[2-3]王家の証と彼の過去


 ところで、魔族ジェマが使える空間転移テレポートは屋内外を選ばず便利だが、既知の場所もしくは見えている地点にしか移動できない。

 シャイルが訪れたことのある場所は国境の検問所、港の警備隊詰所、そして職業紹介所だ。付随して周辺の路地や店なら覚えているが、そんな場所へ不意に人が出現すれば大騒ぎになるだろう。


「領主の館には行ったことねえのか?」


 ヴェルクに問われ、ずいぶん前の記憶を掘り返す。邸宅内に入って領主と会う機会はなかったが、領主邸の場所は知っている。かの人物は少々変わっており、住んでいる場所も意外だったので、記憶に残ったようだ。


「中に入ったことはないけど、近くになら行けそうだよ。領主様は協力者なんだよね? ヴェルクは会ったことあるの?」


 音がよく響くと定評のある砦内だ、誰が聞いているかもわからない。リーファスの話し方を思いだし、彼にならって声を潜め尋ねれば、ヴェルクは難しい顔をして頷く。


「協力を取り付けたのは、俺の前に砦をまとめていたリーダーだ。ノーザン国が力を増してからは、行き来は危険だからと手紙のやり取りが主で……やっぱり心配だな。せめて手紙で来訪の打診をしたほうが」

「大丈夫だよ、オルタンシア商会は兄さんの取引先で、領主様は信頼できる人だもん」


 及び腰になるヴェルクの横で、得意気に胸を張って言い添えたのはミスティアだ。え、という驚きがシャイルの口からこぼれる。


「ミスティア、領主様と顔見知りなの?」

「ぼくじゃなく、兄さんが。ノーザン国内だったから移住先の候補には上がらなかったけど、個人的に翼族ザナリールの救出もしてくれてる、頼りになる人物だって聞いたよ」

「それなら、約束アポなしで尋ねても大丈夫そうかな?」


 気乗りしない様子のヴェルクを動かすには、あと一押し。外堀を埋めるつもりでシャイルが言うと、ミスティアは満面の笑顔で力強く頷く。


「うん、大丈夫! 困ったことがあれば遠慮なく頼りなさいって言われてるんだ。領主様は嘘探知センス・ライの魔法も使えるから、嘘さえつかなければ信用も得やすいよ!」

嘘探知センス・ライ……信用のためとしても、魔法を掛けられるのはちょっとな」

「大丈夫だって。嘘探知センス・ライは自分に掛けて相手の嘘を魔法だから、怖くないよ」


 ミスティアの言に、ヴェルクが沈黙でこたえる。自白を強要したり記憶を探るような精神系の魔法と違い、嘘探知センス・ライは自身のに『真実の精霊トゥリア』の加護を与える中位魔法だ。黙秘している内容は探れないが、話術に長けた者が相手から情報を引きだし真偽を探るのに便利な魔法だった。

 それを使えると公言していることから、領主の気質がうかがえる。協力者だとはいえ、ヴェルクとしても全ての情報をつまびらかにするつもりはないのだろう。駆け引きめいた対話を予期し気が重くなったのかもしれないが、いずれにしても。


「ノーザン国が何か仕組むとしても、領主様を通さず事を起こしはしないと思う。手紙でしか知らないなら尚更、今のうちに顔を合わせておいたほうがいいんじゃない?」

「そうだな。気は進まないが……シャイルの言うとおりだ」


 ついに観念したのかヴェルクは深い溜息をつき、書棚へ向かった。鍵つきの引き出しから何かを取りだし、掲げてみせる。銀の鎖が付いた大振りのペンダント――守護装飾具タリスマンというのだろうか。中央と外縁に宝石をあしらったそれは、何かの紋章をかたどって見えた。

 

「もしかしてそれが、ヴェルクが王族だっていう証?」

「ああ。魔法効果は不明だが、偽造はできないらしい。これを、一応持っていく」


 彼が監獄島へ流刑にされた王族の後胤こういん、という話はシャイルも、おそらくミスティアとフェリアも知っている。シャイルはまだ彼の属していた王家が何という国家で、どこに存在していたかまでは聞いていないが。ゆっくり時間をとって聞きたいという思いはあるものの、注意を要する話題だとも理解しているので、聞きにくかった。

 王族の証を持参するのは、港湾都市の領主に出自を明かす心積もりがあるからだろう。しかし、付与されている効果が不明ということは余程の年代物なのか。

 ヴェルクは魔法が苦手で、魔法語を読み解くこともできない。ローウェルにも聞いてみたが、彼にわかるのは値打ちだけで、古代魔法語エンシェントルーンの解読まではできないという。精霊との相性と魔法語への知識は、どうやら別物らしいのだ。


「ぼくも効果は良くわからないけど、すごく緻密に古代魔法語エンシェントルーンが刻まれてるな。きっと特別な力があるんだと思う」


 横から覗きこんだミスティアが目を輝かせる。実際、はめ込まれているのはただの宝石ではなく、魔石といわれる特殊な結晶だ。魔力を内包し発光する石を宿した装飾品には、目を引く美しさと神秘性があった。

 特別に強い魔法効果が付与された物品は、所有者を選ぶという。囚われ、監獄島へ送られてもなお奪われなかったというのは、そういうことなのだろう。そして、ヴェルクが効果を伝えられないまま所有しているという事実から彼の境遇も垣間見えて、心が痛んだ。


「どうやら領主は魔法に明るいようだし、使い方を聞けるかもしれない。……というわけだから、転移先はなるべく領主邸に近い目立たない場所、でどうだ? シャイル」

「わかった。でも、さすがに四人一斉に……は目立ちすぎるね」


 もっともな懸念にヴェルクは頷き、それから口角を上げる。


「幸い、おまえは蝙蝠こうもりになれるし、フェリアとミスティアは小鳥になれるじゃねえか」

「わたし、シャイルのポケットに入ればいいの?」


 小首を傾げるフェリアにひらひらと手を振ってから、ヴェルクは自分の胸元を指差す。


「目立たねえように、三人とも小さくなったらいいだろ。そうすれば、シャイルの魔法力消費も少なくて済む」

「ヴェルクのポケットに入るのは嫌」

「なんでだよ」

「だって、つぶされちゃいそうだもの!」


 シャイルはミスティアと顔を見合わせた。がくりと顔を覆うヴェルクには気の毒だが、フェリアの気持ちもわからなくはない。小柄なフェリアの視線はヴェルクの胸にも届かないのだ。小鳥化すればますます広がる体格差に、恐怖心を感じても無理はない。

 尻込みするフェリアにミスティアが近づき、優しく手を握る。瞳を潤ませ見あげる妹分に笑顔を向けて、彼女は声に力を込め言った。


「フェリア、ぼくと一緒にヴェルクの肩に留まろう。少しの時間だし、心配ないよ」

「うぅ……わかったわ」


 臆病なところのあるフェリアの目に、勇猛果敢な気質のミスティアは頼もしく映るのだろう。ミスティアも、フェリアを気にかけることで暴走する直情を抑えられのなら、ちょうどいいペアなのかもしれない。

 と頭では納得しつつも、やはりシャイルは悔しい思いを拭いきれないのだった。





 一旦解散し、着替えや食事を済ませてから、身支度を整えて事務室へと集合する。翼族ザナリール魔族ジェマ変化トランスは身につけている物品もろとも変われるので、かさ張らないのが便利だ。

 領主に会うことになったからだろうか、ヴェルクはいつもの簡素な姿ではなく、襟つきシャツの上に貴族服を模した丈長の上着を羽織っていた。普段は雑に括っている黒髪も、今はきっちり纏められている。目元を覆う長い前髪はそのままだが、顔の造作が良いためかむしろ不思議な色気を醸していて、貴族だと言われても違和感はない。

 ミスティアが目をきらきらさせて、食い入るように彼を見つめて言った。


「ヴェルク、そんなお洒落な服も持ってたんだな。よく似合ってると思う!」

「まぁ、ほら、……まずは形から、って奴だよ。ミスティアも……今日はちょっと違うな。いいと思う」

「良かった嬉しい! フェリア、ヴェルクの服にはポケット沢山あるし、安心だよ」

「わたしは、お姉ちゃんと肩に留まるの」


 フェリアの態度は相変わらずで、ヴェルクもさすがにもう何も言わなかった。ザナ娘たちに無言で肩を示したあと、黒髪の間から覗く紫色の目が、シャイルをとらえて笑う。


「シャイルも、よく似合ってるぜ。さ、行くか」

「ありがとう。……なんか、照れるな」


 面と向かってめられるのに慣れず、そわそわした気分になる。シャイルが着ているのは剣と一緒に新調した上下揃いの衣装で、正装ほどではないがそこそこ値の張る物だった。早速こうして着る機会があるとは想像もしなかったが、買っておいて良かったと思う。目的地は都会であり、領主に会見するのに普段着では居た堪れなかっただろうから。

 ミスティアはリボンとフリルが多めな瑠璃るり色ワンピース、フェリアは普段のままだ。とはいえ狩りや戦いに出向くことない彼女はいつも上品な装いなので、問題はないだろう。

 高揚を抑えきれぬといったふうのミスティアと違い、緊張が高まってきたのか、フェリアはまたも悲愴な表情でスカートを握りしめている。


「フェリア、大丈夫だよ。何かあったら僕が、君を守るから」


 今は彼女が自分を頼ってくれなくとも、シャイルはフェリアの支えになりたいと願っている。できるだけ優しく聞こえるように話し掛ければ、少女は潤んだ目を向けて頷いた。



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