[1-2]夜明け前
見張りに立つ者が最も警戒すべきは、夜明け前だという。朝が近づく安心感と夜通し気を張った疲労感が噛み合うのか、猛烈な睡魔に襲われるのだ。
ヴェルクが奇襲に選んだのは
村全体をぐるりと囲む防衛柵――魔獣や野生動物の侵入を防ぐためのもの――の切れ目が、村の出入口である。警戒心薄く
「よし、行くぞ。
「わかった。ヴェルク、酔わないように目を閉じてくれる?」
「気にするな、大丈夫だから」
「じゃ、行くよ。――望む場所へ〈運べ〉」
発動には
精霊との相性が良く詠唱なしで魔法を扱える者もいて、そのタイプは下位精霊の姿がいつでも見えるのだという。シャイルはそこまで相性が良いわけでもないので、便利ではあるが不思議でもある。しかし魔法に詳しくないヴェルクは気に留めなかったようだ。
視界が一瞬歪んで変化する。村の外から、
事前の打ち合わせ通りシャイルは小型
背が高く体格も良いヴェルクは隠密行動に向かないと思ったが、
家のどこかにぱっと明かりが灯った。裏戸から侵入するのかと思いきや、彼は中を確認してから身を翻して建物の側面へ回り、窓枠に手を掛けた。短剣を戻して大剣を背側から引き抜き、跳躍と同時に窓板に叩きつける。大きな音と衝撃が彼の
戸板が外れて大きく開いた窓からヴェルクは室内に乗り込み、一瞬たりと迷うことなく奥へ進んでゆく。
「人質に取られる前に
「わかった」
確認は短く。明かりの灯る部屋へヴェルクが飛び込む。さほど広さのない部屋は寝室なのか、乱れたベッドの上に傷だらけの
一瞬で燃えあがったヴェルクの怒気を肌越しに感じ、シャイルの心臓が震える。窓が大きく開いていて、中にいた者が外に出たのは間違いない。素早く視線を巡らせ室内を確認すると、ヴェルクはベッドに駆け寄った。
「大丈夫か!?」
立ち込める、
「……護衛隊?」
「そう、俺らは救援だけどな。良かった、致命傷はなさそうだ」
「俺、は、大丈夫。妹を、守ってほしい」
「妹? どこにいる?」
青年が身を起こし小声で何かを
「俺はローウェル、ここの
「金狼……ずいぶんと厄介な相手に目をつけられたじゃねぇか。あんたは大丈夫か?」
「魔封の枷さえ外せば精霊魔法を十全に行使できるから、心配ないよ。枷の鍵もそこに掛かっているし」
「わかった。でも、血の匂いをさせて動き回るなよ」
「心得てる」
そこまで確認するとヴェルクは迷わず窓に向かい、枠を乗り越えて裏庭へ飛び降りた。まとわりつく血の匂いから逃れられて、シャイルは安堵する。
だいぶ明るくなったのに気づき見あげれば、夜明けの空に
この時間を選んだことにはもう一つの理由がある。
深夜の奇襲では、夜目が利かない
狩られる側として辛酸を
周囲は夜明けの光で色を取り戻しつつあるが、ヴェルクの動きは影のようだ。大剣を背の鞘に仕舞い、庭に建つ倉庫の陰に潜んで周囲をうかがう。眩しげに細めて上方を射た
鐘をついて時刻を
「シャイル、行け!」
迷う暇などなかった。ヴェルクの声に弾かれ、シャイルは
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