デタレンス
でーかざん
第1話 入学式の朝
岸本健(ケン)の部屋の窓には春の朝特有の暖かい日差しが差し込んできている。その窓が勢いよく外から開け放たれた。
そこから無断で部屋に堂々と入ってくる人影が1つ。
その人物は部屋の主であるケンには見慣れた低身長ながらもがっしりとした体つきをしていいて短髪で二枚目顔の男、無頼竹(タケ)だった。ケンにとっては同い年で生まれたころからずっと一緒にいる兄弟といってもいい存在だった。
「おーい、起きろ。朝だぞ」
ケンの体を大きく揺さぶりながらタケが元気よく声をかける。朝が弱いケンを起こしに来るのはタケの登校前の日課のようなものだった。
「…へーい」
朝は低血圧なケンはけだるげにしながらゆっくりと体を起こす。
「相変わらず朝が弱いな、おまえは」
「うるせーな」
いつも通り頭を目覚めさせつつ登校の容易を準備しながら返事を返す。
「そんなので大丈夫か?今日から俺たち高校生になるんだぞ」
「分かってるって」
今日はケンとタケの高校の入学式の日だった。なので持ち物はほとんどなく準備はすぐ終わり、洗面所へ顔を洗いに行く。そして制服に着替えて準備完了だった。
玄関でスマホをいじりながらケンを待っていたタケに合流して家を出ようとする。
タケがケンを見た瞬間、いぶかしむような目つきに変わり声を出す。
「…お前な、もう一度言うが俺たちは今日から高校生なんだぞ?」
「しつこいな、分かってるって」
「…いや、分かってない。絶対に分かってない」
「分かってるって」
「…いや、分かってない。予言してやろう、後でそれを思い知るぞ。おまえは」
「勝手に言ってろ」
タケの予言を聞き流しつつ、ケンは家を出る。行く先は学校ではなく隣の家、つまりはタケの家だった、両親が二人とも出張族で家にいないことが多いケンはタケの家で朝食をとるのが日常になっていた。
タケと一緒に隣のタケの家に入っていく。玄関で一人の人物と顔を合わせる。落ち着いた雰囲気を身に纏っていて人柄の良さがわかる女性だった。ケンとタケをみると 女性は笑顔で挨拶する。
「あらケンくん、おはよー」
「おばさん、おはようございます」
ちょうど玄関前を通ったタケのお母さんに挨拶を返しつつケン達は奥の居間へと向かう。居間のテーブルには既にケンとタケの二人分の朝食であるトーストが用意されていた。
朝食の席に着きつつ何気なくテレビに目をやる。
テレビには朝の情報番組が流れている。内容はバラエティーのようなもので全国各地での心霊現象や超常現象の特集だった。
すぐにテレビに興味を失ったケンは気になったことをタケに質問する。
「あれ?ナギねえは?」
「残念でした。姉さんなら始業式と入学式の準備でもう学校に行ってるよ」
「そうなのか。別に、残念でもなんでもない」
少し力の入った声でケンが否定する。
「今更否定するなって。お前がわざわざレベルが上の鎧河高校を目指した理由なんて当事者である一人以外は皆知ってるよ」
「う、うるさいな」
劣勢を感じ取ったケンがトースターを口に入れながら話題を変えようと頭を巡らせ始める。
そのとき突然、玄関のほうから盛大に大きな音がする。それに続いてドタドタと廊下を走る音、そして階段を急いで昇る音。
「お、噂をすればだな。なんか知らんが帰ってきたみたいだぞ」
「みたいだな、どうせ忘れものとかじゃないのか」
二人とも特に驚きもせず突然の出来事を分析する。言葉通りの意味で二人にとってはよくあることでしかないからだ。
しばしの静寂の後、階段を急いで降る音、廊下を走る音、そして居間の扉を勢いよく明ける音が続く。
そしてケン達の視界に入ってきたのは彼らの予想通りの人物だった。
ケン達が今日から通う高校の制服を纏ったすらりとした長身にセミロングの黒髪。二枚目のタケに似てすぐ美人と分かる顔つきの女性。タケの1つ年上の姉であり、ケンにとってはもう一人の幼なじみである無頼薙(ナギ)だった。
「スマホない!?」
二人の顔がやはりといった顔にある。
「私のスマホ知らない!?」
そんな二人の様子を無視してナギが息を切らせながらその場にいる男子二人を問い詰める。
「いや、知らないけど」
タケが代表して答える。
「そう、ありがと!」
素早く居間に視線を投げて何かを探しつつそう答えた後とりつく暇もなく居間を飛び出していく。
「本当にせわしないな」
タケがやれやれといった風に首をふる。
しかし、嵐のように去って行った途端に居間に戻ってきてナギがケンの全身を見渡して目を見開きつつ声を上げる。
「ケン、その服装はなに!?」
ケンが頭に疑問符を浮かべつつ答える。
「何って、制服だよ」
「あんた、今日からどこ通うのか分かってる?」
「どこって、鎧河高校」
「だったら、鎧河高校の制服着なさい、それ中学の制服よ」
「あ」
いつもの癖で片付けていなかった中学時代の制服を着ていたことに気づいてケンは口を開けたままポカンとし、既に気づいていたタケは本当に気づいていなかったのか、と言いたげな顔をして呆れている。
「相変わらず抜けてるわね、今日から高校生なんだからしっかりしなさい」
「…うるさいな、自分も携帯忘れたくせに」
ナギの小言に対して聞こえないように小さい声で反論する。ケンとしては三人の中でダントツでおっちょこちょいと思っているナギに指摘されるのは不満である。
しかし、かすかな抵抗はナギの耳にはしっかりと届いていて
「なにかいった?」
「すみません、以後気をつけます」
全く暖かみのない笑みで謝罪を迫られた。
その新学期一発目のいつも通りのやりとりにタケは再度呆れたように、しかし少し嬉しそうに失笑していた。
「ほらケン、やっと気づいたのならさっさと朝飯食べて着替えないと遅れるぞ。姉さん、鞄の中とかは確認した?この前はそこから捜してた財布でてきたよね」
タケのアドバイスを聞いた二人は口げんかをやめ、急いで行動を起こす。
「あった!」
ケンが急いで朝食を腹に入れている途中でナギが鞄の中から探索物を発見する。
「タケ、ありがと!じゃあ、また行ってきます!」
タケに満面の笑顔で礼をしながらまたせわしなく居間を飛び出していった。
「…やれやれ、落ち着きがないな」
ちょうど食事が終わったケンがナギの行ってしまった方向を見ながらぼやく。
「残念だったな、初日は一緒に登校できなくて」
タケがにんまりしながら言う
「べ、べつに一緒に登校しようとしたわけじゃねえし。そもそも高校にもなって一緒に登校なんかしないわ」
ケンが早口ぎみに否定する。
「あっそ、まあそう言うならそういうことで」
表情を変えないままタケは返す。
「さ、着替えてこようかな。新しい制服に」
もう抵抗はあきらめて次の行動に移ることに決める。
「じゃあ、今日は別々に登校するか」
「ああ」
タケを置いて居間を出てタケの家を出で自宅に向かう。家に入って自室に帰り、新しい制服を取り出して着替え始めた。
「…はぁ」
少し、少しだけ久しぶりに朝から長く会話出来ることを期待していた。それが叶わなかったことにため息をつきつつ、ケンは着替えを済ませて新たな学校へ向けて歩き出した。
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