マフラーマン
春雷
第1話
「今週マフラーマン観た?」
「観た」
これがあいつと毎週交わした会話で、あいつと交わした最後の会話でもあった。
「やっぱり習志野さんの演出回は良いよ。マフラーマンの哀愁みたいなものを良く表現できてる。分かってるんだよ、あの人は。マフラーマンのこと。ちゃんと」
マフラーマンとは特撮のヒーローのことだ。ちょっと前に放映してた特撮で、マニアックだがカルト人気のある作品だ。現在、再放送をしている。あいつはDVDを全部持っているが、やはり深夜にテレビで見るのは一味違うとか何とか言っていた。
僕とあいつはマフラーマンに限らずマニアックな特撮が好きで、良く特撮の話をした。あそこの回が良いとか、あの監督の回はダメだとか、世間のことなど何にも知らない若者2人が何にも知らないくせにぎゃあぎゃあ議論を交わしていた。
大学生にもなるというのに、俺たちは政治の話や社会の話や将来の話なんか一切せずに、特撮の話ばかりしていた。
今にして思えば、あれが青春だったのかもしれない。
ある日。
俺はあいつと2人で歩いていた。どこに向かっていたかはちょっと思い出せない。
「なあ」
いつになく重い口調であいつは口を開いた。
「俺、恋人ができるかもしんない」
そんなことを言った。
あいつは俺の驚いた顔を期待したのだろうが、俺は別段驚いた調子もなく、
「ああ、そう」
とだけ言った。
「うん」
と、それだけを言ってしまって、あいつはそれきり黙り込んだ。
それからどうなったか、あまり覚えていない。
何か重要なことを話したような気もするし、またくだらない冗談を言い合っていた気もする。
そして、俺の家が近づいてきて、じゃあな、とあいつに言おうとした時、
「あのさ」
と、あいつは言った。
「あのさ、俺、こんなじゃん?」
「こんなとはどういうことだ」
「こんなってのは、何つーか。色恋とか、さ。これまで関わりない人生を歩んできたわけじゃん」
「それがどうした?」
「だからさ、ちょっと怖いんだよ。俺の世界が変わっちゃいそうで」
あんまり真剣な口調で言うので思わず俺は笑ってしまいそうになったが、そんな場面でないことは俺も承知していた。
「大丈夫だよ」
おそらくあいつが言って欲しかったであろうセリフを俺は吐いた。
でも今にして思えば適切な言葉ではなかった。
「そっか。そうだよな」
どこか寂しげな表情であいつはそう言った。
「うん」
「ごめんな、変なこと聞いて」
「全然」
「じゃあ、また明日」
「うん、じゃあな」
そして俺は家に帰った。
その次の週だったと思う。
あいつが大学に来なくなった。
さすがの俺も心配になってきて、あいつに電話をかけようとした。
でも俺はあいつの連絡先を知らないのだった。
家の住所も知らない。いや、それどころかあいつが特撮好きということ以外あいつについて俺はほとんど何も知らないのだ。
風邪でもひいたのだろう。俺はそう考えて、それきりにしておいた。
他の友達と飲みにいったり、ゼミでの課題に追われたりしてその週は過ぎた。
そして次の週。
俺はあいつがリンチを受けていたことを知る。
女にあいつに思わせぶりな態度を取らせ、デートに誘い、あいつを路地裏に誘き寄せ、そこで数人の男があいつをめちゃくちゃに殴ったそうだ。
俺は大学での知り合いから事件のあらましを聞いた。
悲しくはなかった。
ただ、そうか。と思っただけだった。
ひと月してあいつは大学に来るようになった。
「よお」
と俺に声をかけるその声は弱々しく、体つきもどこか痩せたようだった。
「今週マフラーマン観た?」
いつもの口調であいつはそう言った。
「観た」
俺もそう返す。
その会話の三日後、あいつは自殺した。
何が原因かははっきりとはわからない。そもそも自殺に原因などないのかもしれない。
葬式には行かなかった。
マフラーマンを観たかったからだ。
そうして3年が過ぎた。
俺は大学4年生になり、卒論制作に追われ、特撮を観る余裕などなく、段々と特撮への興味も薄れてきていた。
この3年色々なことがあった。彼女ができ、振られた。バイトでミスをし、クビになった。車の免許を取った。ローマに旅行に行った。
でも何か、いつも何かが足りないと言う気がしていた。
卒論制作が一段落し、久しぶりに特撮を観ようかと考えた。
家の棚を漁ると、マフラーマンはちゃんと撮り溜めされていた。
1話から見直し、一日中、夜通しで観た。最終話を観ようと思ったところで、最終話を録画したDVD がないことに気づいた。まいったなあと思った。マフラーマンは人気があるとは言えない作品だから、レンタルビデオショップや中古屋にはなかなかない。再放送をやってくれていたのが奇跡のような作品だ。
どうしようかなと思っていると、棚の奥の方からハガキが出てきた。
あいつの親から送られてきたものだった。
あいつは遺書で俺のことについて何か書いていたらしい。それで親が会いたいとか言い出してどうやって知ったのか俺の家にハガキを送ってきたのだった。
俺は結局会うことはできないと言う手紙をあいつの親に書き、送った。
どういう顔をして会いにいけば良いのかわからなかったからだ。
俺は少し考えて、あいつの実家に行くことにした。
マフラーマンを観たいからだ。
あいつの家は多摩の方にあった。住宅街で、やや年季の入った家だった。
60近い両親が俺を迎えてくれた。
「来てくれてありがとう。理のこと気にかけてくれていたみたいで」
返事に困った。まあ、そうですねとしか言えなかった。
「二階はそのままにしておりますんで、どうぞあがってください」
俺はその言葉に従い、二階へ上がり、あいつの部屋に入った。
狭い部屋だな、と思った。それはあちらこちらに特撮のDVDやフィギュアの類が転がっていたからだ。
マフラーマンのDVDはあいつの机の上に綺麗に整頓され、置かれていた。
もちろん最終話の収録された巻もあった。
「好きなもん、持ってってもええですよ」
後ろから父親が声をかけてきた。
「そうは言っても」
「いやあ、ええですええです。こんなとこで朽ち果てていくよりも誰かのものになった方が、このおもちゃ達も嬉しいでしょうて。どうぞ、持ってってください。あんたは、理の親友だったみたいだし」
「はあ」
じゃあ、これを、と、俺は、マフラーマンのDVD全巻をもらうことにした。
家に帰り、早速マフラーマンの最終回を観た。
特撮を観て涙を流すことは一度もなかったが、なぜかこの時は涙が溢れて止まなかった。次から次へと涙が出てきた。
きっと、マフラーマンの出来に感動したのだろう。
そう、思うことにした。
マフラーマン 春雷 @syunrai3333
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