第4話 入院生活②:つらかったことと楽しいリハビリ

 入院生活中、家族と全く面会できないことが確定したわけだが、思っていたより辛くはなかった。


 病室でのスマホ使用は可能だったので、必要なものは家族にメッセージを入れ、ナースステーションに持ってきてもらえば困らないし、一番心配だった会社の上司への連絡も、なんとかクリア。


 電話やメッセージのやりとりにより、仕事のほうは回復してから考えよう、と言ってもらい、当分お休みをもらうことになった。


 しかし、言うまでもないがそんなに短い期間で以前のように復調はできない。リハビリをして、歩けるようにならなければ家にも帰れないのだ。


 観念してベットの上でおとなしく転がっていたが、入院していると、やはり自宅より大変なことがいくつかある。


 その中でも、ダントツで辛かったのが、トイレである。


 まず、椅子に座ることができない。


 ひとえにぎっくり腰(私の場合は主治医に急性腰痛と言われた)と言っても、人によって症状が違うらしく、座るのが一番楽という人もいれば、ベットから全く動けないという人もいるらしい。


 私の場合は、激痛に耐え、時間をかければ中腰にはなれるのだが、椅子に座り、自分の体重を全て腰にあずけるということができなかった。


 というより、まず仰向けの状態から横向きになり、半ばベットから滑り落ちる形でおり、床に足をおろし、靴を履いて壁をつたってトイレまで行くまでに、冗談ではなく10分くらいかかる。


 ようやくトイレに着いたと思っても激痛が走り便座に座れないので、完全に便座には座らず、左手を便座に着き、少し体を浮かせ、全体重を左手にかけた状態で用を足していた。


 当然前かがみにはなれないので、脱いだ衣服はそのままの姿勢で足を使い上に持ち上げて、なんとか着替えていたので、腰の痛みが和らぐまで、毎回全てが終わるまで移動時間を含めて30分弱かけていた。


 後から知り合いの看護師さんに聞いた話だが、ぎっくり腰の患者でなくても、トイレで用を足すとき思い切り力を入れて腰に負担がかかり、ぎっくり腰を発症する人も多いらしい。


 何故毎回トイレに行くだけで、こんなに辛い思いをしなければならないのか、と考えると泣きたくなったが、入院時、看護師さんの、バルーン入れようか?という提案を断っている為文句は言えない。


 バルーンとは、尿道カテーテルのこと。寝たまま尿を排出させる為、尿道から膀胱へ挿入するチューブのこと。バルーンをいれてもらえば、毎回トイレに立つこともないし、左手の痛みと引き換えに用を足さなくても良い。


 だが、この時激しい腰痛と会社と病院への申し訳なさで頭がいっぱいだった限界社畜は、そこまで迷惑をかけるわけにはいかない…という謎の思考に陥り、大丈夫です!自分でトイレ行けます!と、全然大丈夫ではないのに答えていた。


 今思い出せば、入院しているのに、とにかくなるべく迷惑はかけずに、自分ひとりでできることは自分でやらねば!という変な思い込みだった気がする。


 社畜にとって、迷惑をかける=この世界にいらない存在という、今思うと、スケールでかすぎない?と思ってしまう方程式が頭にあったのだった。


 そんなわけで、しなくても良かったかもしれない苦労を自分で選んで毎日していた。


 トイレの他にも、食事は基本ベットで寝たままなんとか横向きになりかきこむような形で食べたり、着替えはほとんど転がりながらこなしたりと、立てるようになるまでなにかと苦労したが、入院生活の中で唯一好きだったのが、リハビリの時間だった。


 入院2日目の朝、ベットを囲うカーテンが少し開けられ、リハビリ担当だ、という、白いユニフォームを着た女性が会いに来た。


 「ほんとにバルーン入れてないんですね」


 これが初めての言葉だったが、後から聞いたところによると、数ヶ月前に同じような症状で入院した私と同年代の人がおり、一か月間全くベットから動けずバルーンを入れて生活をしていたので、驚いたらしい。


「気合でいれてません」


 と答えると、入院中なので気合入れなくて良いです、と言われた。


 リハビリは大体が専用の部屋で行われ、平行棒を使って歩行の練習をしたり、小さいボールを使って筋肉の緊張をほぐしたりという軽いストレッチが中心だったが、1日ずっと病室の天井しか見ていない生活だったので、毎日楽しみだった。


 なにより、担当の先生が良い人で、久々に看護師さん以外の人と会話できたのも嬉しかった。


 重いものを持つことが多い、多層階に分かれている職場なので階段の上り下り(腰に負担がかかるので良くないらしい)が多い等と話していた時、


「とりあえず早く歩けるようになると良いですね」


 と言われたので、


「そうですね。ちなみにどのくらいで仕事復帰できますかね?」


 と聞いてみたら、いや、まだ入院2日目ですよ…と引かれたのも、今では良い思い出だ。

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