付喪神の独り言

草鹿りのすけ

第1話 裁ち鋏

こんにちは。私の名前は「裁ち鋏」。


ここの呉服店で働き出して…もう何年になったでしょう。


【付喪神】と呼ばれるようになったのが、もうだいぶ前の事だから…100年は優に超えているという事ですね。


いえいえ、そんなことはどうでもいいのです。


今日は、私の持ち主である6代目のご主人が何やら浮かない顔で仕事に取り組んでおります。


どうしたのでしょう。


実は今日だけの話ではないのです…。


数ヶ月前から、ご主人はずっと浮かない顔。


いつもなら私を手に取り、シャキシャキと景気の良い音を立てながら布を裁ってくれるのに…。


最近は、私の切先をじっと見つめては、ボーッとして……急にハッと我に返ることばかり。


心配です。




心配な事は他にもあります。


いつもは優しくご主人のそばに寄り添っているはずの奥方の姿が見えません。


[あの子の元へいって参ります]と、そう言い残して外出してから、未だ戻らない。


それに、あんなに賑やかにお店を走り回っていた、私の次のご主人になるはずの「坊や」も、このところ姿を見なくなりました。


[少し風邪をひいてしまったから医者に診せよう]と出て行ってから…何日も戻らないじゃないですか。


さすがに風邪ももう治ったでしょう?


まったく…どこで遊んでいるのやら。


ご主人がこんなに悲しんでいるのに。


あの二人はどこへ行ってしまったのでしょうか。




あぁ、そんな顔をしないでくださいな。


大丈夫。


私は今も、これからもどこにもいきませんよ?


貴方が今みたく、私を手に取ってくれさえすれば…そばを離れるなんてことありません。


だから、あの時のように笑って見せて?


そう、涙を流していてもいいから…笑っていて?





この日、私は…一番大好きな人に、一番大好きなモノを絶ってもらいました。


ねぇ、ご主人?


この赤い服…素敵でしょう?


【貴方の色】に染まった私は…綺麗でしょう…?


誰もいないこの店で貴方と二人……。


たとえ、このまま赤い服で錆び付いてしまっても、貴方と一緒に逝けるなら、本望よ。




大好きな貴方へ。




私は貴方を愛しています。



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