ピラミッド

ムト

豆腐 あるいは彼女のピラミッド

豆腐の角でぶつけた頭で考えた。いったいどこで間違えたんだろう。いつ、どこで、わたしは彼女の恋路を邪魔しちゃったんだろう。

「広尾なんか、豆腐になっちゃえ!!」

走り去る彼女の背中と揺れるポニーテールを唖然と見ていた。わたしたちは親友だった。すくなくとも昨日までわたしはそう思っていた。

「広尾は鈍感だからねー」

スマホの向こうで丸山さんが笑った。丸山さんはわたしの部活の先輩で、彼女の片思いの相手でもあった。彼女と丸山さんの仲を取り持つため、わたしなりに奮闘したつもりだった。3人で買い物や映画に行ったり、丸山さんに彼女をどう思うかさりげなく訊いたりもした。

「よくわかんないけど、鶴見と仲直りしたいんです。あの子、なにか誤解してるっぽいし」

「誤解?」

「ええ。なんか、わたしと丸山先輩が付き合ってるって」

「ーーあぁ」

「ああ、じゃなくて」

呑気な丸山さんにちょっとムッとしてしまう。こっちは本当に困っているのだ。毎日のように丸山さんとお昼ご飯を食べたり一緒に帰ったりしているせいか、噂になっていると彼女──鶴見から知らされた。否定したものの鶴見は信じてくれなかった。

「丸山先輩からも鶴見に言ってくれませんか?噂は嘘だって」

「うーん」

いかにも気乗りしないといった調子だった。

「先輩?」

「あの子が好きなのって私だよね」

「えっと、」丸山さんがわたしの意図に気づいているのはわかっていたけれど、直接聞かれたのは初めてだった。「……はい」

「変に期待持たせるのは酷じゃないかな」

それが鶴見の気持ちに対する丸山さんの答えだった。わたしは丸山さんに反論する手がかりを求めて部屋を見回した。勉強机にピラミッド型のキーホルダーが乗っていた。3人で遊びに行ったときに丸山さんがゲームセンターで取ってくれたものだった。

「広尾はどうしたい?」

「…どうって」

「仲良し3人組を続けたい?広尾がしたいようにしていいよ」

「なんですか、それ」

「選んで。広尾のためなら嘘をついてあげてもいい」

丸山さんの言葉は薄暗い通路を思わせた。

ピラミッドの内部、暗くて湿った石の壁と床。長年閉じ込められた闇は濁って変質していた。その正体をわたしは見極められなかった。ただ、いまにも崩壊しそうな空気の震えを感じた。ほんのちょっとの震えでピラミッドは崩れてしまうだろう。わたしはこの通路に閉じ込められてしまうだろう。

──丸山さんは。

言いかけた言葉を飲み込む。

「いいです。結構です。これはわたしと鶴見の問題ですから。もう一度、ちゃんと話して誤解を解いてみます」

ふうん、とつまらなそうに丸山さんは言った。

「誤解が解けるといいね」

あいかわらず気の無い声だった。電話を切り、わたしはベッドに寝転がった。鶴見はわたしにとって大事な友達だ。失いたくない。

その気持ちは嘘じゃない。

──誤解だよ。

胸の中で鶴見に訴える。でも鶴見はわたしを見ていなかった。その視線の先にあるのはわたしの机に飾られた小さなピラミッドだった。

「鈍感」

鶴見の声がわたしの鼓膜を刺す。わたしはなにも言えない。なにが誤解なのか説明することもできない。わたしはたぶんピラミッドの中にいた。閉じ込められていた。



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ピラミッド ムト @mumetou_514

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