科学にまつわるあれこれ

クーゲルロール

SFにおける時間

 始めに申し上げておきますと、私は物理学の専門ではありません。ですので、古典的な物理学や量子力学の領域でどのように時間が取り扱われているのか、教科書の範疇を超える考えは持ち合わせていません。


 では、この場で何を示すのか。小説を書くことが好きな者として、私も一度は時間的なトリックを利用できないものかと考えた身です。ただ、時間を利用するSFではその構築に精巧さが求められます。結局その確立には至らず、そこでこの場でSFにおける時間の取り扱いについての考えを消化しようと思った次第です。


 使用するのは大学の学部程度の物理要素。当然、SF作品として成立させるため、全ての物理法則に従うことはありません。様々なSF作品において物理学の要素を持ち出すのはひとえにリアリティの追求を目的とし、理由付けの一つでしかありません。ですので、私の意見や時間の取り扱い方でもとして物理学を用いますが、根本で現実世界との矛盾が生じます。


 そしてまた、別段そんなに多くの考えがあるわけでもないので、数話程度になると思います。新しく思いつき次第、付け加えていくこととします。


 さて、ここでは題にも示した通り時間とは何かということを専門性に足を突っ込まないようにして考えていきます。今回はその触りとなる部分ですのでよく聞く話が多いかと思います。


 まずは時間とは何かを考えます。ただし、ここで触れるのはあくまで私が必要とする時間の前提のみとします。物理学におけるプラクティカルな扱いについて勉強する際は、まずウィキペディアを読むと良いかもしれません。ここで触れることはありません。


 時間という概念を考える上で何を物理的な要素として利用し、理由付けをするのか。私は王道というべきエントロピーを利用することにします。時間の概念に興味を持ったことのある方ならば、一度は聞いたことがあるはずのエントロピーという概念。これを展開していきます。


 エントロピーは乱雑さの指標としてよく説明されます。実際にその通りで、部屋が散らかっていることを怒られた際、これを理由に開き直った人も多いでしょう。世界は常により乱雑な方向へと進み続けているからです。


 では乱雑さとは何か。こちらも広く使われる例で考えます。例えば、コーヒーにミルクを混ぜるという操作。最初は分かれていたものが混ざり合った結果、均一なコーヒーミルクが出来上がります。ここで乱雑さという目で見るならば、コーヒーミルクの方がより乱雑な状態と言えます。これは直感的に納得できることで、物理学としての定義がなくとも理解できるはずです。乱雑さという概念を知らなくとも、きっと多くの人がコーヒーミルクの方がより乱雑な状態だと感じます。


 別の例を出すならば、トランプのシャッフルがあります。買ったばかりのトランプは絵柄と数字が綺麗に並んでいます。当然、このままカードを配ってゲームを始めることはできないので、まずはシャッフルします。このシャッフルが乱雑度合いを高める操作となります。


 とまあこのように日常生活でよく見かけられる乱雑さという概念。これは物理学において重要であり、様々な物理現象を説明する際に数式化されて利用されます。しかし、今回はそんなことに興味があるのではなく、どうしてこの乱雑さを示すエントロピーが時間と関係しているのかということです。次の例で説明します。


 トランプの例を思い出しましょう。買ったばかりの絵柄も数字も綺麗に並んだ状態のトランプを扇形に広げて写真を撮ります。続いてこれを十分にシャッフルしてから再び扇形に広げて写真を撮ります。シャッフルした人はどちらの写真を先に撮ったのか当然知っています。しかし、写真に時計が映っているわけではなく、あるのは広げられたトランプだけです。


 次にその二枚の写真を第三者に見せて、一方の写真の状態のトランプをシャッフルした結果、他方の写真の状態になったと説明します。そして、どちらの写真がシャッフル前でどっちがシャッフル後でしょう、と問いかけてみましょう。きっと、ほとんどの人が数字が綺麗に並んだトランプをシャッフルしたと答えるでしょう。これは当然の結果です。ですが、疑問が残ります。


 どうしてその人は時間の情報が全くない二枚の写真から時間的な前後関係が分かったのでしょうか。これがエントロピーと時間が関係していると説明される所以です。つまり、我々はエントロピーの増大が時間の経過を意味していると知っているのです。コーヒーミルクの場合も同じです。誰も混ざったコーヒーミルクがひとりでにコーヒーとミルクに分かれていくとは考えません。


 熱力学においてこれはエントロピー増大則として知られています。かみ砕いて説明すると、この世界は常にエントロピーが増大する方向に進んでいるというものです。決して減少する方向には進みません。時間の進行とエントロピーの増大はセットというわけです。


 ただ、ここで文句を言う人が出てきます。トランプは確かにシャッフルすることでエントロピーが増大します。しかし、トランプのエントロピーを減少させることだってできると。どうするかと言えば、七並べをした後、それをその通りに片付けるだけ。この時のカードは綺麗に並んでいて、一見エントロピーが減少しているように見えます。


 この疑問に回答するため、続いて取り扱う世界の範囲について考えてみます。ここでは世界と呼んでいますが、物理学や化学などでは系と呼ばれます。今は世界と呼んでおきましょう。


 文句を言った人が話していたのはトランプという世界だけの話でした。その場合では確かにエントロピーは減少しています。では、見る世界をもう少し広げて見るとどうなるか。カードが綺麗に並んだのは誰かが七並べをしたからでした。その人の周りまで世界を広げてみるとどうでしょうか。


 その人はきっと色々な策を考えながら手を動かしてカードを並べていたことでしょう。人が活動するためにはエネルギーが必要で、この人は昼ごはんで食べた白米を燃焼してエネルギーを取り出し、二酸化炭素と水に変換していました。この行為がトランプの代わりにエントロピーを増大させていたのです。


 燃焼とはエントロピーを増大させる行為です。なぜならば白米を構成していた物質がより多くの状態を取ることができるようになるためです。白米として存在するよりも気体である二酸化炭素や水蒸気となって空気中を飛び回っている方が、トランプがシャッフルによって混ざっていくのと同様に、世界の乱雑度が高まります。


 つまり何が言いたいのかと言えば、どこかでエントロピーが減少する場合、別の場所でそれを補う以上のエントロピーの増大があるということです。見ている世界をトランプからそれを扱っている人にまで広げたことで、やはり世界のエントロピーは常に増大していたと分かります。物理学においてエントロピー増大則が適用されるのは宇宙全体。とはいえ、学問においても単純化のために考える世界を小さくすることはあります。


 話をエントロピーと時間の関係に戻しましょう。世界は常により乱雑な方向に進んでいる。これを時間の流れとして認識しているという話でした。では、もしあなたが無秩序なカードの山を単純な操作であるシャッフルをして絵柄や数字が綺麗に並んだ状態を作り出すことができれば、それは時間が戻ったということになるでしょうか。


 数年前に話題になったSF映画のテネットでは、エントロピーを減少させることで時間の流れる向きを反転させるという考えがありました。トランプをシャッフルして綺麗に並ばせることは確率論的にできないわけではありません。ひたすらシャッフルし続けることでいつかは達成されることでしょう。その人がエントロピーを増大させているという事実はさておき、それをもって時間が戻ったと言えるでしょうか。


 私の解釈では、見る世界によって変わるということになります。すなわち、トランプだけの世界で見れば時間を巻き戻ったことになりますが、シャッフルしていた人を含める世界にまで広げるとそうではありません。従って、七並べで整頓した場合でも同じだと考えます。


 つまり時間の取り扱いとして、世界の全てを対象にするのではなく世界を切り分けて時間の流れの変化を取り出すというのが私の考え方です。例えばタイムスリップものにおいて、誰かが恐竜の生きていた時代に戻ったとします。その時に誰が遠く離れた別の銀河系でも同じ時間だけ過去に戻っていると考えるでしょうか。無意味に世界を広く見ることはナンセンスで、実際その銀河系では時間が進み続けていたとしても影響はありません。必要な世界だけを切り取って時間を巻き戻せばよいというわけです。

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