第2話 初めての救急車
石油ファンヒーター持ち上げ事件から4日後、私は自宅の居間で寝転がり、救急車の到着を待っていた。
遡ること4日前、激痛に襲われながらも、なんとか仕事を終え帰宅した私は、常備している痛み止めを飲みながら、最悪の想像をして震えていた。
その時点ですでに、腰の激痛でかがんだりすることができず、靴紐が結べない、着替えができない等、だいぶ生活に支障がでていたので、翌日、もしかしたら立てなくなっているのではないか、仕事に行けないのではないか、と。
しかも、その日から仕事は連勤。朝から夜まで働いて、整体院が開いている時間までに仕事が終わることはない。痛み止めも気休め程度しか効いておらず、今の状態から悪化することはあっても、良くなることはほぼないだろう。
ただ、今日も今日とて残業三昧。帰宅したのは22時過ぎ、翌日の出勤は7時前。とりあえず風呂に入って寝なくては。
その日は激痛に耐えながらも、なんとか立って歩き、2階の自室へ行ってベットに転がると、痛みにもがいているうちに疲れて眠りについた。
翌日、悪い予感は的中し、腰の激痛により仰向けの姿勢からほぼ動くことができなくなった私は、仕事どころか自室から出ることもできなくなるのだが、その時はそんなこと知る由もない。
ここで一度整理しておくと、最初に激しい腰の痛みを感じた石油ファンヒーター持ち上げ事件の日から、救急車で運ばれるまで、4日と時間があいている。
実は、救急車で運ばれるまで、自分なりにあがいたのだ。
ぎっくり腰になった次の日、仕事は休みにしてもらったので、もう藁にもすがる思いでネットクチコミをあさり、クソ田舎の自宅からなんとか行ける範囲にある、ぎっくり腰、すぐに回復!みたいなクチコミがある整骨院を探し、即電話して事情を話し、駆け込んだ。
そこでなんとか歩ける状態にしてもらい、整形外科には行かなかった。
何故痛み止めを処方してもらえる整形外科に行かなかったのか?
待ち時間が長そうとかまあそういう理由もないことはないが、そのときの私は、即回復することが一番大事だった。翌日会社に行くことが最優先だったのだ。
そう、ぎっくり腰になってから救急車で運ばれる前、一度出勤して仕事をしている。今考えると正気の沙汰ではない。
限界社畜だった私は、動けるのであればどうしても会社へ行かなければ!という謎の使命感に駆られており、整骨で若干回復したのを良いことに出勤、その翌日更に悪化して結局会社を休み、そのまた翌日入院。
つまり、
1日目:ぎっくり腰発症
2日目:整骨(急遽仕事休み)
3日目:出勤
4日目:整骨(急遽仕事休み)
5日目:入院
という訳のわからない5日間を過ごしている。
結果、会社にも2日間当日欠勤という迷惑をかけているし、なにより病状はかなり深刻化した。
4日目の頃には何をしても腰に激痛が走り、まっすぐ立つことはできず、中腰の一歩手前のような姿勢が精いっぱい、うつ伏せはほぼできないし、一度仰向けになると起き上がるのはおろか寝返りもうてない。どうしても移動が必要なときは、激痛に耐え狭い家の中を痛みで呻きながら匍匐前進していた。
こんな状況では歩いて病院へいくこともできまい、と、哀れに思った家族が救急車を呼んでくれたのだった。
そんなこんなで発症から4日後、自宅の居間から担架で運ばれ、私は初めて救急車に乗ることになった。
外で聞くより大きくないサイレンの音。車内は空調がきいていて、涼しかった。
昔、看護師だった母が、救急車はすごく揺れるから乗っていると気持ち悪くなると言っていたことを思い出したが、寝ている分には全く揺れは感じなかった。
車内には、私の横に救急隊員の男性が横向きに座っており、もしかしたら、座り方に寄っては車酔いするのかな、等と考えていると、救急隊員の男性が私を見て、
「お仕事何されてるの?」
と聞いてきた。
「家電量販店で販売員してます」
と答えると、ああ…大変だよね…と言って目を伏せる。他にも家電量販店の販売員を運んだことがあるのだろうか。
救急車を呼ぶのは、前日までものすごく渋った。
家族に、動けないなら呼ぶしかないと言われてはいたものの、できるならば呼びたくなかった。このご時世、私なんかの為に救急車に出動してもらうのは申し訳ないと思ったからだ。
それと、もう一つ申し訳ないと思っていたことがあったので、救急隊員の方に思い切って聞いてみた。
「あの、ぎっくり腰で救急車って呼ぶ人いるんですか?」
申し訳なくて、と言うと、救急隊員の男性は、
「あなたのひとつ前の人もぎっくり腰だったし、一番よく呼ばれるよ」
気にしないで、と、笑ってくれた。
気持ちが少し楽になり、私は静かに病院へ運ばれていくのであった。
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