[2-3]王家の証と彼の過去
ところで、
シャイルが訪れたことのある場所は国境の検問所、港の警備隊詰所、そして職業紹介所だ。付随して周辺の路地や店なら覚えているが、そんな場所へ不意に人が出現すれば大騒ぎになるだろう。
「領主の館には行ったことねえのか?」
ヴェルクに問われ、ずいぶん前の記憶を掘り返す。邸宅内に入って領主と会う機会はなかったが、領主邸の場所は知っている。かの人物は少々変わっており、住んでいる場所も意外だったので、記憶に残ったようだ。
「中に入ったことはないけど、近くになら行けそうだよ。領主様は協力者なんだよね? ヴェルクは会ったことあるの?」
音がよく響くと定評のある砦内だ、誰が聞いているかもわからない。リーファスの話し方を思いだし、彼に
「協力を取り付けたのは、俺の前に砦を
「大丈夫だよ、オルタンシア商会は兄さんの取引先で、領主様は信頼できる人だもん」
及び腰になるヴェルクの横で、得意気に胸を張って言い添えたのはミスティアだ。え、という驚きがシャイルの口からこぼれる。
「ミスティア、領主様と顔見知りなの?」
「ぼくじゃなく、兄さんが。ノーザン国内だったから移住先の候補には上がらなかったけど、個人的に
「それなら、
気乗りしない様子のヴェルクを動かすには、あと一押し。外堀を埋めるつもりでシャイルが言うと、ミスティアは満面の笑顔で力強く頷く。
「うん、大丈夫! 困ったことがあれば遠慮なく頼りなさいって言われてるんだ。領主様は
「
「大丈夫だって。
ミスティアの言に、ヴェルクが沈黙で
それを使えると公言していることから、領主の気質がうかがえる。協力者だとはいえ、ヴェルクとしても全ての情報を
「ノーザン国が何か仕組むとしても、領主様を通さず事を起こしはしないと思う。手紙でしか知らないなら尚更、今のうちに顔を合わせておいたほうがいいんじゃない?」
「そうだな。気は進まないが……シャイルの言うとおりだ」
ついに観念したのかヴェルクは深い溜息をつき、書棚へ向かった。鍵つきの引き出しから何かを取りだし、掲げてみせる。銀の鎖が付いた大振りのペンダント――
「もしかしてそれが、ヴェルクが王族だっていう証?」
「ああ。魔法効果は不明だが、偽造はできないらしい。これを、一応持っていく」
彼が監獄島へ流刑にされた王族の
王族の証を持参するのは、港湾都市の領主に出自を明かす心積もりがあるからだろう。しかし、付与されている効果が不明ということは余程の年代物なのか。
ヴェルクは魔法が苦手で、魔法語を読み解くこともできない。ローウェルにも聞いてみたが、彼にわかるのは値打ちだけで、
「ぼくも効果は良くわからないけど、すごく緻密に
横から覗きこんだミスティアが目を輝かせる。実際、はめ込まれているのはただの宝石ではなく、魔石といわれる特殊な結晶だ。魔力を内包し発光する石を宿した装飾品には、目を引く美しさと神秘性があった。
特別に強い魔法効果が付与された物品は、所有者を選ぶという。囚われ、監獄島へ送られてもなお奪われなかったというのは、そういうことなのだろう。そして、ヴェルクが効果を伝えられないまま所有しているという事実から彼の境遇も垣間見えて、心が痛んだ。
「どうやら領主は魔法に明るいようだし、使い方を聞けるかもしれない。……というわけだから、転移先はなるべく領主邸に近い目立たない場所、でどうだ? シャイル」
「わかった。でも、さすがに四人一斉に……は目立ちすぎるね」
もっともな懸念にヴェルクは頷き、それから口角を上げる。
「幸い、おまえは
「わたし、シャイルのポケットに入ればいいの?」
小首を傾げるフェリアにひらひらと手を振ってから、ヴェルクは自分の胸元を指差す。
「目立たねえように、三人とも小さくなったらいいだろ。そうすれば、シャイルの魔法力消費も少なくて済む」
「ヴェルクのポケットに入るのは嫌」
「なんでだよ」
「だって、つぶされちゃいそうだもの!」
シャイルはミスティアと顔を見合わせた。がくりと顔を覆うヴェルクには気の毒だが、フェリアの気持ちもわからなくはない。小柄なフェリアの視線はヴェルクの胸にも届かないのだ。小鳥化すればますます広がる体格差に、恐怖心を感じても無理はない。
尻込みするフェリアにミスティアが近づき、優しく手を握る。瞳を潤ませ見あげる妹分に笑顔を向けて、彼女は声に力を込め言った。
「フェリア、ぼくと一緒にヴェルクの肩に留まろう。少しの時間だし、心配ないよ」
「うぅ……わかったわ」
臆病なところのあるフェリアの目に、勇猛果敢な気質のミスティアは頼もしく映るのだろう。ミスティアも、フェリアを気にかけることで暴走する直情を抑えられのなら、ちょうどいいペアなのかもしれない。
と頭では納得しつつも、やはりシャイルは悔しい思いを拭いきれないのだった。
一旦解散し、着替えや食事を済ませてから、身支度を整えて事務室へと集合する。
領主に会うことになったからだろうか、ヴェルクはいつもの簡素な姿ではなく、襟つきシャツの上に貴族服を模した丈長の上着を羽織っていた。普段は雑に括っている黒髪も、今はきっちり纏められている。目元を覆う長い前髪はそのままだが、顔の造作が良いためかむしろ不思議な色気を醸していて、貴族だと言われても違和感はない。
ミスティアが目をきらきらさせて、食い入るように彼を見つめて言った。
「ヴェルク、そんなお洒落な服も持ってたんだな。よく似合ってると思う!」
「まぁ、ほら、……まずは形から、って奴だよ。ミスティアも……今日はちょっと違うな。いいと思う」
「良かった嬉しい! フェリア、ヴェルクの服にはポケット沢山あるし、安心だよ」
「わたしは、お姉ちゃんと肩に留まるの」
フェリアの態度は相変わらずで、ヴェルクもさすがにもう何も言わなかった。
「シャイルも、よく似合ってるぜ。さ、行くか」
「ありがとう。……なんか、照れるな」
面と向かって
ミスティアはリボンとフリルが多めな
高揚を抑えきれぬといったふうのミスティアと違い、緊張が高まってきたのか、フェリアはまたも悲愴な表情でスカートを握りしめている。
「フェリア、大丈夫だよ。何かあったら僕が、君を守るから」
今は彼女が自分を頼ってくれなくとも、シャイルはフェリアの支えになりたいと願っている。できるだけ優しく聞こえるように話し掛ければ、少女は潤んだ目を向けて頷いた。
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