刻か?」
「おそらくそうかと思います。ネフェニーは昨日も夜遅くまで酒を飲んでいましたし、今頃爆睡しているのではないかと」
「ミストもうっかり癖ありますからねー。急がないのであれば、そのうち来るかと思いますが」
「ではもうネフェニーはまた今度でよい。顔合わせしたところで、キースを飲み仲間に誘おうとしかしないだろうしな」
ネフェニーという人を、今日ここに来させることを諦める決断を下した。
「ミストさんは分かりますが、ネフェニーさんはどのような方なのですか?」
「ネフェニーは槍騎兵部隊のトップを務めておる。実力があるが、酒癖が悪くてな。遅刻はかなりの頻度だな」
「ちなみに名前からして、女性ですかね……?」
「うむ。よくレックが酒飲みに駆り出される。ミーシャとロアはさっさと誘われる前に逃げて、ルナはまだ酒を飲める年ではないからな。消去法でレックにしかならんと言っておったぞ」
「消去法とはなんだ! あいつの酒飲みについていくの、かなりきついんだぞ……」
「男前の飲み友達が欲しいと言っておったから、キースが狙われるのは間違いなかろう。レック、お主ネフェニーと飲むのが嫌なら、キースに代わってもらうように頼むことだな」
「そ、それはキースに申し訳ない気がするのでしないでおきます」
レックはすぐに首を横に振った。
話を聞く限り、とてもやさしく真面目な人だ。
早く友人になれそうで、少しキースもホッとした。
「まーお主の言うことが、聞き入れられれば断るのもありだが、あやつはキースを見たら、お前のことなど居ない者のようになるぞ」
「ええー……」
ミサラは興味なさそうに、そう言い切ってしまった。
レックはそれを聞くと、がっくりとした。
うんざりしているとはいえ、女性に必要とされることは男からして悪い気はしない。
この一通りの話を聞いていると、レックはいじられ役であり、ちょっと不憫な立場にいるのかなとキースは思った。
肩身が狭いと言っていた理由が、少しだけわかったような気がした。
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