第1部 第4章 美味しい夢
第1話 1888ロンドン
明るい満月の光に照らしてみると
ますます不思議な印象を受ける。
奇抜とも違う奇妙とも違う
"Hmmm"
とにかく見飽きない物だ。
ウィーンの
ウィーン万博に行ったときに
この国の展示場にもあったのかもしれない。
だからなのだろうか、どこか優しく懐かしい・・・
東洋のジャポンという小さな国
ちょっと興味がある。
どんな御婦人がいるのかということも含めて。
マリアはロンドンで一二を争う豪商の娘
母親がロンドンでは有名な美女であったその血を引き
母親を凌ぐほど美しく育った17歳の乙女。
その父親の財力を抜きにしても
イングランド全土の有力者から求婚されているが
すでに彼女の心は俺に嫁いでしまっている。
今晩もたっぷりと俺に愛でてもらったが
マリアとしてはこのジャポンの希少品を餌にして
俺を今晩囲っておこうと思ったのかもしれないが
彼女の父親がパリから帰って来ると聞いて
そそくさとお
彼女の父親なら男爵家とは名ばかりで
最愛の娘に夜な夜ないかがわしい行為をしている
身分不相応な男がいるとわかったら
持てる財力を活かして地の底まで追いかけて、
その腐った心臓に鉄槌を下そうとするだろう。
だから面倒くさいことになる前に逃げるが勝ち。
争いごとはなるべく避けたい。
吸血鬼は博愛主義者なのだ。
ちなみに吸血鬼を殺すには心臓に杭を打つというが
吸血鬼には心臓が2つあるので、杭は2つ必要だ。
それとは別に今晩はジョセフィーヌからも
お誘いを頂いている。
ジョセフィーヌ
白磁の陶器のような白い肌。
長いブロンドの髪、同じ色合いのブロンドの瞳
正統のフランスの貴族の家系。
ちょっと高慢ちきで横柄なところもあったが
歴戦連勝の勇者の俺にすべてを委ねるように教育した
ふたりとも甲乙つけがたいが
どっちにしろふたりとも血筋がいい。
それをひと晩で両方とは・・・良い晩になるな。
「・・・・・・」と
急ぎ足で向かっていた俺の足が
つい立ち止まってしまった。
機嫌がいいのでいつもより嗅覚が鋭敏になっている。
今通り過ぎたえらく狭い路地からそれは漂ってきた。
吸血鬼とはいえどんな血液にも闇雲に吸い付くわけではない。
やはりうら若き乙女
"この場合処女という意味ではない。"
白く瑞々しい首筋に優しく吐息を掛けながら
ゆっくり牙をたてて快感を味合わせながら
ほんのりと甘く芳醇でかぐわしい血潮を飲むのが最高なのだ。
だが、真っ暗なこの路地から刺すように強烈に臭う異臭は
それとは正反対の吐き気を催すものだった。
もちろん見て見ぬふり、いや”嗅いで嗅がぬふり”をしてもよかったのだが
せっかくの晩餐が台無しにされたように感じて
怒りが込み上げてくる。一言文句を言ってやらねば。
人一人が通れるぐらいのじめついた道の奥に
長く黒いコートを着たひとりの男が立っているのが見えた。
男はこちらには気が付いていない。
俺はゆっくりと近づいていく
片側の建物にそれは一部をよりかからせて倒れていた。
女性だと思える衣服を着ているようだが、
あまりにも大量広範囲に飛び散った血・肉片で染色されて
元の色がわからなくなっていた。
”バッ”
男が急に振り向いた。
恐怖と驚愕の表情が見て取れた。
右手にはナイフが握りしめられて、微かに震えていた。
栗毛色の髪には血糊が付いているが
見た目には虫も殺さないような印象を受けた。
「なっ なっ・・・」
男は吃りながら後ずさりした。
「何か文句があるかって言いたいのか?」
俺はつとめて冷静を装って言い放ったが
吸血鬼がこんな凄惨な場面に出くわしたのは
俺の
仕方なく男が何も答えないのでさらに間合いを詰めた。
だがこれからどうするか思案したのがまずかった。
なんとその男はそんなそぶりも見せずに
一瞬で俺の遥か頭上を飛び越えて大通りまで出て行ってしまった。
俺はそれを振り返って見ながら、今度はこっちが驚愕の表情となった。
”まさか血縁か?”
そんな訳はない。
俺の知らない親戚がいた?
それとも親父か兄貴の隠し子?
いや
あの厳格な親父とその血を引く兄貴にそれはないだろう。
じゃあ、あの跳躍力をどう説明する?
奴は羽でも生えているよう飛び上がった。
いや考えている暇はない。追わなければ。
吸血鬼はコウモリに変身して空と飛ぶと信じられているが、
神話じゃあるまいし、別の生物に変化するなんてありえないだろう。
確かに跳躍力は凄い。テムズの川幅の狭いところなら
反対岸まで飛ぶことが出来る。
ただし俺は金づちなので試したことはない。
叔母を抱いたままナイル川を飛び越えた!
と自慢し
大通りに出たがどこに行ったか
すでに男の影は見当たらなかった。
もう一度深呼吸をしてあの悪臭を嗅いだ。
”あっちだ”
まさに飛ぶようにしてその死臭を追った。
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