ウィルヴェンデッタ

アクア

プロローグ

女は赤く燃え上がるような赤色をした銃を二丁持ち、己の内に滾る思いをぶつけるように弾丸を放った。相手も同じく強い思いを、意志を、その心に掲げているのか簡単には倒れない。


しかし女は負ける訳にはいかなかった。

これは自分のエゴである。それを理解しながらも走り続けるのは、それを止めることが女にとって死を意味するからだ。


「私の、私の怒りを甘く見るなァッ!!」

 

──復讐。

一般的に酷い仕打ちを受けた者が相手に対して行うやり返す行動。


誰も幸せにならない、自己満足で無意味な事だと笑われても女は何も文句は言わない。しかし、その身体の奥底から溢れるような憤怒に己の全てを賭けていた。

 

「必ずこの手で……殺してやる!!」

 

この物語は自らの意志を貫いた、彼女の復讐劇である。

 

 

 

 

──

 

 


────一月。




とあるマンションの前、スマートフォンに表示されているメッセージを見て僅かに微笑んだ。

 

『ルナ。誕生日おめでとう!サプライズがあるので大学が終わったら家に来てね。待ってます!』

 

サプライズと伝えてしまっては、それはもうサプライズでなくなってしまわないか。そう自分の恋人の天然っぷりに呆れと愛おしさを感じながら、ルナはエレベーターに乗り込んだ。一階、二階と上がっていく数字に視点を置きながら、軽く身なりを整える。前髪が少し跳ねていないかと気になった時、エレベーターが動きを止め、目的地への到着を知らせた。

 

「レアートに会うのも二週間ぶりかぁ。ふふ、ちょっとドキドキしてきた」

 

廊下を歩きながら、鞄から部屋の合鍵を取り出し、彼が待っているだろう部屋を解錠した。

しかし、室内に入ってすぐ部屋の違和感に気づく。レアートが居るはずなのに、何処の部屋にも明かりはなく真っ暗だという事。

次にいつもなら開いているリビングへの扉が閉まっているという事。

サプライズの始まりなのかとワクワクとしながら、ゆっくりと歩みを進める。が──

 

「何、この匂い……?」

 

異臭だ。何かが腐ったような生臭さに思わず顔を顰める。

不安から一度足を止めたが、意を決してとリビングへ歩き出す。徐々に異臭は強くなり、ドアノブに手をかけた。

少し嫌な予感がして一瞬開けるのを躊躇ったが、不安を吐き出すようにスッと息を吐くと扉を押し開いた。

 

『~♪~♪』

「……?」

 

リビングに入ると、誕生日の定番の曲が流れだした。真っ暗で異臭のする部屋に、明るい音楽。サプライズ演出にしては不気味すぎるなと、手さぐりに照明のスイッチを探す。

照明をつけるのと同時に音楽が止まり、明るくなった部屋に少々安心した。

だが安心したのもつかの間、それを見つけたルナはぴたりと動きを止める。

 

──箱。

 

テーブルには一つの大きな白い箱が置いてあり、雑にリボンで飾られている。今だけ冴え渡る勘が憎い。異臭の発生源がソレだと、白に滲んだ赤で分かる。

怖い。明らかに異様な雰囲気のこの空間に、ルナは手が震える。しかし動かなくてはこのままだと、恐る恐るソレに近づいた。するりとリボンを解くと、中を見たくないと言う気持ちを嘲笑うのかのように、箱はひとりでに勢いよく開き、中のものが顕になる。

 

「な……に、これ……」

 

赤、あか、アカ──、ソレがなにかの肉を無理やり四角形に固めた物だと理解するのに十数秒はかかっただろうか。

それが動物のものだったらどれ程良かっただろうと、肉塊から覗く目玉のようなものや、見慣れた彼……レアートと同じ色をした、頭髪らしき、もの、が──

 

「お゛ぇっ……!」

 

びちゃびちゃと嘔吐物がフローリングにぶちまけられ、ルナは呼吸を荒げながら口元を拭う。一度ソレから目を背けた後、再び観察した。

本当は一刻も早くこの部屋から出たい。

だがその肉の塊が、彼、レアートでは無いと確認したかった。

 

「う、ぐ……」

 

じっと見つめると、何かが埋まっているのか表面からチェーンのようなものが見えている。迷いに迷ったがそのチェーンをつまむと、引き抜いた。

 

「これって……」

 

ぐちゃりと音を立て肉片がこびりついたドッグタグが姿を現し、ルナは血に濡れたプレートを親指で拭い刻まれた文字を読んだ。

 

「レアート・ティール。血液型Aマイナス。番号…何の番号……?」

 

分かってはいた。レアートが常に身に着けていたドッグタグなのだろうと。

ソレが知らない人間の肉塊で、偽装のためにこのドッグタグを埋めたのではと考える。そう都合のいいように考えなくては、精神を正常に保てなかった。

暫く呆然と立ち尽くし、ハッとしてまずは警察に通報しようと鞄を探りスマートフォンを取り出すが、都会にもかかわらず何故か圏外と表示されている。

 

「今までこんな事なっかたのに……いったん外に──」

 

しかし、なにかに心臓を掴まれたかのように、一瞬ドクンと大きく鼓動がなったように感じる。その苦しさにルナは言葉を止めた。

次の瞬間、事は起こった。

 

まず目の前の全ての動きが止まった。

壁にかけてある時計の針は動かず、外から聞こえていた音がピタリと止む。しんと静寂の世界に取り残され、ルナは外の状況を確認しようとベランダから街を見渡す。


歩道に見つけた人は時が止まったかのように動かず、車道を走る車も動いていない。一向に変わらない信号のせいではないだろう、この空間がおかしいのだ。


ルナは一旦外に出て直接確認する為に玄関に向かおうとする。しかし、それは大きな破壊音によって阻止された。


「──!?」


フローリングには大斧が突き刺さっていた。それは半透明で黄色に輝いている。表面には電子路のような模様が浮かび上がっていた。破壊音の原因は当然これだ、突き破られたベランダの窓ガラスがそう物語っている。


「やあ。どうかな、サプライズだよ」


ベランダには人が立っていた。ここは7階、簡単に侵入できる場所じゃない。その侵入者、金髪碧眼の若いホストのような男は、薄ら笑いを浮かべている。


「……貴方がこの箱を?」

「んー、まぁそんなとこかな」


恐怖を押し殺しそれを聞いたルナは、すぐにキッチンに向かった。逃げられたと判断した男は室内に入ると、ルナの姿を探す。彼女はすぐに見つかった、その手にナイフを持ち殺意に満ちた目で男を睨む。


彼を殺した犯人が目の前にいて、簡単に引き下がれるはずが無い。ルナは震える手を抑えるようにしっかりとナイフの持ち手を強く握る。

人を殺す覚悟、得体の知れない相手と敵対する勇気、それらを必死に絞り出して男の前に立った。


「……なに? 俺がこの斧ぶち込んだの、もしかして見てなかった?」


男は苛立ったように手のひらをフローリングに突き刺さった斧に向ける。するとそれはまるで吸い込まれたのかのように男の手中へ戻る。その手首には、奇妙な腕輪が着いていた。


舐められていると思ったのか男は顔を顰めルナを睨んだ。しかしその震える体を見て虚勢だと気づくと、途端に優しい表情をうかべる。


「いいよ、おいで。そのナイフで俺に勝てるならさァッ!!」

「──ぁああァッ!!」


ルナは男に向かって走った。

全ての怒りをその刃に込めて。

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