枯草のエンゼルト

エリー.ファー

枯草のエンゼルト

 エンゼルトのことを知りませんか。

 彼は、多くのことを学んでいたそうです。

 私たち、人間のことを観察していたそうです。

 あぁ、そうですか。知りませんか。


 エンゼルトはホットミルクが好きで、いつも赤いマグカップに入れて飲んでいました。はちみつや、お砂糖を入れても美味しいよと言ったのですが、彼は何も混ざっていないホットミルクがいいと言いました。

 町の人たちは、エンゼルトのことが大好きで、色々なことを教えていました。美味しいオムレツの作り方、毒のあるキノコと食べられるキノコの見分け方、寝返りを打つときに掛け布団を巻き込まないようにする方法。などなど。

 エンゼルトは愛されていました。この町の光だったように思います。


 ある日。

 魔王が復活しました。

 この町を北に向かって進み、山を五つ越え、海を越え、王国を四つ越え。そうすると見えてくる闇の谷に、城を構えているそうです。

 エンゼルトは魔王を倒しに行くと言いました。

 皆が止めました。

 私も、もちろん止めました。

 ですが、なんとなくではありますが。

 私はエンゼルトがこの町を出ていく日が近いことを察していました。特別勘が鋭いわけでもないのですが、どういうわけかエンゼルトが関係することには、非常に感度の良いアンテナを持っていたようです。

 エンゼルトは、初めて町の人間に反発しました。

 使命なのだと、そう言いました。

 私には、エンゼルトを止める術などありませんでした。

 本人が決めたことに本人以外が口を出すのは、小さな親切ではありますが大きなお世話でもあります。

 エンゼルトは黙って出ていきました。

 数年が経ちました。

 エンゼルトの死体が発見されました。

 全く、受け入れられませんでした。

 魔王は健在で、世界に平和は全く訪れていません。遠くの町からエンゼルトの書いた手紙が届いたこともありませんでした。魔王を倒すためにエンゼルトというパーティが快進撃を続けている、そんな噂も聞きませんでした。

 ただ、死んだのです。

 旅の途中で何者かに殺されたのです。

 エンゼルトの命は、私たちが思うよりも軽く、まるで冗談かのように、作り話かのように、どこにでもあるような普通の命だったのです。

 たとえ、私たちにとって特別でも。

 それは、現実とは無関係だったのです。




「なんで、エンゼルトって名前をつけたの」

「前にやっていたゲームで、主人公の相棒キャラの名前がエンゼルトだったから」

「デザインが良かったとかそういうこと」

「あぁ、デザインも良かった。一番良かったのはストーリーの中での立ち位置かな」

「イケメンだったとか」

「いや、性別不明のキャラだった。人外キャラ」

「いいよね、人外キャラ」

「うん。めっちゃいい。なんかある時期から、急に人外キャラの需要とデザインの技術が向上したよね。あれ、なんだったんだろうね」

「まぁ、今まで隠れてた人外キャラのファンが表に出てきたってことだと思うけど。で、どうして死ぬキャラにその名前をつけたの」

「あぁ、なんか。とりあえず名前をつけないと先に進まないし」

「うん」

「なんとなく、かな」

「あぁ、なるほど。でも、なんとなくのキャラに付けた名前にしては、エンゼルトっていいよね」

「次やるゲームは、主人公の名前をエンゼルトにするよ」

「これで、エンゼルトの魂も浮かばれますなあ」

「浮かばれる浮かばれる」

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