第2話 守り神と守り人

 ―――守り神。

 

 その名の通り地域を守る神のことを指す。

 容姿は多種多様で飛狐のように狐の姿をしているものもあれば、龍のように巨大なもの、鬼の場合もある。

 そしてそれらと共に行動するのが守り人。守り神のサポートをし、時に自ら動き戦うものだ。

 それらはとある組織に属しており、相性などの問題で各地に派遣される。

 その仕事はというと―――。


「勝負じゃ拓夢! どっちが多くの妖夢を祓えるか! 負けた方はさきのことを謝りなんでも願いを叶えることでどうじゃ」

「いいなそれ。俺の願いは飛狐をモフることで」

「セ、セクハラじゃそれは! 断じて許さんぞ!」

「勝てば官軍だ、飛狐。覚悟しとけ」

「変態! アホ! あんぽんたん! 神をなんだと思っとるんじゃ」

「じゃあここから半分な。こっちに来たら間違って討っちゃうかもしれないから注意しろよ」

「その言葉神に対して使う言葉じゃないぞバカ!」


 勝負———ではなく妖夢を祓うこと。

 妖夢とは昼に人や動物が考えた出来事が夜に具現化し土地の霊気を吸うというものだ。

 霊気は生きとし生けるもの全ての根本的活力となり、それを失うといわゆる『元気がない』や『無気力』状態となりえる。

 そんな状態にならないよう人を守り、妖夢を祓うのが守り神と守り人の仕事なのだ。


 ———決して勝負内容にすることではない。


 拓夢は片目を閉じ矢筒から三本矢を取り出すとキリキリと弓を引き、放った。

 それらは吸い込まれるようにして陽炎のようにたたずむ意思の持たない妖夢に突き刺さる。うめき声もあげさせずにその矢ごと消滅させた。


「どうだひきこもり神」


 得意げに飛狐を見る拓夢。だが―—、


「まだまだじゃな。ほれ見ぃ。妖夢どもは我の魅力にあらがえずに自分から来よるぞ。狩り放題じゃ」

「意思持ち始めているだけじゃねぇか!」


 割れた面から覗く爛々らんらんとした目の残像を残し激しく立ち回る飛狐の姿があった。

 苦々しげに表情が変化する拓夢。


「二刀流はやっぱり卑怯だろ!」

「これは我の十八番じゃ。飛び道具の方がみっともないじゃろ。男らしくない」

「あー、お前言ったなクソ狐」

「あー、あー! 言っていけないこと言ったー! 呪うぞ馬鹿たれ。狐の呪いなめると恐ろしいんじゃぞ!」


 まったくもって緊張感のない会話。

 その間、拓夢は弓を引く手が止まっているのに対して飛狐の動きは止まらない。


 意思を持ち始め、寄ってくる妖夢の間を走り回り、二本の日本刀をふるい両断。まれに手を動かしてくる妖夢に対しては、狐の尻尾を使ったバランスで効率よく避け腕ごと両断している。

 

 拓夢も負けじと三本の矢を三連射。すべてが妖夢に吸い込まれ妖夢ごと消滅した。

 拓夢が最初に放った笛がついた矢のおかげで消滅しやすくなっているとはいえ圧倒的な光景だった。

 

 だが。


「「————ッ!」」


 あと少しで片が付くという時、空気が揺れる。

 

「飛狐。笛が壊された」

「我も今気づいたところじゃ。場所は」

「笛から感じる波動がないからわからないが、おそらくこの妖夢たちの親だ」

「これはどうする?」

「……自分の持ち場に入ったやつの手柄」

「きまりじゃ」


 決して協力するという解答にたどり着かないこのクオリティー。

 この島に派遣した上がこんな光景を見たらと考えると恐ろしい。

 だが二人のモットーは『問題はバレなきゃ問題にならない』だから仕方がないのだ。

 つまり問題違反である。


 飛狐も拓夢もほとんどの妖夢を祓い終わり静かな時間が訪れたその時、事態が急変した。

 今まで動きもしなかった妖夢が輪郭を持ち始め動き出したのだ。

 そして。


「シュルルルルルッ!」


 民家をなぎ倒しながら巨大な蛇型の『親』が姿を現す。結界内だから現実世界の民家に影響はないがガラガラと崩れていく様子は見ていて心地良いものではない。 

 体色は灰色。目は捕食するものを現したかのような濃い赤だった。全長8メートルはあるのではないだろうか。


(俺かよ!)


 そして出てきたとこはというと拓夢の場所。

 あの巨体を矢で射落とすことができるかという虚偽感が拓夢の行動を支配し始める。

 拓夢の弓矢は特殊な呪詛を妖夢に流しこみ弱らせるというもの。弱らせ力が消えて妖夢は消滅するのだ。

 だがそれは裏を返すと弱らしきれないと消滅させることをできないことを指し示している。


(やっべー、ここまで大きいって思ってなかったんだが)


「拓夢!!」

「——ッ!」


 飛狐の声を聴いた拓夢はとっさに上体をそらした。そこを蛇の尻尾がものすごい勢いで薙いで行く。風圧が追って拓夢に襲い掛かった。


「飛狐! 目ェ閉じろ!」


 圧に負けずその体勢を維持したまま拓夢は矢を上に放つ。矢は空中で閃光を放ち燃え落ちた。

 光は一時の間蛇の目を闇へといざない行動を制限させる。

 その間に拓夢は体勢を整えると蛇の後ろに回り込む。走っている時に放った矢は三本。全て命中するもやはり消滅させるまでには至らず矢は力を使い果たし消滅した。


「クソっ!」


 尾が見えない目を補うように縦横無尽に暴れ狂う。拓夢はそれらをすべて躱すが、タイミングが掴めずにじりじりと後退していく。

 飛狐はと言うと。


「フレーフレー拓夢たぁくむ。フレフレたーくむフレッフレたーくむ! ガンバレー(笑)」


 爆笑であった。


「我を小ばかにするからいけないのじゃ。ばちじゃ罰! ざまーみろ」

「これ大物なんだけど!?」

「取ったもん勝ちじゃが残念ながら我はこの線から先へは行けぬ。あ〜あ〜残念じゃ〜」

「上に報告してやるからな」

「さっきまでイキっておったのはお主じゃ。文句はあるまい」


 振り向きざまに一刀。飛狐は自分の担当区――勝手に決めているだけだが――にいる妖夢を全て消滅させるとご機嫌そうにしっぽを揺らしている。

 

「ほれ拓夢。右から尾で攻撃が来るぞー。それと目が回復しそうじゃ。頑張れい」

「いや、やばいヤバいやばいから。ちょちょっ!」


 飛狐の言うように目が回復しきった蛇型の妖夢はより正確に拓夢のことを攻撃している。尾での物理的攻撃だけでなくそこから生まれる『かまいたち』が拓夢の逃げ先をつぶしていった。

 矢を放つ隙もない。文字通りの防戦一方だ。


「飛狐頼むからァァァァ———ッ!」

「がんばっ」

「イヤアァァァァッッッ!!」


 満面の笑み。

 文字で見ればかわいらしい応援だが、防戦での一言である。

 その一言で気が抜けたのか拓夢の足をかまいたちがとらえ、蛇の尾が体を巻き上げる。

 ギリギリッと締め上げられていく感覚に拓夢は冷や汗をかきながら体の強度を上げるも、それを上回る締めつけにうめき声をあげた。

 

「飛狐ッ!」

「ん~? 何かの?」

「頼むから助けてくれマジで。こいつぬちょぬちょしてて……」

「ギブアップ?」

「ギブギブ無理ムリmuri無理No way(絶対無理) I can’t do it(できないから!)」

「何か言うことはないのかの?」

「おまっ、ほんとにいい性格してんな! ごめんなさい! 調子乗ってました! お願いだから助けて!  please help me!」

「……」

「え……? まだ? え……と……」

「……」

「い、稲荷! 稲荷ずし買ってくるから! 本土の高級稲荷ずし! だから―—」

「そこまでいうなら仕方ないの。ほれ、そこから抜け出すがよい」

「それこそ無理だから!」


 無茶ぶりを言う飛狐は楽しそうに笑いながら立ち上がる。明らかに稲荷ずしに惹かれたのがわかるがそれを注意しては機嫌を損ねる。拓夢は痛みと同じくらい口を開くのを我慢した。


「どれ。では―――」


 面をつけ直し、飛狐は刀を抜いた。




―——。次話で完結!お付き合いください。

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