How I wonder what you are!
篠岡遼佳
How I wonder what you are!
「ぴっざま~ん」
「肉まん!」
中華まんを二つに割ると、湯気と食欲を誘う良い香りが広がる。
わたし達は半分を交換して、どちらも食べながら、家へと向かっている。
ふたりでいるときの帰り道は、いつもこうして、中華まんを買うことにしている。
それは、学生時代からの、一種の儀式のようなもので。
――再会した時も、一緒に食べて歩いたことを、とてもよく覚えている。
わたしは先輩が好きだった。とても慕っていた。
わたし達は合唱部で、先輩は歌がとてもうまくて、特に高音の伸びなんか最高で、憧れる気持ちも多くあったと思う。
わたしはピアノが、ちょっとは得意だった。だから、ふたりきりで歌っていたことも何度もあった。そういう時間がとても大切だった。
合唱部といっても、勉学優先のうちの高校は、大会に出たりなどはしない。
けれど、重ね合う声のハーモニーを望んで、部員はそこそこ集まってくれた。
先輩は先輩なので、先に卒業してしまう。
わたしはわたしで、ピアノを放り投げて(さほど多くを占めてなかったけど)、ともかくも勉強に励んだ。
先輩に追いつきたい気持ちはあった。同じ大学に行くことも考えた。
けれど、それは、多分違う。
わたしは、わたしの人生を、わたし自身で生きていかなければいけない。
勉強することを通して、将来のことを考えて、わたしはそう思っていた。
だから、先輩とのつながりを、絶対に手放さないと心に決めていた。
先輩は友人の多い人だったから、連絡先はなんでも気軽に教えてくれた。
先輩が明るい人で良かった。
そう思っていた。
――再会は、予期しない場所だった。
わたしの通う大学に、あるとき、先輩がいたのだ。
どういう事だろうと尋ねると、「飛び級して院生をやっている」とのことだった。
うーん、頭が良いとは思っていたが、まさかそこまでとは。
むしろ、専門がわたしに近くなったことを、わたしは喜んだ。
話すネタは、いくつあってもいい。
先輩は、少し印象が変わっていた。
明るく優しい、というひとから、そこに少しだけ陰がさしている。
その陰は、成長するということで、わたしの知らない時間ということ。
外部の大学の院に行く苦労もあったのだろう。ちょっと痩せてもいた。
俄然、わたしは張り切った。たぶん、これはラッキーというレベルではない。
いま、やらなければいけないことが、いまここにあるのだ。
わたしは、大学近くのひとり暮らしということを生かして、とにかく先輩に迫って迫って迫りまくった。
実験データのまとめ、表計算得意なんで手伝いますよ。論文拾ってきたんですけど、先輩の意見をお聞きしたいです。うち、キーボードあるんです、まだ合唱お好きですか? 歌うこと好きですよね。カラオケに行きませんか。買い物行きませんか。最近良いショップができたんですよ。そうだ、休憩の時は教えてください、ラウンジでお茶しましょう。先輩、相変わらず髪きれいですね。何使ってるんですか? 良い紅茶とお菓子が手に入ったんです、うちに来ませんか。
実験長引きましたけど大丈夫ですか?
うわ! 今日土曜だ。終電ないですね。
――うちに泊まるのはどうでしょう?
そこにたどり着くのに、三ヶ月かかった。
ただし、それは偶然でしかなかった。
お願いです、十分待ってください、片付けますから。
思考がうれしさのあまり止まりそうになりながら、そう言った。
先輩はせまいお風呂も、ロフトで寝ることもうれしそうにしてくれた。
わたしはといえば、動かない頭を何とか使って、残り物の肉じゃがと、小松菜のおひたしと、ごはんをよそっていた。
一緒に、自分の家でばんごはんを食べるなんて、想像したことすらない。
挙動不審になるまいとするわたしが、いちばん挙動不審であった。
とりあえず、自分のザルな体質を生かし、先輩がいない隙を狙って、缶チューハイを一気飲みして、気合いを入れた。
今日のことは一生忘れないぞ。
一緒の布団で眠ることになるのは、何というか必然だった。
わたしの持っている布団が、セミダブルの大きさだったからだ。
「だれか、泊まりに来るの?」
先輩は、ふわふわと、わたしと同じシャンプーの匂いをさせながら、そう言った。
いいえ、来るのは同性の友人ばかりです。みんな飲んだら帰ります。
一緒に眠るのは、先輩がはじめてですよ。
「……そうなんだ」
そうなんです。先輩。
先輩。
「ここで暮らしませんか」
「大学から近いですよ。親には言えば大丈夫です。そちらにもご挨拶に伺います」
「一緒に、いませんか」
それは恋だった。
出会った時からの思慕は、控えめな恋で終わるはずだった。
けれど、年月はわたしも変えていたらしい。
わたしは、感情を全開にして、先輩に、そう言った。
「……一緒に、いてくれるの?」
「全力で、生活を共にしましょう」
「……うん」
先輩は笑って、手を繋いできた。
やわらかく、すべらかで、あつかった。
わたし達は、そうして手を繋いで眠った。
そんなこんなで、同居してからもう3年は経つ。
先輩は博士課程まで進み、わたしは社会人を選んだ。
ハイヒールを履くようにはなったけれど、帰り道は変わらない。
18時のチャイム、きらきら星が流れてくる。
ふたりで空を見上げる。
「あの星はなんて星?」
「あれは金星か火星です」
「そりゃそうだよ~」
きらきら光る お空の星よ
「ねえ、これって、ほんとは恋の歌だって知ってる?」
「そうなんですか? 全然知りません」
「本当はフランス語で、最後はこう、
"ねえ! 恋が心をくすぐると
こんなに甘い気持ちがするんだね!"」
こしょこしょ、と片手でわたしの喉下をくすぐってくる先輩。
わたしはうれしくて、くすぐったくて、でもたぶん、ものすごく鼻の下が伸びていると思う。だって、どんなに一緒にいても、先輩にはでれでれなのだ。
「中華まんじゃ、甘くないですねぇ」
「気持ちが甘くなるんだよ」
「じゃあ、わたしは、十年前から、甘いままです」
とりあえずさらっと言ったけど、その後猛烈にはずかしくなってきた。
「顔赤いよ~?」
「もう、なんでいつもわたしがこんなはずかしいことを……」
「かわいい。きみはいつもかわいいよ」
「やめてください~~~~!!」
先輩の陰は、全部見えることはない。
わたしもたぶん、陰を背負っているだろう。
それでいい。それがいい。それでも、いい。
暮らすということはそういうことだ。
これでも結構けんかして、仲直りして来ているのだ。
だけど、先輩。
空から降りてきた、いちばんのきらきら星。
How I
――わたしを愛してくれて、ありがとう。
How I wonder what you are! 篠岡遼佳 @haruyoshi_shinooka
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます